2025年07月02日

ドイツの生命保険監督を巡る動向(1)-BaFinの2024年Annual Report等の公表資料からの抜粋報告(主要な監督戦略・実務等の状況)-

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1―はじめに

ドイツの生命保険会社の状況や業界が抱える課題及びこれらの課題に対するドイツの保険監督官庁であるBaFin(Bundesanstalt für Finanzdienstleistungsaufsicht:連邦金融監督庁)の考え方等についてはこれまでもいくつかのレポートで報告してきた。

昨年度は、BaFinの「2023年のAnnual Report(Jahresbericht)」及び「BaFinが注目するリスク2024」に基づいて、ドイツの生命保険業界の監督に関する、金利の上昇、不動産市場の調整、国際金融市場における大幅な調整、サイバーリスク、デジタル化、持続可能性(サステナビリティ)といったトピックに関する状況、さらにはドイツの生命保険会社等の監督及び業績等の状況について、2回のレポートで報告した。

今回はBaFinの「2024年のAnnual Report」1及び「BaFinが注目するリスク2025」2に基づいて、ドイツの生命保険会社等の監督に関連して、不動産市場の調整、国際金融市場における大幅な調整、サイバーリスク、デジタル化、持続可能性といったトピックに関する状況、さらにはドイツの生命保険会社等の監督及び業績等の状況について報告する。

まずは、今回は、2024年のAnnual Reportの「I.スポットライト」の「1.監督戦略の主要分野」や「2.監督実務の主要分野」の章に記載されている項目の中から、主として生命保険の監督に関連するトピックの内容を抜粋して、それらのトピックに関する状況を報告する。

2―2024年の監督戦略のスポットライト

2―2024年の監督戦略のスポットライト

ここでは、BaFinが2024年のAnnual Reportの「I. 監督戦略の主要分野」に掲げている項目のうち、「1.1.不動産市場の調整によるリスク」、「1.2.国際金融市場の大幅な調整によるリスク」、「1.3.企業向け融資のデフォルトによるリスク」、「1.4.サイバーリスク」、「1.7.トレンド:進行中のデジタル化」、「1.8.トレンド:持続可能性」、「1.9.トレンド:地政学混乱」の7つの項目について、主として生命保険に関係する内容を中心に、Annual Report における記述から抜粋して報告する。なお、ここで掲げた全ての項目は、保険会社だけでなく、銀行や証券会社等を含めた金融機関全体に共通する問題である。

また、BaFinは、2025年1月に公表した「BaFinが注目するリスク2025」の中で、どのリスクがドイツの金融システムの健全性と安定性に最大の脅威をもたらす可能性があるかを説明している。これによると、BaFinが注目する6つの主要なリスクとして、「1.不動産市場の調整によるリスク」、「2.国際金融市場の大幅な調整によるリスク」、「3.企業向け融資のデフォルトによるリスク」、「4.深刻な結果をもたらすサイバーインシデントによるリスク」、「5.マネーロンダリング対策の不備によるリスク」、「6.ITサービスのアウトソーシングの市場集中によるリスク」を挙げている。さらにトレンドとして「1.デジタル化」、「2.持続可能性」、「3.地政学的混乱」を挙げている。

BaFinは、リスク指向の監督という意味で、これらのリスクに特別な注意を払っている。将来の重要なリスクとトレンドについても、リスクの焦点の中で説明している。加えて、BaFinはこれらのリスクを軽減するために何をしているのか、そしてこれらのトレンドにどのように対処してきているのかについて、明らかにしている。

なお、今回は、金利リスクが上記のリストには含まれていない。これについては、2025年初頭の金利水準とインフレの動向により、金利上昇ショックの可能性が低くなったためであり、過去に高まった金利リスクはほぼ最小化されている、と説明している。

なお、この「BaFinが注目するリスク2025」に記載されているシナリオの全てが現実化するわけではなく、また新たなリスクが出現する可能性があることには留意する必要がある。また、BaFinは、このような新たなリスクを早期に特定し、迅速に対応することを目指している、と述べている。

