2024年12月04日

中国の社会保障財政(2023年)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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4――都市の非就労者・農村住民が加入する公的医療保険の加入者が減少傾向。政府は否定するものの、脱退者・非加入者は増加傾向の模様

近年、医療財政への懸念事項に、都市の非就労者や農村住民が加入する公的医療保険(都市・農村住民基本医療保険)の加入者が減少している点がある。都市・農村住民基本医療保険は、公的医療保険制度ではあるものの任意加入となっている。保険料は定額で毎年改定され、指定した期間内に家族分の年間保険料をまとめて支払うケースが多いようだ。加入者数は9億6,294万人(2023年)と、公的医療保険制度の加入者数全体の72.2%を占めている。政府はこれら公的医療保険制度全体の加入率は95%以上としている3

加入者の減少が問題視されたのは2023年である。当局が発表した2022年のデータに関する公報で、都市・農村住民基本医療保険の加入者が前年より大幅に減少している(2,538万人減少)点が明らかになったためだ。これを受けて、一部の地域や農村で脱退や加入を拒否するなどの動きが広がっているのではないかとの報道が続いた。政府はこの点について釈明をしており、2022年に公的医療保険制度のシステムが統合されたことで重複加入の洗い出しが可能となりそれを整備したこと、就職が決まった学生を中心に都市職工基本医療保険への加入へと切り替えた点を強調している4

しかし、加入者の減少は2019年からすでに始まっており、更に、システム統合がされた翌年の2023年も減少が続いている(図表7)。加入者の減少を人口減少による影響とみるケースもあるが、都市職工基本医療保険の加入者は増加している。報道等で指摘されているのは、保険料の急速な値上がり5や通院給付がないことから制度の恩恵が伝わりにくい点である。都市・農村住民基本医療保険は入院給付のみで、しかも免責額・給付限度額が設定されており、結果として多くの自己負担が発生してしまう。新型コロナ以降、医療保障の重要性は再認識されている。しかし、経済成長の減速、所得の不安定化などから高齢者や疾患のある者などは引き続き保険料を支払うものの、それ以外の若年層などは保険料の支払いをやめてしまうなどの事象も発生している。

更に言えば、都市・農村住民基本医療保険の運営に当たっては、6割が税金(財政補填)で賄われている(図表8)。上掲で保険料が毎年引き上げられる点を挙げたが、それに対して財政からその2倍に相当する補填がなされている状況だ。保険料の引き上げには、加入者の急増に伴う給付の増加、サービスや給付の拡充、高齢化によって給付が増加している点があろう。保険料の引き上げばかりに目が向いてしまい、保険料を引き上げざるを得ない背景、財政による再分配の機能が活用されている点が被保険者にうまく伝わっていないのも、加入者が減少してしまう要因の1つであろう。

加入者減少の事態を前に、2024年8月に税務総局が保険料の上昇率の抑制や政府負担の増加、給付の拡充を発表したがそれがどこまで奏功するかには疑問が残る6。高齢者や疾患リスクの高い人々の加入が相対的に増えれば保険料の更なる引き上げも考えられ、更なる脱退や非加入が増加する可能性もある。加入者が公的医療保険の7割を占め、財政からの補填で多くを賄われている制度運営である点を考慮すること、今後、更なる財政プレッシャーがかかると考えられる。
図表7 都市・農村住民基本医療保険の加入者推移/図表8 公的医療保険の制度ごとの収支(2023 年)
 
3 中華人民共和国人民政府「約13.34億人!我国医保参保率穏定在95%以上」、2024年4月11日。
4 中華人民共和国中央人民政府「国家医保局有関司負責人就居民医保参保険答記者問」、2024年3月25日。
5 報道によると、保険料の納付基準額は2003年時点で10元であったが、2023年にはそれが380元まで上昇しており、20年で38倍になった点を挙げている。界面新聞「退保風険増大、城郷居民医保能否強制参保?」、2023年11月16日。
6 国家税務局「国家医保局 財政部 国家税務総局関于做好2024年城郷居民基本医療保障有関工作的通知」、2024年8月19日。

