2023年11月20日

責任投資:約束から行動へ-PRI in Person 2023東京大会の模様-

日本生命保険 調査部 ESG投融資推進室

 木村武(編集責任者、日本生命保険執行役員・PRI理事)

 熊谷任明、坂本勇輝、高瀬俊史、楯琴佳、林宏樹、林裕太郎、山根真帆

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3.2. 気候変動とClimate Action 100+
グローバル投資家が、GHG排出量の多い企業100社超を選び、協働でエンゲージメントを実施するのが「Climate Action 100+」である。2017年に発足したイニシアティブであり、東京大会では、(1)何が効果的な協働を可能にするのか、(2)投資家が直面する現実的な課題を克服しながら、どのようにエンゲージメントを成功させ前進させることができるのか、について議論された。以下に、パネリストの主な発言を記載する。
(効果的なエンゲージメントを行うためのポイント)
 
  • エンゲージメントによって(企業行動に)変化をもたらしているかどうかを確認する簡単な方法は、企業に直接、「私は(投資家として、あなたに)変化をもたらしているか」と聞いてみることだ。私がポーランドの企業にエンゲージメントした際、企業の回答は「No」だった。その企業からは、「あなたは様々要求してくるが、私たちは単に進むだけだ」と言われた。私はその日以来、意図性(intentionality)と付加性(additionality)を意識するようになった。企業を動かすためには、(企業が動くための)価値を投資家が提供し、企業が行動すればその価値を得られるという信頼関係を構築することが重要だ。‥‥(中略)‥‥例えば、炭鉱が多くあるポーランドでは労働組合が非常に強力で、廃鉱計画への合意は困難だったが、そのような場合でも、重要なのは企業が行動するための価値を提供することだ。
     
  • 企業エンゲージメントにおいて、投資家は辛抱強くなければならない。企業規模が大きいほど、短期間で大きな変化を遂げることは難しい。長期目線で、企業を後押ししていくことが重要だ。
     
  • 投資家はそれぞれ異なる目標を持っているため、協働に際しては、事前に投資家間でエンゲージメントにおける期待事項(投資先企業との対話からどのような収穫を得るか)を設定する必要がある。
     
  • 企業が投資家とは異なる優先テーマを持っている場合でも、投資家が複数の期待事項を有していれば、そのテーマに合わせた企業へのサポートが可能になる。
     
  • 企業の課題や強み・弱みを理解し、その時々に応じた適切なアクションをとることが重要だ。我々は、企業が地域やマーケットに対してどのようなインパクトを与えられるかを重視しており、それに関して我々投資家がいかにサポートできるかということに思考を巡らせている。
     
  • 地域の実情を踏まえ、無理な要求をしないように十分な調査を行い、セクターや企業についての知識を十分備えることが重要である。文化的には、アジアの企業はある程度の確証が得られるまでは、目標の設定に慎重だとしばしば言われる。欧州とは異なるアプローチだが、意味のあるアプローチであれば、どちらが正しいということはない。
     
  • アジアでは政策動向も鍵になる。マイルストーン管理だけでなく、企業が変革を進めるためにどのような規制の変化が必要か、企業がどのようにポリシー・エンゲージメントを行い、企業の移行をサポートするために我々投資家がどのように真の変化を起こせるかを考えていくことが重要だ。
(協働エンゲージメントのメリット)
 
  • 協働エンゲージメントはとても効果的である。投資家サイドにとってみると、異なる専門性や多様性、視点を持つ人々や、特定の分野の専門家やプロジェクトマネージャーがいることは有用であり、協働の価値を高めている。
     
  • 企業サイドにとっても、投資家間で調整されたアジェンダが提示されることは、企業内部や外部のステークホルダーにエスカレーションする上で有用との声をしばしば聞く。協働はどちらのサイドにとっても効果的だ。
     
  • 言語を含め様々な面でアジアには多様性があり、協働する投資家の存在は助けになる。
(ローカル投資家の重要性)
 
  • ローカル投資家が参加しているからこそ貢献できることがある。CA100+においては、リード投資家だけでなく、共同リード投資家や貢献投資家(Contributing Investor:リード投資家に貢献する投資家)を含め、実際の対話に向けての計画や戦略設定の段階において全員が参加し貢献することで、エンゲージメントの価値を高めることに繋がっている。
     
  • 地域に精通した専門家の存在は非常に重要である。国によってNDC(Nationally Determined Contribution)が異なり、地域の専門家を巻き込むことは、企業のネットゼロに向けた現実的な取組みをサポートし、次のステージに進む上で特に重要だ。
     