ここでは、先のAnnual Reportの項目について、「BaFinが注目するリスク2025」からの記述内容と併せて、抜粋して報告する。
1|不動産市場の調整によるリスク
2024年も、商業用住宅不動産を含むドイツの商業用不動産市場の逼迫した状態は続いた。商業用不動産市場は、経済環境の悪化と非常に強い相関関係にある。商業用テナント、ポートフォリオ保有者、プロジェクト開発者の債務不履行が、融資のデフォルトにつながるケースが増えている。対照的に、住宅不動産市場は安定化の兆しを示した。価格はわずかに上昇し、新規融資はゆっくりと回復した。損失率は依然として低く、リスク準備金は緩やかにしか増加しなかった。

BaFinは2024年4月と5月に、保険会社の投資行動に関する広範な調査を実施した。商業用不動産セクターの市場動向が芳しくなかったため、このセグメントに関する定量的データの収集に特に重点が置かれた。BaFinの分析によると、2023年12月31日時点で、調査対象となった保険会社の商業用不動産、特にオフィス用不動産の評価調整額は、2022年末と比較して平均7%程度のマイナスとなっていた。

不動産プロジェクトの資金調達に関しては、より微妙な状況が明らかになっており、調査対象となった保険会社が必要とした評価調整額の平均は約11.5%だった。その結果、保険会社はこの分野でより高い減損損失を認識しなければならなかった。しかし、これらの投資の総額は比較的小さく、必要な評価調整額は、当該企業にとって全体的に管理可能であると考えられる。
(参考)「BaFinが注目するリスク2025」での記述
「不動産市場の調整によるリスク」に関する記述の中で、保険会社については、以下のように述べられている。

保険会社とペンションカッセン3
保険会社の商業用不動産へのエクスポージャーは近年、特に不動産ファンドを通じて間接的に保有するポートフォリオにおいて若干増加している。ソルベンシーIIの対象となる保険会社は、 2024年第2四半期に総額1,640億ユーロ弱の商業用不動産へのエクスポージャーの投資を報告した。したがって、商業用不動産への投資は総投資額の約8%を占めた。ペンションカッセンは商業用不動産にさらに多額の投資を行っており、その割合は約12%であった。

個々のケースでリスクが顕在化したとしても、保険業界にとって全体的なリスクは管理可能と思われる。その主な理由は、総資産に対する商業用不動産リスクの重要性が、生命保険会社の金利リスクやスプレッドリスクといった他の市場リスクや損害保険会社の引受リスクと比較して低いことにある。 過去には、一部の保険会社が、破綻したSigna Groupを含む不動産開発会社に、ファンドを通じて直接又は間接的に投資していており、個々の不動産会社の破綻により損失が発生した。この経験から、保険会社はリスク管理を適応させる必要があることを認識しており、より複雑でリスクの高い投資には、適切な人員配置に加え、そうした投資に合わせたリスク管理を行っている。

このリスクに対するBaFinのアプローチとして、「2024年、BaFinは保険会社とペンションカッセンの投資行動を調査した。この調査に基づき、2025年には潜在的な欠陥の兆候が見られる特定の企業に対し、個別分析を実施する予定である。その目的の一つは、オルタナティブ投資の割合が高い会社のリスク管理を調査することにある。これには不動産へのエクスポージャーも含まれる。」と述べている。
 
3 ペンションカッセン(Pensionskassen)とペンションファンド(年金基金)(Pensionfonds)については、保険年金フォーカス「ドイツの生命保険監督を巡る動向(1)-BaFinの2021年Annual Reportより、スポットライトからの抜粋と関連情報-」(2022.9.1)を参照していただきたい。
2|国際金融市場の大幅な調整によるリスク
2024年の国際金融市場は、多少の混乱はあったものの、安定的に推移した。インフレ率の低下を受けて、中央銀行は金融政策を緩和した。欧米の利下げは市場参加者の予想通りであり、すでに織り込まれていた。

2024年8月初めには、日本銀行が政策金利をわずかに引き上げた後、キャリートレードが巻き戻され、市場は一時的に低迷した。これらの市場の動きによる損失は、短期間で大きく回復したが、この出来事は、市場が非常に不安定であることを示した。

