コラム
2011年08月19日

四半期開示の簡素化にみる企業と投資家の認識ギャップ

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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日本で四半期報告制度が導入されて3年が経過した。四半期報告制度とは、金融商品取引法にもとづくディスクロージャー制度で、上場会社等はその事業年度が3ヶ月経過するごとに四半期報告書を作成し、原則として各四半期が終了した日から45日以内に内閣総理大臣に提出することが義務付けられている。四半期報告書は、四半期貸借対照表、四半期損益計算書及び四半期包括利益計算書、四半期キャッシュフロー計算書および注記から構成され、例えば3月決算企業の場合は、6月30日に第1四半期が終了するので、原則として8月15日までに第1四半期報告書を提出することが求められる。従来は半年ごとにしか企業情報が開示されていなかったが(有価証券報告書および半期報告書)、変化が激しい昨今の状況に鑑み、その開示頻度を高めることで市場の信頼性確保や投資家等の利便性を向上させることが、四半期報告制度を導入した主な目的である。

しかし、四半期報告書の作成負荷が大きいといった企業側の意見や、昨年6月に閣議決定された「新成長戦略」において四半期報告を簡素化することが盛り込まれたことなどもあり、開示の省略等が認められた。具体的には、平成23年4月1日以降に開始する事業年度の第1四半期から、四半期キャッシュフロー計算書の開示を省略することや、四半期損益計算書及び四半期包括利益計算書の任意開示などが可能となった。ここでは四半期キャッシュフロー計算書の省略について考えてみる。

まず、四半期キャッシュフロー計算書の省略は、第1・第3四半期のみ認められており、第2四半期(即ち半期決算)に関しては開示が必須である。但し、四半期キャッシュフロー計算書の開示を省略する場合は、代替情報として有形固定資産及び無形固定資産の減価償却費と、のれんの償却額(いずれも期首からの累計値)を注記する必要がある。なお、1事業年度を通じた一貫性が要求され、第1四半期のみ省略して第3四半期は開示することや、反対に第3四半期のみ省略することは認められない。

では、実際にどのくらいの企業が四半期キャッシュフロー計算書の開示を省略したのだろうか。今年7月末時点で東証1部に上場しており4月1日から6月30日の間に第1四半期決算を行った1,231社(銀行、証券、保険を除く)の中で、四半期キャッシュフロー計算書を開示した企業は367社(29.8%)である(8月18日時点)。開示が義務であった昨年はもちろん100%なので、実に7割の企業が四半期キャッシュフロー計算書の開示を省略した格好だ。企業側が主張していたように、貸借対照表の他にキャッシュフロー計算書まで作成し、会計監査を受けた上で45日以内に提出するのは想像以上に大変なことなのかもしれない。また、省略予定とした経営者への事前アンケートでは、その判断理由として「省略による投資家への影響は軽微」というものも多かったそうだ。

しかし、株式投資に際してキャッシュフローの情報は非常に重要である。特に、損益計算書と違ってキャッシュフロー計算書は経営者の裁量が入る余地が少なく、企業の収益力の実態をより表すとされている。実際、1株あたりキャッシュフローを株価で割った“キャッシュフロー利回り”は株式投資の指標としてよく利用されているし、他にもキャッシュフローと利益の差額を用いるケースもある。例えば、損益計算書上では黒字でも、キャッシュフローと比べて利益が著しく少なければ、何らかの利益操作によってかさ上げされている可能性がある“質の悪い黒字”という考え方だ。

実際に利益調整がなされたか否かはともかくとして、投資家が考えているほどキャッシュフロー情報の重要性が経営者には伝わっていないのかもしれない。そこにはマスメディアの影響もあろう。情報メディアが伝える企業業績の情報は、売上高や利益に関する内容が多く、キャッシュフローを取り上げたものは少ない印象を受ける。無論、利益に関する情報は極めて重要だが、投資家として開示を望む情報が何か、もっと丁寧に積極的に経営者に説明することも必要なのかもしれない。仮に企業と投資家の認識ギャップがあるとすれば、それを埋めることは証券市場の健全な発展に貢献するはずだと考える。
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井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

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