  • 地域に根付いた投資家の協力を得ることで、企業への要求の適切なタイミングや方法、企業の周辺環境にかかる情報交換などのコミュニケーションを取ることができる。投資家同士で率直な意見交換を行い、励まし合うことも効果的だ。
3.3. 人権とAdvance
投資先企業の人権問題に焦点をあて、投資家が協働エンゲージメントを行うのが「Advance」と呼ばれるイニシアティブである。Advanceは、昨年のPRI in Personバルセロナ大会で発足した。

人権問題は、あらゆるセクターのあらゆる企業が抱える課題であり、システミックな問題と位置付けられる。人権の問題は、個別企業の問題として捉えるのではなく――個別企業で解決できる問題ではなく――、幅広い業界に対して、投資家が一丸となってエンゲージメントを行う必要がある。

東京大会では、「ターゲット企業に対する投資家のスチュワードシップ活動状況のモニタリング、ならびに、ターゲット企業のパフォーマンスの進捗状況を評価する枠組み」の構築についてPRIから説明があった。これは、人権に関するサステナビリティ・アウトカムについて目標を設定・進捗管理し、インパクトの見える化を行おうとする具体例の一つと言える。S領域の定量的なアウトカムの設定は、E領域(のGHGなど)に比べ難しいが、投資先企業の人権に関する開示の充実も含め改善を企図している。

登壇した欧州のアセットオーナーからは、「人権DDの実施を、アセットマネージャー選定の基準にしている」との指摘があったほか、アセットマネージャーからも、「人権は、企業分析や投資先のスクリーニング、議決権行使の判断に組み込んでいる。議決権行使に際してはCorporate Human Rights Benchmark3を参照しており、その企業の行動規範(code of conduct)やサプライチェーンに係る行動規範をしっかりみている」との話があった。欧州では、人権(や環境)に関するDDの実施の義務付けが法制化される見通しであり(Corporate Sustainability Due Diligence Directive/CSDD)、事業者の供給網を含むバリューチェーン上の人権(や環境)に関する継続的なリスクの軽減および悪影響の是正が求められるようになっている。このため、欧州投資家の取組みは、他国の投資家よりも進んでいるように伺われた。一方、人権問題の取り扱いについて、以下の通り、様々な課題や困難さも多く指摘された。
 
3 国際イニシアティブWBAによる、グローバル企業2000社の人権尊重に関するスコア。
(人権侵害の現状)
 
  • 米国の食料品製造現場では、児童労働の問題がある。米国における移民コミュニティでは、コミュニティ全体が共犯者となって、就労前年齢の児童による奴隷労働が黙認されていた事実が明るみになった。現代奴隷の問題は「発展途上国でのみ起きうる問題だ」という先入観があったが、全くの間違いだった。米国のように、最も洗練された就労ビザやチェッキング・メカニズムがある国においてさえ、迂回する手法があったのだ。機関投資家が、こうした投資先における人権侵害を特定するためには、当該業界の行動基準(Code of Behavior)を深く理解し、サプライチェーン上のコミュニティの人々と幅広くエンゲージすることが必要不可欠だ。
     
  • 食品・飲料業界における人権問題への取組みの改善余地は大きい。具体的には、(1)トレーサビリティと透明性、(2)リスクアセスメント、(3)救済措置へのアクセスの3領域で取組みが不十分だ。(1)については、当該セクターの企業でサプライチェーンの一次請負先の何らかの情報を開示している企業は18%、そのうち「社名」と「住所」などを含む詳細を全て開示している企業はほとんどない。(2)リスクアセスメント開示についても似たような状態である。当該セクターの63%の企業が人権リスクの評価状況を開示しているが、NGOなどのステークホルダーとのエンゲージメント実施状況に絞ると、12%の企業しか開示していない。(3)人権侵害に対する救済措置へのアクセスについても、多くの企業が「適切な措置を講じている」と主張するが、実際に当該メカニズムが労働者によって活用されていると回答した企業は18%に留まる。
(エンゲージメントのあり方)
 
  • 投資先企業には「悪い知らせは表に出したくない」という傾向があるので、投資家としては、粘り強く対話を重ねることが重要である。例えば、企業の中には、「救済措置メカニズムの活用事例(人権侵害の報告)は一件もない」と強弁する企業もあるが、これでは制度が有効に機能しているとは言い難い。
     