多くの国の高水準の国家債務も、金融システムにリスクをもたらした。金利の上昇は、資金調達コストとデフォルトのリスクを増大させ、これは、これらの国の国債のリスクプレミアムの上昇という形で市場に反映された。

地政学的緊張の高まりや政治的不確実性、多くの先進国における高い政府債務比率、インフレと経済成長の進展など、様々な展開が、特に複合的に発生した場合、2025年に金融市場の調整につながる可能性がある。
(参考)「BaFinが注目するリスク2025」での記述
「国際金融市場の大幅な調整によるリスク」に関する記述の中で、保険会社については、以下のように述べられている。

高水準のグローバルな国家債務によるリスクについては、最悪のシナリオでは、一部の国の高水準の国家債務が債券市場と株式市場に大きな歪みをもたらす可能性がある。そうなれば、特にドイツの銀行と保険会社の国際的な相互関連性により、ドイツの金融システムと実体経済は波及効果の影響を受ける可能性がある。

また、BaFinとドイツ連邦銀行が2024年にLSIs(less significant institutions:重要度の低い機関)に対して実施したストレステストでは、債券の時価下落により、2023年の普通株Tier 1資本比率が18.2%であることに基づくと、資本が約2.5%ポイント減少することが示された。保険会社も社債、銀行債、国債に対して大きなエクスポージャーを抱えている。例えば、ソルベンシーIIの対象となるドイツの保険会社の銀行債と銀行預金の割合は、2024年半ば時点において約16%で、これらの保険会社が保有する総投資額のうち、BBB格付けの債券は約8%を占めていた。

株式市場の暴落は銀行や保険会社にも直接影響を与える可能性があるが、保険会社の投資ポートフォリオに占める株式の割合は比較的小さく、2024年6月30日時点の業界平均は約4%だった。

このリスクに対するBaFinのアプローチとして、「BaFinは、生命保険会社のその予測計算におけるソルベンシーII要素の開発を継続する。これにより、BaFinは年間を通じて資本市場の変化が生命保険会社のソルベンシーにどのような影響を与えるかを評価できるようになる。」としている。
3|企業向け融資のデフォルトによるリスク
ドイツ経済は、2024年も厳しい状況が続いた。近年の国内総生産の減少に続き、2025年もわずかな増加しか予想されていない4。こうした構造的な課題の背景には、地政学的な対立や貿易摩擦が輸出経済の重石となったことなどがある。他国と比較して高いエネルギーコストも、ドイツ企業を圧迫し続けた。これは特に、化学・金属産業やガラス・製紙などのエネルギー集約型産業に影響を与えた。

こうした状況は、企業に直接的な影響を及ぼし、企業の倒産件数が増加し、それが不良債権の増加につながった。このため、銀行や保険会社は、低い水準ではあるが、貸倒引当金を増加させた。
 
4 経済成長率は、2023年の▲0.3%、2024年の▲0.2%に続いて、2025年は0.4%と予想されている。
(参考)「BaFinが注目するリスク2025」での記述
「企業向け融資のデフォルトによるリスク」に関する記述の中で、保険会社については、以下のように述べられている。

保険会社も信用リスクの影響を受けている
保険会社は、企業向け融資を行うだけでなく、民間デットファンドにも投資しているため、信用デフォルトリスクの影響を等しく受ける。プライベートデット投資の割合は2023年にわずかに増加し、2023年12月31日時点で、こうした投資は保険会社の総投資額の4.2%を占めている。

このリスクに対するBaFinのアプローチとして、「BaFinは、プライベートデット市場の動向と保険会社の投資行動を引き続き注視していく。2025年には、オルタナティブ投資のリスク管理についても綿密に調査する。また、企業が『プルーデント・パーソン(慎重な投資家)』原則を遵守しているかどうかも分析する。これは、2024年にBaFinが保険会社と年金基金の投資行動について実施した調査で、潜在的な欠陥が示唆されたことに基づいている。」と述べている。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年07月02日「保険・年金フォーカス」)

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