2023年05月25日

コロナ禍におけるオフィス出社動向-携帯位置情報データによるオフィス出社率の分析

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

筑波大学大学院 システム情報工学研究群 松尾 和史

筑波大学 システム情報系 教授 堤 盛人

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1――経済正常化に向かうなかオフィス回帰は進むのか?

日本ではコロナ禍からの経済正常化が海外と比べて遅れていた。しかし、最近の政府の新型コロナウイルス感染症への対策緩和により、日本でもコロナ禍からの本格的な脱却が視野に入りつつある1。政府は、2023年3月13日以降のマスク着用については「個人の判断が基本」との考え方を示し、2023年5月8日には、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけを、季節性インフルエンザと同等の「5類感染症」へ引き下げた。この結果、ゴールデンウィーク期間中には、多くの観光地や繁華街でコロナ禍前の賑わいを取り戻した。

これを機に、在宅勤務からオフィス回帰を進める企業がある2。一方で、在宅とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッドな働き方を制度化する企業も増えてきている3。森ビルの調査によれば、コロナ禍以前は出社率が95%だったが、コロナ禍が収束した後は76%にとどまるとの予想である4,5。ポストコロナに向かうなか、日本の働き方や働く場所がどのように変化するのか、把握することは重要だろう。

本稿では、クロスロケーションズ株式会社のスマートフォンの位置情報データと、三幸エステート株式会社のオフィスマーケットデータをもとに、オフィス出社率を推計し、新型コロナウイルス感染症の流行期間中の動向を分析する6。オフィス出社率は、2020年2月17日から2023年4月28日までの期間、日本の6主要都市の74エリアについて、計14,822棟のオフィスビルの人流を計測することで推計した7。以下では、まず日本の主要6都市、次に東京都心5区、最後に東京都心5区の25エリアの順にオフィス出社率の動向を確認する。詳細な都市やエリアの一覧およびオフィス出社率の基本統計量については、文末の参考資料を参照されたい。
 
1 本稿は、株式会社ニッセイ基礎研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:手島恒明)、三幸エステート株式会社(本社:東京都中央区、取締役社長:武井重夫)、筑波大学不動産・空間計量研究室(所在地:茨城県つくば市、主宰:堤 盛人)によるオフィス市場動向に関する共同での分析結果の一部を公表するものである。本稿の作成に当たり、クロスロケーションズ株式会社(本社:東京都渋谷区、代表取締役:小尾一介)に貴重なデータを提供いただいた。記して感謝の意を表したい。ただし、あり得べき誤りは筆者ら個人に属する。
2 日本経済新聞「オフィス出社回帰、7割に」、朝刊3面、2023年4月23日
3 日本経済新聞「ハイブリッド勤務制度化」、朝刊14面、2023年4月18日
4 森ビル「2020年 東京23区オフィスニーズに関する調査」、2020年12月23日
5 森ビル「2022年 東京23区オフィスニーズに関する調査」、2023年1月31日
6 以下では、特段の断りがない限り、日次データを週次平均した週次データを用いる。
7 推計方法の詳細は以下Sakuma et al. (2023)を参照。
Sakuma, Makoto and Matsuo, Kazushi and Tsutsumi, Morito and Imazeki, Toyokazu, (2023) Measuring Office Attendance During the COVID-19 Pandemic: Using Mobility Data to Quantify Local Trends and Characteristics. http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4212360

2――日本の主要6都市のオフィス出社率

2――日本の主要6都市のオフィス出社率

日本の主要6都市のオフィス出社率は、都市により水準が異なるものの、概ね同じトレンドを辿ってきた。コロナ禍における出社率の推移は、5つの局面に分けて見ることができる(図1、付表 1)。

第1の局面は、2020年4月から5月にかけてで、初の緊急事態宣言が発令され、未知の感染症である新型コロナウイルスへの対策として在宅勤務に半ば強制的に移行した結果、出社率が大幅に低下した。コロナ禍において最も出社率が落ち込んだ時期であり、東京36.1%、大阪40.4%、名古屋40.4%、福岡41.7%、札幌50.0%、仙台50.2%を記録した。

第2の局面は、2020年6月から2021年9月までで、新規感染者数の変動や政府の対策により、出社率が一定の範囲内で上下した。各都市のレンジは、東京49.5%~64.9%、大阪50.8%~72.2%、福岡51.4%~72.9%、名古屋52.6%~75.1%、札幌51.2%~76.3%、仙台55.8%~79.0%である8

第3の局面は、2021年10月から2022年1月にかけてで、ワクチン接種の進展と緊急事態宣言の解除によりオフィス回帰が進み、出社率が上昇した。具体的には、東京で79.8%、大阪で86.1%、福岡で87.2%、名古屋で92.1%、仙台で92.4%、札幌で93.2%にまで達した9。この時期、特に名古屋、仙台、札幌では、コロナ禍前の水準に近い出社率を見せた。

第4の局面は、2022年2月から2023年2月にかけてである。変異株の拡大を背景に新規感染者数が急増したことで、再度オフィス出社率が低下した。特に、過去最大の新規感染者数を記録した第7波では、2022年7月から8月にかけて東京62.7%、札幌66.6%、大阪67.0%、福岡68.3%、仙台68.7%、名古屋69.8%にまで出社率は低下した。この時期、それまで出社率が相対的に低かった東京(第3局面のピーク比▲17.1%)、福岡(▲18.9%)、大阪(▲19.1%)と比べ、出社率が高かった名古屋(▲22.3%)、仙台(▲23.7%)、札幌(▲26.6%)では、オフィス出社率の低下が顕著であった。強い感染力を持つ変異株が全国的に猛威を振るった結果、地方主要都市でも在宅勤務の傾向が強まったことが伺える。

