2023年07月25日

インドの保険監督規制を巡る動向2023-IRDAIによる規制改革等の状況(その2)-

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1―はじめに

インドの保険監督当局であるIRDAI(Insurance Regulatory and Development Authority of Indiaインド保険規制開発局)による各種の規制改革を巡る状況については、2022年から2023年初頭における動きについて、保険年金フォーカス「インドの保険監督規制を巡る動向―IRDAIによる一連の改革の状況(その1)―」(2022.11.9)、「インドの保険監督規制を巡る動向―IRDAIによる一連の改革の状況(その2)―」(2022.11.15)及び「インドの保険監督規制を巡る動向-IRDAIによる一連の改革の状況(その3)-」(2023.2.3)で報告した。

今回は、2023年に入ってからのその後のIRDAIの規制改革等の最近の動きについて、いくつかを抜粋して報告している。前回の保険年金フォーカスでは、ガイドラインの発出や通達の内容について報告した。今回の保険年金フォーカスでは、前回報告できなかった内容について報告する。以下の内容は、それぞれIRDAIが公表したプレスリリース資料等に基づいている1
 
1 プレスリリース資料の翻訳とそれに基づく内容の説明は、筆者の解釈と判断に基づいている。

2―保険オンブズマン諮問委員会の再編成

2―保険オンブズマン諮問委員会の再編成

IRDAIは、2023年6月15日に、「保険オンブズマン諮問委員会の再編成に関する事務命令」を発出2した。

これにより、IRDAIの保険契約者保護及び苦情救済部門の責任者が、新たな委員会の責任者となる。他の条項については変更されていない。

保険オンブズマンは、保険契約者に保険会社に対する苦情や紛争に対処するためのプラットフォームを提供するために、IRDAI によって任命された公平な機関である。オンブズマンは調停者として機能し、交渉、調停、和解を通じて解決を促進する。

2023年4月、IRDAIは保険オンブズマンの業績評価を担当する諮問委員会の再構成を発表した。委員会は保険業界の専門家、法律専門家、消費者代表で構成されていたが、この通達では、委員長についての特定の役職は規定されていなかった。

諮問委員会は、苦情処理プロセスの質と効率を評価し、規制ガイドラインの遵守を確保し、保険契約者の経験を向上させるための改善を提案する。今回の改正は、保険契約者保護の重要性を強調し、保険オンブズマン制度の有効性を高めるというIRDAIの取組みを示している。

3―顧客確認(KYC)プロセスを促進

3―顧客確認(KYC)プロセスを促進するための特別委員会を設立

IRDAIは、2023年6月15日に、顧客確認(Know Your Customer:KYC)プロセスを促進するための特別委員会を設立する命令を発出3した。

現在、UIDAI(Unique Identification Authority of Indi:インド固有識別局)の枠組みは、UIDAIがAadhaar4を発行し、保険会社が顧客の同意の下、Aadhaarを使用して顧客確認を行うことを認めているが、保険セクターにおける顧客固有のIDが存在しないために、顧客のオンボーディング(登録プロセス)を容易にすることや潜在的な詐欺を回避することなく、サービスや請求を提供しており、様々な問題に直面している。

Aadhaarを使用して顧客確認(KYC)や関連事項の簡素化を推進するために、12 人のメンバーからなるタスクフォースが設置された。12人のメンバーは、IRDAI、UIDAI、生命保険会社、損害保険会社、健康保険会社、生命保険審議会、損害保険審議会、Team InsurTechからの代表で構成されている。

12 人のメンバーからなる特別委員会の付託条項は、次の措置を提案することとなっている。

・Aadhaar を使用して顧客のオンボーディングを容易にするための方策
・引受業務及び保険金請求支払における不正行為対策
・保険会社、仲介業者、代理店による eKYC及びオフラインKYCの促進
・未請求の保険金を減らすために、顧客/受取人のトレーサビリティを向上させるための方策
・保険会社がAadhaar を使用して国家死亡台帳に容易にアクセスできるようにする。
・保険契約者のABHA(アユシュマン・バーラト健康又は国民健康保護制度)のIDをAadhaarとリンクする。
・保険会社による年金生命証明書(Jeevan Pramaan – 年金受給者のための生命証明書システム)へ のアクセスを容易にする。
・(CKYC5と同様に)Aadhaar 番号をリンクすることで、保険会社による保険契約者の銀行口座詳細へのアクセスを容易にする。
・利用可能なAadhaar がない場合の保険会社による「Reverse Seeding」を容易にする。
・Aadhaar Payment Bridgeを通じて保険契約者への支払いを容易にする。
・保険会社による保険契約者の Aadhaar の保管を可能にする。
・その他の関連する事項