5――今後待ち受ける介護保険制度

5――今後待ち受ける介護保険制度、子育て・少子化対策の財政問題

上掲の年金、医療に関する財政問題に加えて、今後の財政問題としては介護保険制度、少子化対策がある。

介護保険制度は2025年の全国導入を目指して、現在試行段階にある。全国的な試行は2016年から開始され、対象都市は49まで拡大している。2023年末時点で加入者数は1億8,331万人、受給者数は134万人となった7。2023年末時点での高齢者数(65歳以上)は2億1,676万人で、このうち、自立した生活ができない者は4,400万人以上とされている。更に、全国老齢工作委員会弁公室は自立した生活ができない者の数が2030年には6,168万人、2050年には9,750万人まで増加するとしている。今後、高齢化の進展に伴って、介護保険制度はその重要度が高くなっていくであろう。

その一方で、介護保険制度を支える財源の調達についてはまだ模索が続けられている。当初、公的医療保険制度の積立金を援用しながら試行を行う地域が多かった。しかし、試行がある程度進んだ地域では医療保険基金以外に、個人や企業、地方政府の補助金などをそれぞれの地域の事情に応じて組み合わせることで財源を確保している。ただし、既存の社会保険料だけでも負担が重い状況の中で、介護保険料の追加は企業の反発を招きやすく、最終的な保険料は低額にならざるを得ないようだ。制度の設計上、給付を要介護度が高い対象者に絞り、給付も基礎的な部分にとどめられているが、今後、介護保険制度が本格的に施行された場合、財源の確保は大きな課題となり得る。2023年はまだ試行段階であるためか、財政決算では中央政府から地方政府への財政移転などは計上されていないが、今後、中央政府が財政的にどのように関与していくのかが注目される8。なお、2023年時点での介護保険基金(全国)の収入は243億元、支出は119億元と小規模にとどまっている。

加えて懸念されるのが、開始されたばかりの子育て支援・少子化対策である。中国では第3子の出生容認をした2021年あたりから出産奨励を軸とした子育て支援・少子化対策に舵を切っている。中国における2023年の合計特殊出生率は1.00で、日本の1.20を大きく下回っている状況だ。しかし、政策が転換されてからまだ時間がそれほど経過しておらず、地方政府財政に頼った子育て支援の拠出、産休・育休制度の整備、企業の福利厚生に多くの期待が寄せられている現状は変わらない。

出生率の低下の背景には婚姻数の減少が大きく影響しており、2024年は1~9月までの婚姻数は475万組で、前年同期比から94万組も減少している。2023年は婚姻数が10年ぶりに増加に転じたが、その背景にはゼロコロナ政策が終了したことや、縁起がよいとされる翌年(2024年)の辰年の出産を目指した結婚が増加したと考えられる。2024年9月までの状況を考えると、婚姻数増加の勢いは一時的なものにとどまりそうだ。10月に国務院が新たに発表した指針9では、こういった状況を受けてか、これまで提唱してきた出産・養育保険の給付強化、産休・育休制度の整備、子育て支援制度の設立、不妊治療の拡充、多子家庭の住宅購入の優遇措置などに加えて、産休後の女性の職場復帰支援や研修の強化、積極的な恋愛・結婚・出産・家庭形成に関する考え方の提唱などもう一歩踏み込んだ内容を提起している。重要なのは女性が若年で結婚、出産したとしても安心して仕事を続けられ、キャリアの形成への影響を可能な限り小さくする点にあろう。今後の注目点としてはこういった施策に中央政府がどれほど関与し、地方政府に対して財政移転などでサポートをするかにある。就業、教育、医療、生育といった多方面からの財政サポートが必要になると考えられる。
 
7 国家医療保障局「2023年全国医療保障事業発展統計公報」。
8 介護保険を目的とした財政支出はないが、医療保険の積立金を援用している点からも、医療保険への財政支出を通じて一定の財政的なサポートは考えられる。
9 国務院弁公庁印発「関于加快完善生育支持政策体系推動建設生育友好型社会的若干措置」的通知、2024年10月19日。

(2024年12月04日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019~2020年度・2023年度~)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員教授(2024年度~)
     ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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