2024年08月02日

ドイツの生命保険監督を巡る動向(1)-BaFinの2023年Annual Report等の公表資料からの抜粋報告(主要な監督戦略・実務等の状況)-

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|不動産市場の調整によるリスク
長年、不動産市場は活況を呈してきたが、2023年は、特に商業用不動産の価格が大幅に下落した。需要が減少し、金融機関が融資基準を引き締めたため、融資は停滞した。信用の質は悪化し、ローンの担保価値は圧迫された。

不動産及びプロジェクト開発セクターでは、特に金利と建設コストの上昇がもたらす課題が明らかになった。これらの企業は、その特殊なビジネスモデルゆえに、より大きなリスクにさらされている。

ドイツでは、2023年になっても商業用不動産融資のデフォルトは広がっていない。しかし、商業用不動産ローンの不良債権比率は2023年第2四半期と第3四半期に大幅に増加した。この傾向は第4四半期も続き、勢いを増した。BaFinは、減損テストを含め、商業用不動産へのエクスポージャーが高いLSIsを注意深く監視し、金融機関の貸出と不動産ファンドのシェアを定期的に分析した。

BaFinはすでに2022年に、民間及び商業用住宅ローンに対するシステミック・リスク・バッファーを導入し、カウンターシクリカル資本バッファーを引き上げていた。これらのバッファーは、ストレス発生時に金融機関の資本基盤を保護することで、銀行システムのレジリエンスを強化するため、2023年2月から実施されている。

保険会社もまた、伝統的に住宅用・商業用不動産に投資したり、住宅ローンを提供したりしている機関投資家であるため、前述の動向の影響を受けた。場合によっては、エクスポージャーの再評価を行い、個々のエクスポージャーについての大幅な評価減を余儀なくされた会社もあった。
(参考)「BaFinが注目するリスク2024」での記述
「不動産市場の調整によるリスク」に関する記述の中で、保険会社については、以下のように述べられている。

保険会社は、伝統的に住宅用・商業用不動産に投資したり、住宅ローンを提供したりしている機関投資家であるため、不動産市場を巡る動きにも影響を受ける。2023年9月30日時点で、保険会社の投資に占める商業用不動産の割合は約8%であり、BaFinは評価額の変化によるリスクは全体として管理可能であると考えている。

このリスクに対するBaFinの取組みとして、「2024年、BaFinは、特に保険会社による商業用不動産への投資を考慮に入れて、保険会社の投資行動に関する調査を再度実施する。」と述べている。
3|国際金融市場の大幅な調整によるリスク
2023年においても、国際金融市場が大幅に調整される可能性は依然として高く、金利の上昇、中国、欧州全般及びドイツ経済の冷え込み、地政学的不確実性は、各種の資産クラスや銀行・保険会社の資産に様々な影響を及ぼした。

BaFinはこうした動きを監視し、特にリスクの高い投資を行っている会社を特定した。また、オールタナティブ投資ファンド、オールタナティブ資本投資、保険会社の特別ファンドの発展状況を分析し、そこから監督上の措置を導き出した。
(参考)「BaFinが注目するリスク2024」での記述
「国際金融市場の大幅な調整によるリスク」に関する記述の中で、保険会社については、以下のように述べられている。

国際金融市場の大幅な調整の可能性は依然として高い。長期にわたり、超低金利は非常事態をもたらした。市場には大量の流動性が存在し、資金調達環境も良好であった。こうした状況は、短期間で根本的に変化した。2023年の金融市場では、持続的な大きな調整はみられなかった。今後の見通しにおいて、金利動向は重要な役割を果たす。市場は、金利のピークに達し、最初の利下げが近い将来に実施されると予想している。地政学リスクが高いことを考慮すると、市場のリスクプレミアムは依然として低いように見える。逆風によって市場の予想が急変すれば、市場の急激な修正につながる可能性がある。

利上げ、量的引き締め、地政学的不確実性
国際金融市場は依然として脆弱である。2023年は、地政学的な情勢の緊迫化と、各国・地域の経済発展見通しの悪化により、大きな不確実性が広がった。高インフレに対処するため、欧州中央銀行(ECB)、米国連邦準備制度理事会(FRB)、イングランド銀行(BOE)などは、2022年に利上げを開始し、また、近年積み上げてきた債券を売却(量的引き締め)することにより、市場から流動性を引き揚げた。金融引き締め策は、実体経済における企業の資金調達コストを上昇させている。これは、特に実体経済において多額の債務を抱えた企業にとって、国際債券市場や証券化市場における格付けの引き下げやデフォルト率の上昇につながる可能性がある。