なお、特別委員会は(この命令の日から)1カ月以内に報告書を提出するよう求められている。
 
3 https://irdai.gov.in/web/guest/document-detail?documentId=3409834
4 インド国民および登録申請日の直前の12か月間にインドで182 日以上滞在している居住外国人が、生体認証および人口統計データに基づいて自発的に取得できる12 桁の個人識別番号
5 CKYC(Central KYC)レジストリ―は、個人や金融機関に関連するあらゆる形式のKYC情報を保存するための中央リポジトリであり、CKYCレジストリ―には、顧客のKYC詳細を確認するために全ての金融機関がアクセスできる。

4―メンタルヘルス保険委員会の設置

4―メンタルヘルス保険委員会の設置

IRDAIは、2023年3月23日に、メンタルヘルス関連問題専門委員会の設置に関する命令を発出6した。

メンタルヘルスは、保険適用の観点から注意が必要な重要な分野であり、精神疾患やその他の関連側面をカバーするために設計された商品を扱う場合には、保険の観点から、症状の種類、治療の種類等、関連する様々な側面を総合的に検討する必要がある。このため、IRDAIにメンタルヘルスと保険に関する事項について助言する専門委員会を設置することにしたと述べている。

委員会のメンバーは、メンタルヘルスの専門家 3 名と、損害保険会社と健康保険会社の代表者で構成される。

委員会の付託条項は、以下の通りとなっている。

1) 精神疾患に対する保険商品で提供される、又は提供される予定の補償に関する専門家のアドバイス
2) 医学領域の観点から精神疾患に関連する用語、概念などに関する専門家のアドバイス/意見
3) 保険領域の視点から精神疾患に関する様々なアドバイス
4) 精神疾患に関連するその他の関連する側面

委員会は、この命令の日である 2023年3月23日から2年間設立される。

5―オープンハウスの開催

5―オープンハウスの開催

IRDAIは、2023年5月23日に、InsurTech及びFinTech企業向けのオープンハウスを開催することを決定したと公表7した。

これによると、以下の通りとなっている。

1.InsurTech/FinTech事業体は、対話を促進し、保険関連活動の様々な側面/領域で技術革新をもたらすために、連携する必要がある。

2.オープンハウスは、保険会社が保険契約者により良いサービスを提供できるよう、様々な保険関連 活動に対する効果的かつシームレスなソリューション/アイデアを提供するために、InsurTech/FinTech事業体からの提案を募集することを目的としている。このソリューション/アイデアは、国内での保険の普及を促進するのに役立つことが期待されている。

3.オープンハウスは今後、毎月15日の午前11時から午後1時まで、IRDAI 本部で開催される。15日が祝日の場合、オープンハウスは翌営業日の午前11時から午後1時まで開催される。IRDAI議長が不在の場合は、IRDAIの上級幹部とともに最上級の常勤会員が出席する。

4.全てのInsurTech/FinTech事業体は、このイニシアティブを利用し、保険契約者に保険サービスをシームレスに提供するための革新的かつ実用的なソリューションを導入することが求められる。

5.興味のある団体は、毎月10日までに、電子メール宛先 insurtech-mission@irdai.gov.inに、「InsurTech/FinTech 企業のためのオープンハウス」というタイトルの件名を付けて送付することで、参加への関心を登録できる。

6―D-SIIsの指定

6―D-SIIsの指定

IRDAIは、2023年3月に、D-SIIs(国内のシステム上重要な保険会社)の特定を公表8している。

2022~2023年のD-SIIsのリストは、2020~2021年、2021~2022年に引き続いて、以下の3社となっている。

・LIC(Life Insurance Corporation of India)
・GIC Re(General Insurance Corporation of India)
・New India Assurance Co. Ltd.

D-SIIsは、国内金融システムに重大な混乱をもたらすような規模、市場の重要性、国内及び世界の相互接続性を有する保険会社を指しており、D-SIIsの継続的な機能は、保険サービスが国内経済に 中断なく利用可能であるために不可欠となっている。

これらの保険会社は、その業務の性質及びD-SIIsの制度的重要性に鑑み、(1)コーポレート・ガバナンスの水準の向上、(2)関連する全てのリスクの特定及び健全なリスク管理の枠組みと文化の促進、について努力を継続しなければならない。

7―規制サンドボックスについて

7―規制サンドボックスについて

規制サンドボックスに関しては、2019年IRDAI(規制サンドボックス)規則に基づいて提出された申請を評価する「規制サンドボックス委員会」が設置され、同委員会はさらに、それぞれ1年間の2期、すなわち2022年10月24日まで延長されていた。さらに、2022年IRDAI(規制サンドボックス)(修正)規制に基づき、申請手続きは永続的なものとされた。

