コラム
2011年11月14日

「幸福という国益」~TPPを巡る議論から

土堤内 昭雄

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近年、幸福度に関する研究が活発である。国民総幸福(GNH)を国家目標に掲げるブータン王国の取組みをはじめ、フランスのサルコジ大統領が設けたスティグリッツ委員会報告(2009年)やOECD(経済協力開発機構)の「より良い暮らし指標」(2011年)など、国民の幸福度を指標として今後の社会経済政策に活かそうとする試みだ。

わが国でも2010年6月に閣議決定された「新成長戦略」において新たな幸福度指標の検討が決まり、今年8月には政府の「幸福度に関する研究会」が幸福度指標試案を公表した。また、来年6月にはブラジルで開催される「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」でも新たな国際開発目標のひとつとして幸福度を提示する予定だという。

一方、われわれの日常生活に身近な地方自治体レベルでも、東京都荒川区の「荒川区民総幸福度(GAH)」(2010年)や福岡県「県民幸福度日本一を目指して」(2011年)、新潟市「ネット パーソナル ハピネス(NPH)」(2010年)など、具体的に区民(県民・市民)の幸せを高めるための政策評価を幸福度をひとつの指標として行う取組みがみられる。

さて、11月11日、野田首相がTPP(環太平洋経済連携協定)交渉へのわが国の参加を表明した。ここに至るまで、TPP推進派と反対派の間で激しいやり取りが繰り広げられたが、双方の主張にはそれなりの理由がある。ただ、立場の違いはあっても共通する主張は「国益」であり、多くの政治家や経済人は「国益の最大化を図る」という一点では一致しているのである。

では、ここでいう「国益」とは何だろう? もちろん単なる業界団体の経済的利益の総和を指しているのではない。しかし、TPPを巡る「国益」議論を聞いていると、多くの政治家からは経済的メリットへの言及しか聞こえてこない。「国益」とは生産者はじめ消費者を含む国民全体の暮らしを守ることであり、当然われわれ世代だけではなく次世代へも引き継がれるものである。従って、日本に留まらず世界全体の経済社会の持続可能性が前提となるのである。

国や企業活動が世界に開かれグローバル化することは必然的な流れだが、グローバル経済は勝ち組と負け組みを選別し、国の内外に対立を生む可能性が高い。国家間に摩擦が生じるとナショナリズムに傾倒する危惧もある。グローバル経済の中で自国だけが勝ち組に残ろうとすると誰ひとり勝者のいない“Lose-Lose”(共倒れ)社会が訪れる可能性もある。過度に市場に依存した自由競争社会は決して持続可能な幸福社会を創らないのである。

それは温暖化・気候変動という地球環境問題の深刻化や世界各地の格差・貧困問題の拡がりを見ても明らかだろう。TPPは単なるひとつの通商政策ではなく、今後の国の姿を大きく左右する政策選択であり、だからこそ「国益」を考えるときに次世代や世界全体の利益の調和を図るルールづくりが重要になるのである。

野田首相は就任時に『どじょうは金魚のまねはできない』と相田みつを作品を引用したが、相田作品には『うばい合えば 足らぬ/わけ合えば あまる』という、特に東日本大震災以降、多くの人々の共感を呼んだ作品がある。幸福も奪い合うものではなく、分かち合うことで増える。国民の「幸福という国益」を増やすためにも、「分かち合う」ことは重要な政治理念だ。野田首相はその理念のもとに政策判断を行うことにより、日本の希望ある国家ビジョンを国民に示すことが求められているのではないだろうか。
 
(参考) 土堤内昭雄『幸福とは何だろう~「幸福社会」への見取り図』ニッセイ基礎研レポート2011年8月号
    土堤内昭雄『格差社会を考える~容認されない格差とは何か~』ニッセイ基礎研レポート2011年6月号
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