監督下の保険会社は、社債、銀行債、国債に多額のエクスポージャーを有している。2023年9月30日現在、ソルベンシーIIの下で監督下にある元受保険会社の公正価値に基づく資本投資総額の約10%を、投資適格格付で最低のBBB格付の債券が占めている。

ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルへのテロ攻撃、中東における紛争の激化、その他の地域の不透明な情勢は、金融市場にさらなるリスクをもたらしている。過去には、ストレス下において、中央銀行や政府は、特に追加的な流動性によって市場を支援してきた。現在の環境では、追加的な流動性措置は、中央銀行の金融政策スタンスに沿ったものではない。

個々の資産クラスに異なる影響
金利の上昇、経済の減速、リスク回避志向の高まりは、まだ国際債券市場のデフォルト率の上昇にはつながっていない。しかし、債券の公正価値は、2021年半ばから2023年第三四半期にかけて急激に低下している。

2023年に期待リターンの上昇という形でリスクプレミアムが上昇したことは、一部の国で債務の持続可能性に対する市場の信頼が低下していることを示している。これは特に、発行済み債券の借換えコストの上昇によって今後数年間の国家予算に負担がかかる国に当てはまる。

2023年の株式市場の状況はまちまちで、ウクライナ戦争とそれに伴う大きな不確実性によって2022年に急落した後、2023年中に回復した。マクロ経済状況を考慮すると、大幅な調整は排除されない。

2023年9月30日現在、保険会社のポートフォリオ全体に占める上場株式の割合は業界平均で約5%であるため、調整は保険会社の支払能力と収益に直ちに大きな影響を与えることはない。株式市場が崩壊すれば、ドイツの銀行も影響を受ける。しかし、金融機関のデポA(自己保有)に占める株式の割合(2023年9月30日現在)は平均0.3%で非常に低い。

金融市場の調整は、デリバティブ取引における証拠金、すなわち担保として預託しなければならない金額の引き上げにもつながる可能性がある。大幅な調整は、すでに提供されている担保が十分でなくなることを意味する可能性があり、そうなれば、市場参加者は短期的に流動性を追加しなければならなくなる。

ノンバンク金融仲介による金融安定性へのリスク
ノンバンク金融仲介(NBFI)の重要性は、銀行セクターを通じた金融仲介と比較して、近年著しく高まっている。金融安定理事会(FSB)によると、NBFIの資産は、2008年から2022年の間に世界全体で倍増した。透明性の欠如と規制上のギャップにより、安定性へのリスクが生じる可能性がある。過剰なレバレッジと流動性の流出によるリスクはとりわけ重要となる。

特に、オールタナティブ投資ファンド(AIF)や、自己資本のレベルが低く、おそらく複雑な金融商品を備えたその他のビークルが、高いリスクを負い、ストレスや危機の状況で流動性が低いことが判明した場合、パニック売りが残りの金融セクターに波及し、システム全体にストレスが生じる可能性がある。これは、システム上重要な銀行がそのような取引に関与している場合に特に当てはまり、これにより、さらなる集中リスクと金融安定性に対するリスクが生み出される。

このリスクに対するBaFinの取り組みとして、以下のように説明されている。

・BaFinは、金融市場関連のエクスポージャーが高く、リスクの高い機関を特定する。BaFinは、リスク内容の観点からエクスポージャーを評価し、必要に応じて投資先機関を注意深く監視する。

・BaFinは、ソルベンシーIIに関する生命保険会社の予測計算をさらに発展させる。その際、資本市場の変化が会社の自己資本やソルベンシー資本要件にどのように影響するかを検証する。これらの標準化された感応度計算に基づいて、BaFinは資本市場の変化が生命保険会社のソルベンシーにどのように影響するかを評価するためのトップダウン手法を開発する予定である。

・BaFinは、NBFIに関する欧州及び国際的な監督機関の様々なワーキンググループに参加している。特にオールタナティブ投資ファンドの市場動向と流動性管理を監視している。
4|企業向け融資のデフォルトによるリスク
2023年、ドイツ経済は停滞し、企業の貸倒れリスクが高まった。このため、銀行の価値調整リスクが高まった。実際の企業倒産は増加したものの、これまでが異例の低水準だった。特に、社会・医療サービス部門と不動産・住宅部門が影響を受けた。不良債権比率は上昇したが、他の欧州諸国と比べればまだ低水準であった。ドイツの銀行は2022年初頭からすでに融資基準を引き締めていた。