  • 人権の問題が厳然として存在していることは、周知の事実である。まずはそのことを受入れ、企業との対話を始めなければならない。どの企業もレピュテーション・リスクを恐れ、情報を秘匿しがちだが、それを黙認してしまったら我々も共犯になる。そのため、サプライチェーンの現場の声を拾い上げることが重要だし、人権問題に精通した専門家をみつけることも重要だ。そうした専門家はNGOにいるかもしれないし、労働組合の組織員かもしれない。発展途上のエンゲージメント形態だが、「翻訳」できる人材を見つけ出すことが大事だ。
     
  • 企業にとって、人権侵害は資本コストとの関係で安過ぎる――資本コストへの影響が殆どない――ことが問題だ。企業へのエンゲージメントを通じて、人権侵害が「高くつく」ようにしないといけない。

上記パネリストの意見交換からもわかる通り、人権問題の改善は投資家にとって難題である。投資家としては、人権侵害が資本コストの面で高くつくようにすることで、企業に改善を促し社会課題を解決したいと考える一方、企業は資本コストが高くならないよう、人権問題を明るみにしたくないと考える。企業の人権侵害に関する真の情報を得ることは、投資家にとって高くつくため、問題がなかなか改善しない。しかし、だからこそ、投資家間でコスト分担を可能にする協働エンゲージメントに有用性を見出す投資家が増えているということなのだろう。
3.4. 反トラスト法と協働エンゲージメント
上記の通り、投資家による協働エンゲージメントの重要性が高まる一方、投資家の協働に関する法的環境は十分に整備されているわけではない。反ESG運動が強まる米国では、共和党議員や同党所属の州司法長官らが、CA100+を通した企業に対する議決権行使とエンゲージメントに関する競合他社との協働は競争を不当に制限する恐れがあり、反トラスト法違反の可能性があると指摘している。

こうしたことを背景に、東京大会では、協働エンゲージメントを巡る法的環境に関する分科会が開催された。登壇者や参加者からは、「投資家の気候変動に関する協働が、反トラスト法が規制している不当な取引制限と解釈される可能性は低い」、「競争政策当局は、投資家の協働の実態を把握するために、投資家を含むステークホルダーと対話すべきである」といった指摘があった。

伝統的な反トラスト法(競争政策法)は、企業が供給する商品・サービスを購入する消費者の厚生のみを対象にした短期・静的な余剰分析をベースにしている。しかし、気候変動のようなサステナビリティの問題は、企業がもたらす外部性を通して、消費者だけではなく広く社会の様々なステークホルダーの厚生に影響を及ぼすため、その視点が競争政策法にも必要になっている。つまり、競争政策当局には、長期・動的な視点から社会全体の総余剰を念頭に置いて、投資家の協働の意義を捉えて欲しい、というのが分科会のメッセージであったように思う。

4―― 移行計画と公正な移行

4―― 移行計画と公正な移行

昨年のPRI in Personバルセロナ大会では、国際エネルギー機関(IEA)のBirol事務局長が、「困難を伴うが、1.5度の削減目標が達成不能とは思わない(I don’t buy that 1.5 degrees is dead.)」と発言したが、今年の東京大会では、そうした声は全く聞かれなくなった。むしろ、以下のように、参加者からは、1.5度超えのリスクを意識した発言が多く聞かれた4
 
  • 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書は、2030年代初頭までに温暖化が1.5度に達する可能性が高い、としている。もし私たちが野心的な行動をとらなければ、1.5度を超える可能性が高い、あるいは非常に高いということだ。1.5度を超えれば、様々なリスクが徐々に高まっていく。永久凍土の劣化、生物多様性の喪失、異常気象の増加、そして食料システムの生産性を脅かす可能性がある。(Jim Skea氏, IPCC議長)
     
  • 第一線の科学者の多くが、今世紀中に世界が1.5度の温暖化の閾値を超えることはほぼ避けられないと指摘している。(Ben Allen氏, PRI)
     
  • 温暖化を1.5度に抑えることは最早現実的ではない。(Danielle Welsh-Rose氏, abrdn)
     
  • IPR(Inevitable Policy Response)は、1.7-1.8度の気温上昇―― 90%の確率で2.0度以内に留まること――を予測している5。誰もが1.5度シナリオにとらわれているが、重要なのは投資家として実際の移行(トランジション)がどのような経路である必要があるのかを考えることである。(Jakob Thomä氏, IPR)
 
