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年金基金の流動性リスクの監督についての動き(欧州)-EIOPAからの意見募集が始まる

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――はじめに
今回は、9月に公表された監督方針案を紹介する。
こうした検討を急ぐ背景のひとつには、2022年に英国で起きた、年金基金の流動性危機があるようだ。これは概略以下のような事態であった。
年金基金は、負債と資産のマッチングを意識することなどからデリバティブを多用していた。また年金基金(特に確定給付型年金)の中には、資産運用方針として、負債の特性に応じた運用期間の決定や資産選択による運用収益の獲得を行う仕組み(債務連動型投資 LDI: Liability Driven Investment)を行うものがあった2。そうした中で市中金利が急上昇して、デリバティブの追加証拠金や担保差し入れの必要に迫られることが多発する事態が生じ、そのために現金を調達する必要に迫られることになった。この時、年金基金などは、債券価格が下落している中で、(売却損を出しながら)債券売却により現金を確保しようとしたため、ますます債券価格が下落するという悪循環を招いた。こうして最終的にはイングランド銀行が、債券市場を支援する必要が生じた。
このような事態を防ぐために、将来にむけて流動性リスク管理の観点から、年金基金の運営や対処方法と監督者の注意すべき点を検討しようということであろう。
1 Consultation paper on the draft Opinion on the supervision of liquidity risk management of IORPs (EIOPA 2024.9.26)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/2c8cce85-16c6-4a9f-a5cb-d8d2c9eee3c8_en?filename=Consultation%20Paper%20on%20the%20draft%20Opinion%20on%20the%20supervision%20of%20the%20liquidity%20risk%20management%20of%20IORPs.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2 ALMの観点からは、確定給付型年金の資産運用はむしろ基本的にはぜひそうあるべきであると考えられるが、デリバティブの活用規模が問題であろうと思われる。
2――意見募集の対象となるEIOPA意見
流動性リスクとは、契約上の期限到来による何らかの支払いの必要がある時に、持っている資産を年金基金が現金化できないリスクとする。ここでは、年金基金の安定性や健全性、あるいは加入者や年金受取人を保護できなくなるような事態を想定しておくことが、特に重要である。
以下で述べるような、年金基金のリスク管理全般を監督することに尽きるのだが、そのために、年金基金のさらされる流動性リスクを把握し、監督当局が評価する必要がある。特に、デリバティブポジションに関する情報を収集し、分析する必要がある。それを基に将来的には、モニタリングツールを確立する必要がある。
〇ガバナンスとリスク管理における、重要な流動性の統合
・年金基金自身が、関与する重要な流動性リスクを特定する必要がある。例えば
(1)デリバティブポジションに対する証拠金や担保の要求が必要になる状況の把握
(2)年金基金加入者による積立金等の早期引出しの可能性
(3)加入者の集団的な移転の可能性(筆者注:基金加入団体の脱退などのことか?)
ガバナンスに関しては、流動性リスクの管理責任の明確化やリスク管理戦略の文書化が必要である。
・流動性ストレスの取り扱いにおけるコンテンジェンシープラン
重大な流動性リスクにさらされた場合の対処計画を、事前に立てておく必要がある。計画を発動
するプロセスを決めておき、講じられる一連の行動と、その責任部門を明確に定めること。また
資産売却とその他の代替資金調達手段(例えば一時借入)を設定しておくこと
・モニタリングとレポーティング
重要な流動性リスクにさらされた場合の、年金基金から監督機関への報告、その中で流動性リス
クを適切にカバーし、効果的にモニタリングしていることが求められる。その際の指標として、流動性カバレッジ比率や超過流動性(ストレス時のネットキャッシュフローに対する流動性資産の比率、あるいは金額べースの余力)などを活用することが一般的である。
・リスクの自己評価(ORA:own-risk assessment)
年金基金自身による流動性リスクの評価報告書の作成
〇流動性リスク許容度
流動性リスク許容度について、文書化することで明示すること。そこには、重要な流動性リスクの原因と、予想される継続時間、およびこうしたストレスに耐えられる期間と対応可能な措置、維持する流動資産のバッファー水準と資産構成などが記載されている必要がある。
〇流動性リスク管理システムにおける通常時のレビューとアップデート
〇流動性ストレステストとそのシナリオ
・ストレステストとシナリオ分析の実施に際して考慮すべき要素
これは、タイムホライズン、リスクエクスポージャー、必要となる現金の規模などである。特に追加担保要求やデリバティブポジションに関しては、1日あるいは日中の動きなど、非常に短い期間における動きを考慮しておく必要がある。また対象期間に起こりうる資金流出入、流動性ポジションへの悪影響を見込む必要がある、通常の資金流出入の状況は、ストレステストやシナリオ分析の基礎となりうる。
・現実に起こりうる深刻な事象の設定
現実に起こりうる流動性ストレスを考慮する必要がある。そのために、過去にあった事象に基づいた悪影響を把握すること、また、関連する市場における、同様のエクスポージャー下にある市場参加者が、極度に集中するおそれを考慮する必要もある。
〇流動性資産のバッファー
・充分な水準の現金と、すぐに入手できる多様な流動性資産
コスト負担の比較的少ない流動性資産を、いくつか保有する必要がある。それは信用度が高く市場性の高いものでなければならない。これには例えば、一般の銀行預金や欧州中央銀行や各国中央銀行など一定水準以上信用のある金融機関の発行する債券や貸付金などがある。こうしたものは、一般に非常に短い期間で現金化可能である。
これに対して、一般の金融機関の発行する有価証券は、何らかのストレス発生時に流動性がなくなる可能性が高いので、現金化に際して信頼できる源泉とは言い難い。また各種資産を売却して現金を得る際に、売却損などの損失が発生することも考慮しなければならない。
・回復力と効果的な業務運用プロセス
平常時から流動性危機に関する緊急対応計画をテストし、必要に応じて計画を更新しておく
必要がある。その際、資産の売却や借入を行う場合、その相手方などとの協定内容が、ストレス条件下でも機能するかどうかを、確認しておく必要がある。そして、いざストレス状況ともなれば、協定にない運営は、利用できる可能性が低くなることも考慮すべきである。
〇第三者運営機関へのアウトソーシング
重大な流動性リスクの存在を認識した場合、平時よりデリバティブ商品も含む投資や資産管理を、第三者機関にアウトソースすることも有効であろう。ただしこの場合にも、その運用機関の運用プロセスの信頼性評価の文書化や、アウトソーシングのオペレーショナルリスクの評価が必要である。
〇プロポーショナリティ
流動性の性質、規模、複雑さに応じて、より高度な対応を要求される年金基金もあると考えられる。
3――今後の動きについて
(2024年10月18日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/25 | 年金や貯蓄性保険の可能性を引き出す方策の推進(欧州)-貯蓄投資同盟の構想とEIOPA会長の講演録などから | 安井 義浩 | 基礎研レター |
2025/04/18 | 金融セクターにおけるリスクと脆弱性(欧州 2025春)-ESAの合同報告書より。地政学的リスクとサイバーリスクに重点。 | 安井 義浩 | 基礎研レター |
2025/04/11 | バミューダ金融当局の2025事業計画-今後再保険などで注目されるかもしれない。 | 安井 義浩 | 基礎研レター |
2025/03/21 | 宇宙天気現象に関するリスク-太陽フレアなどのピークに入っている今日この頃 | 安井 義浩 | 基礎研レポート |
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