保険会社は近年、クレジット・デフォルト・ファンドへの投資を大幅に増やしており、クレジット・デフォルト・リスクの影響も受けている。
(参考)「BaFinが注目するリスク2024」での記述
「ドイツ企業向け融資のデフォルトによるリスク」に関する記述の中で、保険会社については、以下のように述べられている。

保険会社も影響を受けている
保険会社自身が企業向け融資やクレジット・ファンドへの投資を行っていることから、クレジット・デフォルト・リスクの影響も受けている。これらのプライベート・デット・ファンドが提供する融資は、原則として担保が付されている。

近年、保険会社は、特に低金利局面の結果として、ポートフォリオにおけるプライベート・デット投資の割合を継続的に増加させている。2023年末時点で、これらの投資は平均5%弱を占めているが、一部の保険会社では、その割合が著しく高くなっている。

プライベート・デット投資はポートフォリオ全体の多様化に役立つ。しかし、プライベート・デット投資は、保険会社のリスク管理に対して非常に高い要求を課すものであり、とりわけ、プライベート・デット・ファンドが負債資本を提供する企業のビジネスモデルをよく理解することが重要となる。

このリスクに対するBaFinの取組みとして、「BaFinは引き続き、プライベート・デット市場の発展と保険会社の投資行動を注意深く監視している。リスク管理の必要性について業界に注意を喚起しており、特にエクスポージャーが著しい保険会社や平均を上回るリスクを引き受けている保険会社に焦点を当てている。信用機関は一般的にプライベート・デット・ファンドにはあまり投資していないが、BaFinは銀行についてもこの問題に注目している。」と述べている。
5|サイバーリスク
企業のITシステムや金融市場のインフラに対する攻撃は世界的に増加している。ドイツ連邦情報セキュリティ局(BSI)によると、ドイツにおける脅威レベルは昨年、かつてないほど高まり、これは金融セクターにも当てはまった。決済サービスや重要なアウトソーシングが重大な運用上又はセキュリティ上のインシデントの影響を受けた場合、これをBaFinに報告する義務がある。BaFinは報告されたインシデントを分析し、対策を導き出し、金融市場全体のリスクを特定する。リスクを軽減するため、BaFinは2023年に信用機関、決済サービス・プロバイダー、保険会社のITを検査し、重大な欠陥が確認された場合は、資本割増金も課した。

BaFinは、欧州連合(EU)のセクター横断的な規制を全ての監督分野で効果的に実施するため、2023年にかけてデジタル・オペレーショナル・レジリエンス法(DORA)の準備を集中的に行った。

BaFinはまた、2023年にバリューチェーンから生じるサイバーリスクに関する監督活動を強化した。特定のマルチクライアントITサービス・プロバイダーを監視し、これらのサービス・プロバイダーのリスク管理を調べるために追加検査を命じた。このようなサービス・プロバイダーの混乱は通常、金融セクターの多数の企業に同時に影響を及ぼすため、BaFinは間接的に金融市場全体の業務上のレジリエンスを強化した。BaFinは、アウトソーシング・データベースを通じて、サービス・プロバイダーやサービス・プロバイダーでの障害に関する情報を入手している。これに基づき、2023年に金融市場全体のバリューチェーンの分析を開始した。

BaFin は国家サイバー防御センターにも関与し、他の国内外の当局と緊密に交流した。BaFinは2日間のサイバー危機演習を実施し、金融業界の選ばれた企業、ドイツ連邦銀行、連邦財務省、BSIと協力して、ドイツの金融システムがどのように連携して、深刻なサイバー攻撃に効果的に対抗できるかをテストした。
6|トレンド:進行中のデジタル化
革新的なビジネスモデルと新技術の利用は、2023年にBaFinが監督する企業や消費者にもチャンスとリスクをもたらしたが、この傾向は金融セクターにも長期的な影響を与える。

BaFinは2023年も引き続き、デジタル化とそれに伴う金融セクターのリスクに対処した。例えば、FinTechイノベーション・ハブを通じた市場参加者との直接対話やワークショップなど、利害関係者との緊密な対話を維持した。BaFinは、暗号資産市場の効果的かつ国際的に標準化された規制を提唱し、暗号資産市場のリスクについて消費者に情報を提供した。BaFinは、厳選した保険会社を調査し、機械学習と人工知能を使用する際の明白な要件をどのように満たしているかを確認した。

(2024年08月02日「保険・年金フォーカス」)

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