最後の、第5の局面は、2023年2月から現在までである。この期間は、官民ともにポストコロナへの移行が明確となった時期である。2023年4月最終週のオフィス出社率は、東京76.2%、福岡79.5%、大阪81.3%、札幌82.1%、仙台83.6%、名古屋84.2%となっている。第8波の感染拡大が収束した2023年1月以降、観光地や繁華街の人出が回復する一方で、オフィスへの回帰は比較的緩やかであった。

これらの結果は、コロナ禍が長期化したことで、在宅とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッドな働き方が既にある程度定着していることを示唆している。新型コロナウイルス感染症の5類移行に伴い、働き方のルールを変更する企業も増えてきており、今後の推移に注目が集まる10
図1 主要6都市のオフィス出社率の推移
 
8 福岡のオフィス出社率(日次データ)は2020年9月7日に21%まで急低下した。令和2年の台風第10号が九州地方に接近した影響と考えられる。この台風は接近時に「大型で非常に強い」台風となり、気象庁から厳重な警戒が呼び掛けられた。交通機関の運休計画や商業施設の臨時休業などが事前に発表され、企業も従業員の安全を確保するためにオフィス出社を制限したと推察される。
9 2022年1月17日から18日の異常値を含む週を除き、この数値が第3局面の最大値である。
10 日本経済新聞「コロナ5類で出社回帰」、朝刊3面、2023年5月9日

3――東京都心5区のオフィス出社率

3――東京都心5区のオフィス出社率

東京のオフィス出社率は、他の主要都市と同様に変動しており、現在はコロナ禍におけるレンジの上限までオフィスへの回帰が進行している。東京の都心5区とそれ以外の地域(その他東京)のオフィス出社率を比較すると、2023年4月最終週では都心5区が70.8%、その他東京が81.2%となっている(図2)。また、両地域のオフィス出社率の差は10.4%と、コロナ禍における平均11.5%(レンジは6.9%~20.5%)と同等の水準である。
図2 東京のオフィス出社率の推移
さらに、東京都心5区における区別の2023年4月最終週のオフィス出社率を見ると、港区が67.0%、千代田区が68.9%、新宿区が73.2%、渋谷区が74.1%、中央区が75.0%となっている(図3、付表 2)。都心5区の中では、港区と千代田区の出社率が比較的低く、新宿区、渋谷区、中央区の出社率が高い傾向にあり、中央区と港区の間の差は8.0%(コロナ禍平均10.2%)である。
図3 東京都心5区の区別のオフィス出社率の推移

4――東京都心5区のエリア別のオフィス出社率

4――東京都心5区のエリア別のオフィス出社率

図4は、東京都心5区25エリアにおけるコロナ禍のオフィス出社率の箱ひげ図と、2023年4月最終週のオフィス出社率を示している11(付表 3)。2023年4月最終週におけるオフィス出社率が低い5エリアとして、芝浦・海岸(62.3%)、飯田橋・九段(62.5%)、恵比寿・広尾(63.8%)、六本木・麻布(63.8%)、赤坂・青山(65.4%)が挙げられる。一方、出社率が高い5エリアとして、初台・本町・笹塚(90.7%)、日本橋本町・日本橋室町(86.1%)、京橋・八重洲・日本橋(83.8%)、新宿・歌舞伎町(82.7%)、高田馬場・大久保(82.4%)がある。東京都心5区内でも、初台・本町・笹塚と芝浦・海岸との間で、オフィス出社率に28.3%もの差が見られ、これはエリアごとのビルの立地や企業の特性によって出社動向が大きく異なることを示唆している。具体的には、中小規模のビルが多いエリアではオフィス出社率が高く、大企業や外資系企業、情報通信業など、在宅勤務と親和性の高い企業が集まるエリアではオフィス出社率が低い傾向がある。

六本木・麻布や恵比寿・広尾のようなエリアでは、今後もオフィスへの回帰が進むのは難しいかもしれない。これらのエリアの箱ひげ図を見ると、オフィス出社率の平均的な水準が低いだけでなく、箱の幅も狭い。これは新規感染者数の増減などの環境変化にかかわらず、オフィス出社率が低い水準のまま変動していないことを表し、在宅勤務がすでにかなり定着していることを示唆している。また、2023年4月最終週のオフィス出社率が箱ひげ図の上限付近にとどまっていることから、近頃のオフィス回帰も鈍いと言える。一方で、京橋・八重洲・日本橋や日本橋本町・日本橋室町などのエリアでは、箱の幅が広い。これは、感染状況が悪化すれば在宅勤務を活用し、収束傾向にある場合はオフィス出社するなど、働く場所を状況に合わせて使い分けてきたことが示される。したがって、コロナ禍が収束すれば、これらのエリアでは再びオフィス出社が増える可能性がある。実際、2023年4月最終週のオフィス出社率は、箱の上端を大きく上回っている。これらの結果から、今後、平均的にオフィス出社が進むとしても、エリア間でのオフィス出社率の差はさらに拡大する可能性があると考えられる。
図4 東京都心5区のエリア別のオフィス出社率
 
11 箱ひげ図は複数のデータ分布をわかりやすく把握するための方法である。箱は、データ分布の25パーセンタイルと75パーセンタイルを表す四分位範囲であり、箱内の横線は中央値を示す。ひげは、箱の上端と下端から四分位範囲の1.5倍の範囲で最大・最小の値を示す。ひげの範囲を超えるデータは、点としてプロットされることもあるが、本稿では図の視認性を優先し、それらを表示していない。
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