2024年12月05日

年金の「第3号被保険者」廃止論を3つの視点で整理する(前編)- 制度の概要と不公平感

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫

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次期年金改革案の取りまとめを見据えて、経済団体や労働組合から国民年金の第3号被保険者制度の中期的な廃止が相次いで提言されている1。一方で、これらの提言や当制度の廃止を求める意見には理解が難しい点があり、社会保障審議会の年金部会では賛否が分かれるなど2、軽々には語れない論点でもある。そこで本稿(前後編)では、制度の概要を確認した上で、「不公平感」「就業抑制」「財源のあり方」の3つの視点に絞って整理を試みる。今回の前編では、制度の概要と不公平感を取りあげる。
 
1 発表順に、関西経済連合会(関経連)「社会保障を中心とする税財政に関する提言~財政健全化、経済成長、国民の安心を支える社会保障制度の確立に向けて~」(2024.10.16公表)、日本労働組合総連合会(連合)「働き方などに中立的な社会保険制度(全被用者への被用者保険の完全適用、第3号被保険者制度廃止)に対する連合の考え方」(2024.10.18確認)、日本商工会議所(日商)・東京商工会議所(東商)「年金制度改革に関する提言」(2024.11.21公表)、経済同友会「現役世代の働く意欲を高め、将来の安心に備える年金制度~多様性を包摂し、公平・中立・簡素な制度へ~」(2024.12.02公表)。
2 社会保障審議会 年金部会(2024.11.15)議事録

1 ―― 第3号被保険者制度の概要

1 ―― 第3号被保険者制度の概要:厚生年金が優先適用され、30年前から一貫して減少

1|誰が該当するか:厚生年金加入者に扶養される年収130万円未満の配偶者で、厚生年金に加入していない人

公的年金の加入者は大きく3つに区分される。まず、70歳未満の正社員などは厚生年金の加入者(かつ国民年金の第2号被保険者)となる3。次に、厚生年金加入者に扶養される年収130万円未満で日本に居住する20~59歳の配偶者が国民年金の第3号被保険者となる4。最後に、日本に居住する20~59歳の人で、厚生年金加入者にも第3号被保険者にもならない人は、第1号被保険者となる5

第3号被保険者の年収要件は130万円未満だが、厚生年金が優先して適用されるため、年収が130万円未満であっても厚生年金の対象者となる勤務状況や賃金の場合は第3号被保険者にならず、厚生年金の加入者となる(図表1の上段右)。言い換えれば、いわゆる130万円の壁が問題となるのは厚生年金の対象者とならない勤務状況の場合(図表1の下段)に限られ、いわゆる106万円の壁が問題となる勤務状況の場合(図表1の上段)には106万円の壁だけが影響し130万円の壁は影響しない。
図表1 公的年金制度における厚生年金加入者の配偶者の扱い(被保険者区分)
 
3 厳密には、65歳以上は厚生年金の加入者となっても国民年金の第2号被保険者とはならない。この理由は、国民年金に加入すると受け取れる老齢基礎年金では、標準的な受給開始年齢が65歳であるためである。
4 「第何号被保険者」という呼び方は厚生年金にも存在するが、一般にはあまり認知されておらず、全箇所に記載すると読みづらくなるため、以降では「国民年金の」と付けずに単に「第何号被保険者」と記載する。なお、厚生年金の第1~4号被保険者は、2015年10月に被用者年金一元化が実施される前の各制度の加入者(旧厚生年金加入者[=会社員等]、国家公務員共済加入者、地方公務員共済加入者、私学共済加入者)を指す。
5 第3号被保険者の配偶者が退職して厚生年金の加入者でなくなった場合は、第3号被保険者から第1号被保険者に異動して国民年金保険料の対象者となる。
2|どの程度の規模か:30年前のピークから約4割減少しており、女性においては20~59歳人口の約2割が該当

第3号被保険者は、共働き世帯の増加や厚生年金の適用拡大などにより、減少傾向が続いている。

人数を見ると、ピークだった1995年度末の1220万人から、2022年度末には721万人へと約4割減少している。さらに、2024年7月に公表された将来見通しでは、2024年10月に実施された社員51~100人の企業で働くパート労働者への厚生年金の適用拡大を考慮して、2024年度末には660万人程度になると推計されている(図表2左の棒)。

また、現役世代の減少と第3号被保険者の98~99%を女性が占めていることを考慮して、女性の20~59歳人口に占める女性の第3号被保険者の割合6を見ると、1995年の34%が2022年には23%へと低下しており、2024年の見通しは22%程度となっている(図表2左の線)。この割合を年齢階級別に見ると、55~59歳では横ばいの傾向が見られる以外は、いずれの年齢階級でも比率が低下傾向にある(図表2右)。
図表2 第3号被保険者の人数や女性における人口に対する割合の推移
 