4 分科会「信頼できる1.5度へのパスウェイとは?(Credible Pathways to 1.5C?)で実施されたオンライン・アンケートでは、約9割の参加者が1.5度超えを予測していた(1.6-1.9度の気温上昇:約6割、2.0度以上の気温上昇:約3割)。
5 IPRは、PRIの委託により、各国政府の気候変動政策の影響分析を行っている。IPRの調査によれば、世界各国の気候政策のうち、1.5度と整合する政策を打ち出している国は3%程度に過ぎない。50%以上の国(OECDの90%以上)の政策は、2.0度以下(1.8度)と整合的になっている。
4.1. 移行計画
上記の通り、1.5度超えのリスクが高まる中、投資家は企業に対して「どのようにネットゼロ目標と現状の乖離を埋めていくのか」について道筋の説明――移行計画の策定――を求めるようになっている。例えば、Climate Action 100+のエンゲージメント対象企業の75%がネットゼロにコミットしているが、多くの企業がそれに見合った移行戦略の設定を進めていない。このため、CA 100+は、企業の気候変動に関する情報開示から、気候変動対策計画の実施に重点をシフトさせる方向にある。

また、投資家・金融機関自身においても、移行計画の策定に取り組む先が増えている。実際、分科会「移行計画の実践(Transition Plan in Practice)」で実施されたオンライン・アンケートによれば、約6割の参加者が移行計画を開示済(29%)・策定中(29%)と回答している6。パネリストとして登壇したアセットマネージャーは、自社の移行計画について、(1)運用ポートフォリオの排出量の目標を設定した上で、(2)その達成手段として、投資先企業へのエンゲージメントを重視していること、(3)具体的には、6つの大テーマ(気候変動、自然、人、健康、ガバナンス、デジタライゼーション)・21の小テーマを設定の上、各テーマの関連性やセクター・地域に特化したエンゲージメントを行っていること、(4)このうち、気候変動テーマについては、20セクター別の期待事項をClimate Impact Pledge(気候影響誓約)において公表しており、エンゲージメント後に最低要求水準に満たない企業に対しては、議決権行使やダイベストメントの手段を講じることを説明した。

また、分科会では、パネリストから各国の移行計画の動向について説明があった。英国では、(1)大手企業(非上場含む)に対して、移行計画の開示を2025年の会計年度より義務化すること、(2)TPT(Transition Plan Taskforce)が2023年10月に移行計画の開示ガイダンスを公表すること、(3)ガイダンスの策定に際しては、ISSBやGFANZのフレームワークとの整合性が意識されていること、が報告された。また、シンガポールでも、(1)2016年よりTCFDに基づく気候変動関連の情報開示が義務化され、ほぼ100%の企業において開示が実現しており、現在は移行計画の開示に向けて動いていること、(2)移行計画の開示に関しては、ベストプラクティスをできるだけ調和させ、相互運用性を確保することが重要であり、(3)この点に関し、移行計画の主要な構成要素や開示に関するガイダンスはISSBをベースにしたうえで、取引所についてはNZFSPA(Net Zero Financial Service Providers Alliance)の基準、金融機関についてはGFANZのガイダンスを参考にする予定であること、が報告された。

なお、分科会では、当局が移行計画の策定を要求してくる時期について、参加者に対してオンライン・アンケートが実施され、(1)既に要求されている先が約1割、(2)1-2年後を予想する先が約4割、(3)2-5年後を予想する先が約4割、(4)今後も要求されることはないと予想する先が1割弱、との回答割合であった。

このほか、移行計画の中に「公正な移行(just transition)」や脱炭素化が困難な(hard-to-abate)セクターへの支援をどう取り込んでいくかに関して、投資家の関心が高かった。CA 100+のエンゲージメント対象企業では、これまでGHG排出のターゲットの設定に焦点が当てられることが多く、「公正な移行」の取組みはかなり遅れているのが実態である。このため、パネリストからは、以下のような指摘があった。
 
  • 企業との対話の際に、公正な移行の問題について取り組むよう強く働きかけるようにしている。
     
  • 2050年までの僅か30年足らずの間に脱炭素化を実現するには、多くのセクターで破壊的変革を必要とする。個々の企業はそれぞれのセクターで何ができるか、投資家は投資先との対話を通じて何ができるかについて考えなければならない。そして、移行が公正かつ政治的に持続可能な方法で行われるために、どのような政策介入が必要かについて、より明確な見解を持つ必要がある。
 
6 一方、約4割の参加者は、開示に向けてまだ準備できていない、義務化されるまで策定する予定はない、と回答した。
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