2024年08月08日

2029年までの社会保障改革の要点(中国)-三中全会の決定からみる今後のゆくえ

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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中国共産党は7月15日~18日にかけて三中全会(第20期中央委員会第3回全体会議)を開催した。また、7月21日にはその決定内容を記載した「更なる改革の全面的深化、中国式現代化の推進に関する中共中央の決定(「中共中央関于進一歩全面深化改革 推進中国式現代化的決定」、以下「決定」)を公表している。決定では、「改革の全面的な深化」と中国独自の発展モデルを追求する「中国式現代化」を推進するとし、5年後の2029年までの改革目標を発表した。

習近平政権は、これまで小康社会(ややゆとりのある社会)実現の2020年、第14次5ヵ年計画の最終年である2025年、小康社会実現の2020年から長期目標(2049年まで)のほぼ折り返しとなる2035年、建国100年で社会主義現代化強国を目指す2049年を政治の上でも重要な年と位置付けている。今回これに建国80年にあたる2029年が加わったことになる。

1――三中全会における経済体制の転換と社会保障

1――三中全会における経済体制の転換と社会保障

三中全会は指導部の中長期的な国家運営の基本方針を決定する重要会議である。これまでも1978年の改革開放路線の決定(第11期三中全会)、1993年の社会主義計画経済から社会主義市場経済への転換の提起など(第14期三中全会)、特に経済面において大きな転換点となる重要な決定がされている。

実は、経済体制とともに社会保障も大きく転換している。その理由は中国における現行の社会保障制度は、新たにもたらされた市場経済の促進の一環として改革が進められた経緯があるからだ。例えば1993年の社会主義市場経済への転換のタイミングで、国有企業による労働保険から国・地方政府による社会保障制度へと転換している1。市場経済の成長とともに競争が激化し、国有企業は費用・サービス提供の丸抱えから、政府・企業・個人が負担を分担する社会保障体制へ移行することでコスト削減をはかる必要があったのだ。
 
また、それに併せて現在の福祉ミックス体制に通じる「多層的な社会保障体系」の内容を提起している点も重要である。政府は社会保障について、その内容を社会救済、社会福祉、社会保険、軍人保障、社会互助とした。更に、留意すべきは、それと同時に「民間保険を積極的に発展させ、社会保障の補完としての役割を発揮させる」とした点にある。この点から、中国の社会保障改革の重要点は当初から、市場が担う民間保険会社、NPOといった中間団体、更に家族・地域の共同体などの機能を積極的に組み込み、ミックスする体制―福祉ミックス体制を提起していた。

1996年からの第9次5か年計画では、1993年に提示された社会保障の枠組みを明確化し、中国の国情にあった社会保障制度を初歩的に形成するとした。企業や個人による保険料負担の導入、制度運営や積立金の管理など一定の基準を設けた上で国有企業から地方政府・各市に移管するなど、新たな社会保障体制の構築に向けて改革が本格的に実施され、現在に至っている。
 
1 中国共産党中央委員会「関于建立社会主義市場経済体制若干問題的決定」,1993年11月14日。なお、年金や医療保険などの社会保険については、個別に改革が進められていた。年金については1986年から改革が進められ、1991年時点で三者負担なども決定している。

2――社会保障と「中国式現代化」

2――社会保障と「中国式現代化」

今回の三中全会は経済、不動産、地方債務、財政改革など多くの課題を抱える中で迎えることとなった。また、2022年には総人口が減少に転じ、少子高齢化の進展、老後保障の整備、出産奨励への転換、2019年以降の新型コロナウイルスによる社会の変容など前回の三中全会(2018年)と比較しても置かれている状況は大きく異なる。特に、経済成長の鈍化、消費の低迷、不動産不況など先行きが不透明であることからも経済対策に注目が集まった。

決定の内容全体を通して見えてくるのは、今後の政策の優先度がハイレベルな経済体制の維持に加えて国家安全、社会の安定・統治といった政治体制の維持に置かれている点だ。むしろ後者の方の優先度が高いとさえ感じられる。その変化は、今般の決定で強調された「中国式現代化」からも見えてくる。これは2022年の中国共産党第20回全国代表大会の報告で提起されており、報告によると「中国式現代化とは中国共産党の指導する社会主義現代化であり、各国の現代化との共通点の上、中国の国情に基づいた特色をもつもの」2(一部抜粋)としている。つまり、これまでの改革開放による欧米などの近代化モデルを経て、今後はそれとは異なる中国独自の近代化を目指すことを意味している。
 
欧米など西側とは異なる中国独自の近代化―それは社会保障分野においてもすでに提唱されている。2021年2月、習近平総書記は第19期中央政治局第28回集団学習において、「我が国の社会保障事業のハイレベルな成長、持続可能な発展の促進」3と題した講和をした。この講和では、①中国の特色ある社会保障体系を整備すること、②これまで欧州など西側による社会保障モデルの失敗を回避すること、③経済成長の度合いに応じて社会保障の給付の手厚さや多寡を調整すること、が確認されている(図表1)。
図表1 「我が国の社会保障事業のハイレベルな成長、持続可能な発展の促進」における今後の社会保障に関する指針(一部抜粋)
ただし、このような社会保障のあり方の端緒は、社会保障への転換期である1990年代初頭まで遡ることができる。1970年代のオイルショック以降、1990年代における欧州などの先進国では新自由主義的なグローバル化が進み、それまでの福祉国家体制の縮小、再編が進展、「小さな政府」に代表されるようにサッチャリズムの潮流に直面していた。当時の中国の政治指導者である鄧小平は1992年の南巡講話において、欧州の福祉国家が財政的に立ち行かなくなっている点を指摘し、特に、中国における高齢者の老後保障に関する問題については、家庭・家族による扶養の重要性を強調した。中国における多層的な社会保障―「福祉ミックス体制」は世界的な福祉財源縮小への政策移行という潮流を横目で見ながら誕生したのである。欧州における政策移行や潮流は中国においても参照されたが、中国は当時、財政的、政治的、概念的にも欧州のような権利主義的な福祉国家体制を直接導入するのは難しかったのである。
 
一方、高度経済成長期を迎え、財政が安定した胡錦涛政権下では、経済の高度成長、財政の安定化から社会保険の拡充がはかられた。その背景は経済成長によって発生した格差の改善がある。社会保険は都市部の企業就労者を中心とした選別主義から、それまで保障の対象外となっていた農村部住民や都市の非就労者も含めたすべての国民を対象とする普遍主義に移行した。このように、胡錦涛政権下では介護保険を除いて既存の社会保険の枠組みはある程度整備された。

胡錦涛政権下における高度経済成長、すべての国民を対象とする普遍主義への移行、社会保障の給付・対象範囲の拡充からも、中国の社会保障制度改革については欧米がかつて辿った成長モデル(福祉国家化)の踏襲を期待する向きもあった。しかし、今回強調された「中国式現代化」によって、現在の中国の社会保障制度の改革のあり方が胡錦涛政権下のそれとは異なり、習近平政権が示す中国独自のスタイルや解釈で実施されることを改めて確認することとなった。
 
2 新華網、中国共産党第20回党大会報告全文、2022年10月28日、
https://jp.news.cn/20221028/7d7768e4a1b34579b9b49d0bcad9ec14/c.html,2024年7月29日取得。
3 中華人民共和国中央人民政府、「習近平:促進我国社会保障事業高質量発展、可持続発展」、2022年4月15日、https://www.gov.cn/xinwen/2022-04/15/content_5685399.htm,2024年7月29日取得。

(2024年08月08日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019~2020年度・2023年度~)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員教授(2024年度~)
     ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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