IRDAIは、2023年3月31日に、規制サンドボックス委員会に関する命令9を発出した。

これにより、IRDAIは規制サンドボックスに基づいて提出された申請/提案を評価するために、産業界及び学会の代表からなる規制サンドボック委員会を再構成している。IRDAIのTeamInsurTechが規制サンドボックスの事務局となっている。

委員会の付託事項は、以下の通りとなっている。

1.規制サンドボックス及び相互作用規制サンドボックスの下で受理された申請のスクリーニング
2.提案された仮説(概念)の試験設計の評価
3.実験に使用する申請の推奨

委員会は、少なくとも1カ月に1回又は必要に応じて、ハイブリッドモードで会合する。会議を招集するには、3人の外部委員の定足数が必要となる。

なお、IRDAIは、併せて、2023年3月31日に、規制サンドボックスの運営上の問題に関するガイドラインを公表10している。この中では、申請の手続きに関して、インドにおける保険の革新、規制緩和、申請者による顧客・参加者への開示、提案の規模、定義されたカテゴリーにおける革新への応用、要件の適合への申請、革新提案に係る費用の会計処理、実験期間終了時の契約とサービスの移行、個人情報及びデータセキュリティの機密性、苦情、その他の事項等について規定されている。

8―障がい者(PWD)

8―障がい者(PWD)、HIV/AIDS に苦しむ人及び精神疾患を持つ人に対する保障の提供

IRDAIは、2023年2月27日に「障がい者(PWD)、HIV/AIDS に苦しむ人及び精神疾患を持つ人に対する商品」に関する通知11を発している。

この中で、以下の内容が規定されている。

1.関連法に組み込まれている規定に照らして、また、社会の特定の脆弱なセクション、即ち、障がい者(PWD)、HIV/AIDSに罹患した人及び精神疾患を有する人に対する健康保険の保障を提供する適切な商品を利用可能にすることを目的として、全ての損害保険会社及び健康保険会社は、障がい者(PWD)、HIV/AIDSに罹患した人及び精神疾患を持つ人のための特定の保障を提供しなければならない。また、商品設計のための最小限の範囲及びパラメータを設定したモデルが提示され、保険者はこの商品の範囲を広げることはできるが、商品の範囲を狭めることはできない。

2.保険会社は、上記のカテゴリーの人々からの提案が上記の障害や疾病を理由に拒否されないことを保証する取締役会承認の引受方針を導入するように指示されている。

3.保険会社は、2016年IRDAI(健康保険)規則及び同規則に基づいて通知されたガイドライン/通達に規定された規範を遵守することを条件として、商品価格を決定することができる。

4.商品の契約期間は1年間とし、既に定められた規制枠組みに従って更新可能とする。

5.商品は、2016年IRDAI(健康保険)規則の全ての規定、その他の全ての適用される規則及び随時改訂されるその他の適用されるガイドライン/通達に適合するものとする。

6.損害や健康保険事業を取引するために登録証明書を発行された全ての損害及び独立型健康保険者は、強制的にそれぞれの商品を直ちに立ち上げて提供しなければならない。

なお、IRDAIは(今回に限らずに)このような指示を繰り返し行ってきている。

9―投資諮問委員会の設置

9―投資諮問委員会の設置

IRDAIは、2023年2月9日に「投資諮問委員会の設置」について公表12した。

これは、ダイナミックな金融市場を継続的に監視し、保険セクターにおける投資の管理に関する規制の枠組みを見直し、経済、金融市場の動向及びリスク管理についてIRDAIに助言するためである。

委員会は、2年の任期で、前PFRDA(年金基金規制開発局)のSri Supratim Bandopadhyay を委員長として、IRDAI、保険会社、銀行、PE(プライベートエクイティ)、株式仲介、ミュチュアルファンド等からの代表14人で構成されている。

諮問委員会は、必要に応じて、少なくとも3カ月に1回、又はそれ以上の頻度で、対面又はバーチャル形式で会合する。

10―まとめ

10―まとめ

以上、今回のレポートでは、2023年に入ってからのIRDAIの規制改革等の最近の動きについて、前回のレポートで報告できなかった内容について報告してきた。

IRDAIは、時代の変化に合わせて、保険の普及促進とともに、健全な保険事業運営のための各種の規制の基盤を策定してきている。

インドの保険市場への注目度は極めて高いことから、IRDAIを初めとした規制当局の動きについては今後も注視していきたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2023年07月25日「保険・年金フォーカス」)

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【インドの保険監督規制を巡る動向2023-IRDAIによる規制改革等の状況(その2)-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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