2024年08月02日

ドイツの生命保険監督を巡る動向(1)-BaFinの2023年Annual Report等の公表資料からの抜粋報告(主要な監督戦略・実務等の状況)-

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7|トレンド:持続可能性(サステナビリティ)
気候変動や環境、社会問題、優れたコーポレート・ガバナンスなど、持続可能性のトレンドは、特に中長期的に、金融セクターの会社や消費者に、財務リスクをもたらす可能性がある。BaFinの調査によれば、銀行も保険会社も、持続可能性リスクを以前よりもさらに適切に管理できるようになった。

2023年、BaFinは、2022年に受領したORSA 報告書において、保険会社や企業年金制度がどのように気候変動シナリオを考慮しているか、また報告書において持続可能性リスクをどのように考慮しているかを体系的に分析した。大半の会社は、それぞれのリスクプロファイルに沿ってこの課題に取り組んでいたが、リスク管理などいくつかの分野ではまだ改善の余地があった。

BaFinは、第7次MaRisk(リスク管理の最低要件通達)改正において、銀行及び貯蓄銀行に対し、持続可能性リスクに対処するための主要な期待を明らかにした。

BaFinは自然災害が保険会社に与える影響を調査
BaFinは気候変動の影響と自然災害の集積に注目している。2022年と2023年の豪雨の機会に、このような事象が保険会社の自然災害リスクに与えた影響を調査した。いくつかの保険会社では、純損失費用が、標準式のソルベンシー資本要件(洪水リスク DE6)に従って維持する必要があるリスク資本を上回っていた。

BaFinは、再保険会社は通常、自然災害発生時の集積リスクをカバーするのに十分なキャパシティを提供できると想定している。しかし、元受保険会社は、価格の上昇を受け入れ、資金を調達できなければならない。

監督当局は、保険会社が自然災害リスクを適切に管理することを期待している。したがって、このようなリスクにさらされている保険会社は、自社の自然災害モデルを用いて自然災害リスクを分析し、標準式からの乖離を確認する必要がある。
 
6 洪水リスクDEは、標準式の自然災害リスクサブモジュールの一部で、これには、保険会社が標準式に従って 200 年に 1 回の損失に備えて、それぞれの地理的地域(CRESTAゾーン)で維持しなければならない洪水リスクに対する規制上の自己資本要件が含まれている。
サステナブルファイナンスもファンド業界の課題
2023年、BaFinはファンド業界の代表者とサステナブルファイナンスをテーマに定期的な意見交換を行った。この意見交換の結果の一つが、規制技術基準(RTS)の付属書II及びIIIにある開示規則第8条及び第9条の要件の適用に関するガイダンスであり、BaFinはこれらを2023年7月に公表した。

BaFinはまた、資本運用会社(Kapitalverwaltungsgesellschaften)7がESGデータと格付けをどのように扱い、評価しているかについて、ドイツの資本運用会社30社とESG格付けプロバイダー6社を調査した。結果として、ESG格付けには費用がかかり、ESGデータの質にも不十分な点が残り、ESG格付けの比較可能性の欠如も問題視された。
 
7 投資ファンドの資産運用と投資証券の発行を業務目的とする会社
グリーンウォッシング
グリーンウォッシングは、機能している市場に対する信頼を損なう。2023年、BaFinはグリーンウォッシングを防止するための監督手段を拡大した。BaFinは、その管理慣行に従い、ファンドがその資産の少なくとも75%を、事前に定義された一定の持続可能性基準に従って投資し、さらに、運用する全ての資産に関して一定の最低除外基準を満たす場合にのみ、その名前に持続可能性の言及がある新しい投資信託を承認した。
8|トレンド:地政学的変化
近年、世界の多くの地域で緊張と戦争が増大している。現在の例には、ウクライナと中東が含まれる。さらに、西側諸国、ロシア、中国の間のブロック形成が増加している。このトレンドは貿易の流れや関係にも悪影響を及ぼしており、バリューチェーンとサプライチェーンの断片化と非グローバル化が潜在的に進んでいる。これは輸出に依存するドイツ経済、ひいては金融セクターにもリスクをもたらす。

BaFinは2023年の地政学的状況を注意深く監視し、ドイツの金融機関への潜在的な影響を分析した。特に、地政学的リスクの影響を受ける地域、産業、企業に関連する債権の集中リスクに注意を払った。

