1998年03月25日

豊かな賃貸住宅居住と街づくりの実現に向けて -国際比較に基づく定期借家権導入論-

社会研究部 土地・住宅政策室長   篠原 二三夫

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1.
昨年12月、自民党の定期借家権等に関する特別調査会によって、議員立法に向けた「定期借家権の創設に関する論点」が中間的に取りまとめられた。一方、借地借家法を所管する法務省は昨年6月、「借家制度に関する論点」を主要日刊紙やホームページに掲載し、企業団体、借家人組合等各方面の意見を求めた。しかし、その結果については各意見の概要が公表されただけで、法務省の借家制度改正に向けたスタンスは明らかにされていない。引き続いて検討委員会が行われているようだが、その内容は少なくとも一般には公開されていない。
2.
最近では、学識経験者、学会、民間企業団体、研究所などによる定期借家権導入に関する討論会、シンポジウムなどが頻繁に行われ、主要日刊紙の社説にも論評が掲載されるようになった。賛否両論が様々な立場から述べられ、法改正に向けた機運はこれまでになく高まっている。しかし、その導入推進にあたっては、賃貸市場の重要な参加者である現在および将来の(潜在的)民間賃貸住宅の家主・経営者や借家人らが、改正の動きをどう評価しているかが重要なポイントとなる。
3.
毎日新聞社が今年2月に三大都市圏の一般世帯を対象に行った調査によると、条件付きを含めて定期借家権の導入に賛成という人は91%に達し、反対はわずか4%程度である。日本住宅総合センターとアーバンハウジングセンターが公表した「空き家所有者の意識に関する調査」(2月付速報)によると、持家を空き家としている家主の約7割が、契約期限までに無条件で住戸を明け渡してもらえる定期借家権を利用したいと考えている。当研究所が昨年1月に東京都の小規模賃貸住宅経営者に行った調査では、借地借家法について「名前だけ知っている」「まったく知らない」と答えた人が59%もおり、定期借家権の導入についてまで詳しい意見を聞くような状況になかったことを思えば、わずか1年程度で隔世の感がある。
4.
自民党案では、現行借家制度の問題が家主による賃貸借契約の解約および更新拒絶に正当事由が必要(法28条)であることに凝縮されているため、定期借家権を導入すれば現行制度に起因する問題の多くが解決されるような印象を受ける。しかし、その導入は現行制度から見れば新たな賃貸借形態の導入にすぎず、既存の賃貸借契約が抱える諸問題への対応は、今後の課題として残ることを認識しておく必要がある。
5.
定期借家権を導入する場合、借賃増減請求権(法32条)は適用除外とし、家賃改定は原則的に市場家賃の動向に基づく当事者間の自由な合意に委ねるべきである。現行法でも家賃を一定期間値上げしない特約は可能だが、経済環境が大きく下方に変動した場合、借家人からは値下げ要求が可能という偏った条件が付いている。このほか、居住・事業用賃貸借の分離、更新通知等のあり方、中途解約、契約の譲渡・転貸借の扱い、特約の自由、敷金・礼金等の扱い、さらに司法判断における不確実性の排除などについて十分な検討が必要である。
6.
新たに定期借家権を導入しその特長を最大限に発揮していくためには、既にそれが社会に定着しているアメリカおよび導入効果が顕在化しつつあるイギリスの借家制度の比較分析が有効である。定期借家の場合、中途解約は、転貸借・譲渡制限の許諾など様々な特約によって契約時に合意されている。居住用賃貸借の敷金は慣行・適用法によって、家賃前払い等を除いては通常1~2ヶ月程度である。一方、日本では敷金等の初期負担は、家賃の数ヶ月分にも及ぶ。このような大きな負担は、定期借家権を利用した住み替え意欲を減退させてしまう。
7.
正当事由を排除した定期借家権が立法化されれば、立退き問題の係争などにおける不透明な司法判断は自ずと排除される。しかし、その導入に伴い、不十分な理解や説明に基づく合意、必要条件の欠如などに伴う新たな紛争が増加する恐れがある。それを回避するために、居住用定期借家契約についてはその法定条件、必須合意事項を網羅した上で、契約自由の原則を確保した指定約款の使用を義務付けることを提案する。
8.
最後に、現行借家制度改正の問題が残る。昨年創設された「密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律」(密集法)によって正当事由を適用除外にできるのは老朽木造建築物に限られている。このため老朽化したRC構造の商業ビル等が密集、混在する地域の再開発は引き続き容易ではない。災害に脆弱な都市基盤・機能の更新を促進するために、公正かつ適切な地域計画等を前提とする新たなビル版密集法を制定、実施していくべきである。
9.
定期借家権以外の新規契約については、正当事由の要件を具体的に列挙するとともに、改定家賃の判断を抑制主義から市場家賃主義に改める等、運用面の改正あるいは改善を行えば良い。将来の不確実性が少しでも排除されれば、賃貸物件経営者の供給へのインセンティブは高められることになるし、それだけ将来に向けた街づくりの柔軟性が確保される。

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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

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