6 年度末の被保険者数を10月1日現在の人口で割った値。

2 ―― 不公平感

2 ―― 不公平感:無収入の第3号なら共働きと不公平なし。廃止は第3号世帯への逆進的なペナルティに

1|現行制度の評価(1) なぜ保険料を負担しないのか: 第3号被保険者が受け取る基礎年金は、配偶者(主に夫)の旧厚生年金から分割したものだから

第3号被保険者制度に対しては、「専業主婦(夫)は保険料を納めずに基礎年金を受け取れて不公平だ」という批判をよく聞く。確かに、個人単位の「保険料を納めるか否か」に着目すれば不公平に見える。

しかし、第3号被保険者が保険料を負担しない仕組みには合理性がある。1985年改正で第3号被保険者制度が創設された際、第3号被保険者が受け取る基礎年金は改正前の(主に夫の)旧厚生年金の定額部分と加給年金から分割する形で創設された(図表3)。その際、旧厚生年金で計画されていた保険料の水準が新制度でも継続されたため、第3号被保険者は保険料を納めない仕組みになった。
図表3 1985年改正前後の老齢年金のイメージ
​また、2004年改正では、第3号被保険者は配偶者の厚生年金保険料を共同で負担しているという基本的認識が法律に明記され、この認識に基づいて元夫婦間の合意がなくても婚姻中の厚生年金の加入記録(厳密には改正施行以後の標準報酬)を2分の1ずつ分割できる仕組み(いわゆる3号分割)が認められた。
2|現行制度の評価(2) 負担と給付の関係: 完全な片働き世帯なら共働き世帯と同じ。単身との差は第3号制度ではなく所得再分配の影響

世帯単位の負担と給付は、世帯収入が同じ片働き世帯と共働き世帯で同じになっている。負担については、厚生年金保険料は報酬に比例するため、世帯収入が同額であれば世帯で負担する保険料は同額になる(図表4左)。給付については、どちらの世帯も定額の基礎年金(1階部分)を2人分受け取り、厚生年金(2階部分)は現役時代の報酬に比例するため、世帯収入が同額であれば世帯で受け取る年金額は同額になる(図表4右)。

ただし、この説明は第3号被保険者に収入がない完全な片働き世帯の場合にだけ成り立つ。実際には第3号被保険者のうち約半数が就労しており、これらの世帯では保険料の対象にならない収入が存在する点で夫婦とも厚生年金に加入している世帯よりも有利になる。この点を改善するには、全ての被用者(給与所得者)に対して厚生年金を適用したり、第3号被保険者の収入基準をゼロ円に引き下げたりする必要がある7
図表4 現行制度での世帯単位の負担と給付の例【世帯年収600万円で厚生年金に40年間加入する場合】
なお、図表4で夫婦世帯と単身世帯を比べると、両者の負担は同じであるものの、単身世帯は基礎年金を1人分しか受給しない点で給付が少なくなっている。しかし、世帯員1人あたりの収入が同じ夫婦世帯と単身世帯で比べれば、両者の負担と給付は同じになっている8。このように、世帯員1人あたりの収入が高い世帯(図表4では世帯年収600万円の単身世帯)が、世帯員1人あたりの収入が低い世帯(図表4では世帯年収600万円の夫婦の1人あたりや世帯年収300万円の単身者)と比べて不利になっているのは、第3号被保険者制度の影響ではなく、厚生年金に組み込まれている所得再分配機能の影響である9。両者を混同しないように気をつける必要がある。

また、図表4には記載していないが、扶養する配偶者が厚生年金加入者ではなく第1号被保険者である場合については、第3号被保険者に相当する制度がなく不公平だ、という意見が聞かれる。しかし、前述したように、第3号被保険者が受け取る基礎年金は扶養する配偶者の保険料に基づく旧厚生年金を分割したものである。これに対して、第1号被保険者の国民年金保険料は1人分の基礎年金を受給する前提で設定されており、扶養される配偶者の基礎年金給付までまかなえる水準にはなっていない。この点を改善するには国民年金保険料の引上げなどが必要になるが10、共働きが増加している傾向を踏まえれば、第1号被保険者の間で納得を得るのは難しいだろう。
 
7 この点を意識しているかは明確でないが、連合は、第3号被保険者の廃止に加えて、第3号被保険者の収入要件の撤廃と学生以外の全被用者への厚生年金の適用拡大を提言している。
8 図表4では明示していないが、世帯年収600万円の夫婦の1人あたりと、共働き世帯の片方としての世帯年収300万円の単身者では、同じ給付と負担になっている。
9 厚生年金加入者は、保険料負担が報酬比例であるのに対して、年金給付は定額部分と報酬比例部分で構成される。このため、例えば収入が1割増えると、保険料負担は収入に比例して1割増えるのに対して、年金給付は報酬比例部分が1割増えるものの定額部分が増えないため、年金給付全体の増え方は1割に満たない。このような仕組みによって、厚生年金加入者の間で所得再分配機能が発揮される。なお、厚生年金における所得再分配については、次期年金改革に向けて標準報酬の上限を引き上げることで所得再分配機能を高める案が議論されており、審議会の議論ではこの案への賛成が多い。
10 2019年に産休相当期間の国民年金保険料の免除が創設された際は、国民年金保険料が月100円程度引き上げられた。2026年10月に始まる育児期間(最大1年)の国民年金保険料の免除の創設には、子ども・子育て支援金制度が活用される。

(2024年12月05日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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