3―監督実務の主要分野

3―監督実務の主要分野

ここでは、BaFinが2023年のAnnual Reportの「2.監督実務の主要分野」に掲げている項目のうちの「2.5.サステナブルファイナンス」及び「2.6. BaFinの国際的役割」について、主として生命保険に関係する内容を中心に、Annual Report から抜粋して報告する。
1|サステナブルファイナンス
2023年7月に発表されたBaFinのサステナブルファイナンス戦略は、BaFinが注力する行動分野を定義している。重要な行動分野の一つは、グリーンウォッシングを防止し、撲滅するための投資家向けの信頼できる情報である。EUのサステナブルファイナンス情報開示規則(SFDR)の要件とBaFinの対応する監督業務は、このための重要な基礎を形成している。BaFinの目的は、SFDRが全てのセクターで一律に適用されるようにすることである。定期的な監督に加え、年1回の抜き打ち検査も規定している。この規制は、金融市場参加者に対し、商品ごとに持続可能性を開示することを義務付け、透明性を高めている。これにより、投資家は金融商品の持続可能性に関連する野心レベルを認識し、それに基づいて投資判断を下すことができるようになる。

これに関連して、BaFinは2023年7月、配分アプローチに関する指示書を公表8した。 配分アプローチとは、伝統的な非ユニットリンク型生命保険の資産を、SFDRに従って開示する目的で、特定の商品又は商品グループに配分する手続きである。
2|BaFinの国際的役割
BaFinは、各国の監督当局と緊密に連携している。この協力の正式な基盤は、一般的に、BaFinとパートナー機関との間の二国間及び多国間の覚書(MoU)で構成されている。EU内では、国境を越えた協力は主に銀行同盟及び欧州金融監督制度(ESFS)の下で行われている。BaFinは、世界的な基準設定機関にも参加している。BaFinは、欧州及び世界的な機関の数多くの作業部会にその専門知識を提供している。

(1) EIOPA
2022年、EIOPA(欧州保険年金監督局)は、損害保険における価格設定慣行に関する声明9、グリーンウォッシングに関する報告書10、保険ストレステストの方法論原則11などを発表した。EIOPAはまた、コストと手数料の透明性及び投資決定における持続可能性の考慮に関する提案を盛り込んだ技術的助言12を作成した。ここで、BaFin は最小限の調和の原則に基づく妥協に成功裏に貢献した。技術的助言は、ESAs(欧州監督機関)が EU 法(レベル2)の枠内で 欧州委員会に対して準備する提案である。
(2) IAIS
IAIS(保険監督者国際機構)の焦点は、保険部門におけるシステミックリスクに関する統一フレームワーク(IAIS包括的枠組み)の実施13だった。BaFin はフレームワークの実装に成功し、BaFinはIAISによる検査でこれを証明した。IAISは、BaFinがマクロプルーデンス監督、流動性リスク管理、開示に関するIAISの要件を考慮しているかどうか等を評価した。

IAISはまた、2023年にICP9(監督上のレビュー及び報告)とICP10(予防・是正措置及び制裁)に定められた基準に関連した監督上のレビュー及び措置のピアレビューに関する報告書14を公表した。BaFin は、IAIS ワーキンググループの他のトピック、つまり保険部門のレジリエンス15、人工知能、機械学習、サイバーリスクに取り組んだ。
(3) FSB
金融安定理事会(FSB)にとって、2023年は3月に米国とスイスで銀行破綻が起きた年だった。 2023年の破綻処理報告書16では、こうした破綻を調査し、「金融機関にとって効果的な破綻処理制度の主要な特性」17をどの程度調整する必要があるかを導き出した。その他の重点分野には、ノンバンク金融仲介業者(NBFI)セクター、デジタル革新、気候変動による金融リスク、国境を越えた支払い、中央清算機関の破綻処理可能性などが含まれる。
(4) ESRB
2023年、ESRB(欧州システミックリスク理事会)は、欧州の商業用不動産セクターの脆弱性に関する勧告18を発表した。同勧告では、インフレ率の上昇、成長見通しの暗さ、地政学的緊張などから生じる循環的リスクを指摘している。ESRBはまた、商業用不動産市場の構造的変化から生じるリスクを注意深く監視するよう勧告した。

BaFinは、ESRBのワーキンググループに参加し、サイバーリスクやストレステスト等の最新のトピックを分析している。

4―まとめ

4―まとめ

以上、今回は、BaFinの2023年のAnnual Report 等に基づいて、ドイツの生命保険会社等の監督に関連して、金利の上昇、不動産市場の調整、国際金融市場における大幅な調整、サイバーリスク、デジタル化、持続可能性といったトピックに関する状況について報告してきた。

Annual Reportについては、過去の結果報告が中心になっている部分が多いが、ドイツの生命保険業界等が抱えている各種の重要課題に対する、監督当局であるBaFinのスタンスや考え方、具体的な取組あるいは今後の方針等を窺い知るための有用な情報を提供している。

次回のレポートでは、Annual Reportの「I.スポットライト」の「2-1.リスク分類と(その他の)検査」及び「II.企業の監督」の「2.保険会社及び年金基金」等、及びGDV(ドイツ保険協会)の公表資料等に基づいて、ドイツの生命保険会社等の監督及び業績等の状況について報告する。

(2024年08月02日「保険・年金フォーカス」)

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