2005年09月25日

中高年男性の仕事とメンタルヘルスの構造 -働き方の見直しを迫る心の病-

生活研究部 研究員   天野 馨南子

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1.
日本はWHO(世界保健機構)「世界自殺地図」において「高自殺率国」に指定されている国である。特にバブル崩壊後、景気低迷が本格化した98 年には前年40.2%、人数にして2万人台から3万人台へ自殺者数が大幅に増加し、その後、減少に向かう兆しは一向に見られない。わが国において、最も自殺者が多いのは50代男性である。警察庁資料によれば、50代男性が総自殺者数の実に20%を占めている。OECD諸国においては自殺者数の8割前後が男性であり、男性が自殺者の主流であることは珍しいわけではない。しかしながら、経済先進国では75 歳以上の高齢者、もしくは生活環境の変化に晒される20 代から30 代の若者の自殺が主流となっている。このような世界の潮流の中において、日本の自殺の年齢層の状況は極めて特異であると言える。50代男性の遺言書に残された自殺理由の実に53%を占めるのは「経済問題」である。高齢者自殺の多い先進諸国ならびに、わが国の女性の自殺理由として主流である「健康問題」と、自殺理由においても大きな違いをみせている。
2.
近年、経済問題と深く関わる仕事・職場を理由とした、30代男性の心の病が増加しており、男性の仕事に関わる心の病気の低年齢化が進んでいる。社会経済生産性本部の平成17年度調査によれば、労働組合の実に69%が「組合員の心の病が増加している」と回答している。同調査において「心の病」の原因として単一選択回答でトップの理由に挙がったのは「職場の人間関係」(30.4%)であり、その次が「仕事の問題」(18.6%)であった。個人や家庭を問題とする回答はわずかであり、家庭生活よりも職業生活に関わる問題が男性の心に大きな影を落としている様子が窺える。このことから筆者は、50 代で自殺にいたるまでの人生における心の経緯を考える時、男性にとって特に仕事が大きな影響を与えているのではないかと仮定した。中高年男性を調査対象とした中高年パネル調査の結果を用いて、特にメンタルヘルスと仕事の関係について分析を行った。
3.
分析手法として、(1)1999年、2001年、2003年の3回の回答結果の比較による傾向分析、ならびに、(2)仕事に関わる項目の前回調査からの変化とメンタルヘルスの変化の関連性をみる影響分析、の2つを用いた。
4.
メンタルヘルスに影響が見られない要素として、保有資格・仕事の有無・転勤や転職、退職などの就業変動による環境変化・通勤時間・有給取得日数・配偶者の収入、が見出された。
5.
メンタルヘルスに影響を及ぼす要素として、最終学歴・就業形態(自営業、サラリーマン、派遣など)・業種・職務(事務職、技術職など)・労働時間・退職年齢・労働日数・本人収入が見出された。
6.
3回の調査の傾向分析では、月200時間以上の労働時間がメンタルヘルスに悪影響をもたらしていることが見出された。また、パネル調査期間中(1997年-2003年)、調査対象者の平均水準よりも長時間労働(平均150時間程度)に晒されていた回答者はメンタルヘルスが悪化しており、月間200時間に達していなくても、平均150時間以上の長時間労働が長期間継続されると、メンタルヘルスが悪化することがわかった。
7.
傾向分析から時給は3000円、年収は500万円あたりにメンタルヘルスを悪化させる分岐点があることが見出された。収入が上がれば上がるほどメンタルヘルスによい影響をもたらすといった単純な関係ではなく、分岐点に達するか達しないかで、症状の有無が左右される。変化分析から、年収変化だけでは症状に影響しないことが見出され、変化の結果年収水準がいくらになるか、がメンタルヘルスには問題であることが見出された。
8.
得られた結論の詳細は最終章に示したが、今回の分析によってメンタルヘルスに良好な、もしくは危険な仕事にかかわる要素が多く発見され、仕事がメンタルにもたらす影響は看過できないことが判明した。重要な示唆として、収入も時間も一定の「基準値」が守られることがメンタルヘルスの安定につながるのであって、例えば勤務時間が短いほど、収入は多いほどよい、という比例的なものでは決してない点が発見された。
9.
各調査間の相関分析によって、一旦悪化したメンタルヘルスを再び改善させることはなかなか難しいことが見出された。心の病もガンや成人病、公害病に同じく、予防が重要であることが分析を通して明らかになった。
10.
誤解がないように確認するならば、仕事そのものがメンタルヘルスに悪いわけでもよいわけでもない。しかしある一定の条件がそろうと、仕事は明確な悪影響を人の心に及ぼし始める。
11.
今回の分析の副産物として男性にかかる大きな経済的責任や、男性の滅私奉公的自己犠牲価値観のメンタルヘルスへの悪影響が明らかとなっている。であるにもかかわらず、依然として働き方の見直しは、現在の労働市場の主軸ではない「女性や高齢者」といった人々のための救済的な施策である、といった感覚が社会に根強い。しかし果たして、働き方の見直しは本当に「女性や高齢者のために考えてあげなければならないもの」なのだろうか。
12.
今や働き方の見直しは「女性の社会進出」「機会均等」などといったポジティブな言葉を理由に行われるだけでなく、労働市場において多数派である男性の心の問題を救済するために、行なわれなければならない段階に達している。

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生活研究部   研究員

天野 馨南子 (あまの かなこ)

研究・専門分野
少子化対策・女性活躍推進

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