2023年03月01日

「東日本大震災による被害・生活環境・復興に関するアンケート」2022年調査結果概要-帰還開始後初の双葉町民を対象とする調査(第7回調査)*

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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3――社会関係資本の変化について

社会関係資本とは、信頼関係やネットワークなどを指し、「きずな」ということばであらわされることもある。この社会関係資本は震災復興の鍵概念として注目されている概念で、本調査でも重点的に分析を行っている。これまで実施させていただいたアンケート調査の分析から、社会関係資本は震災後のこころの健康状態を保つために重要な役割がある可能性がある一方、双葉町では社会関係資本が震災によって弱められている可能性があることが示されてきた4

社会関係資本を図る指標として一般的に使われている指標はいくつかあるが、ここでは3つの項目に注目する。まず、「一般的な人への信頼感」については、2013年から2016年にかけて減少傾向だったが、2017年の調査からは「たいていは信用できる」という回答者の割合が増加傾向で、全体的には日本全体の分布とほとんど変わらないレベルまで回復してきていることが分かる(図7参照)。一方で、震災前の双葉町の高いレベルまでの回復にはまだまた時間がかかる可能性がある。
図7. 一般的な人への信頼感
また、「近所の人との助け合いの頻度」の指標についても緩やかに回復傾向が見られる(図8参照)。さらに、「近所の人への信頼感」についても、2016年以降は少しずつ回復傾向が見られる(図9参照)が、どちらも非常に緩やかな傾向である。社会関係資本の回復には非常に長い時間がかかり、今後もその変化を長期的に注視してゆくことが重要であると考えている。
図8. 近所の人との助け合いの頻度
図9. 近所の人への信頼感
 
4 Iwasaki, K., Sawada, Y., Aldrich, D., 2017. Social Capital as a Shield against Anxiety among Displaced Residents from Fukushima. Natural Hazards. 89.

4――避難先の住民の方との関係構築について

4――避難先の住民の方との関係構築について

長期化する避難生活の中で、避難先の地区の政策や避難先の住民の理解が様々に異なる中での、避難先の住民との新たな関係構築が課題であるというお話を様々な双葉町民の方からお聞かせいただいた。そこで2016年の調査から、避難先の住民の方との関係に関する質問を追加した。図10に示されているように、双葉町民であることを隠した方が良いと現在も感じている方や、ゴミ出しについて気が引ける思いをされている方、双葉町民であるために悪口を言われたり、いたずらをされたりされている方の割合については、減少傾向が見られる。一方で、避難先の住民と交流する機会がある人の割合、避難先の地区で行われている行事へ参加する人の割合、避難先の近隣住民の方が双葉町民であることを知っている人の割合は、2016年から2022年まで、ほとんど変化が見られない。2020年から2022年にかけては、コロナ禍による行事等の減少の影響を受けた可能性も考えられるかもしれない。現在も約50%の方が避難先の住民と交流する機会を持てていない(もしくは持てているかわからない)ことが確認され、避難先の住民との関係構築は、現在も重要な課題であることが分かる。
図10. 避難先住民の方との関係について

5――これまでの7回の調査分析で示唆されたことのまとめ

5――これまでの7回の調査分析で示唆されたことのまとめ

(1) 双葉町民のこころの健康状態は他の被災地での調査と比較してもより深刻な状態にある可能性がある。震災から11年以上が経ち、長期的には少しずつ改善傾向が見られてきたが、2020年から2022年の間ではそうした傾向が止まっている。こうした動きから見てみると、回復にはより長い時間がかかる可能性がある。

(2) 中でも、仮設住宅に長期にお住まいの方のこころの健康状態が深刻な状態に置かれていた可能性があったが、仮設住宅にお住まいの方が少なくなった現在も、みなし仮設住宅の住民の方や、復興公営住宅の住民の方のこころの健康状態は深刻な可能性があり、継続的なサポートが重要と考えられる。

(3) 震災による健康状態や所得の変化について、悪化・減少幅が大きいほど幸福感も悪化している傾向があり、震災前の幸福感の状態に回復するには十分な補償が必要であると考えられる5

(4) 震災で双葉町民の社会関係資本が減少させられ、震災後の回復傾向は非常に緩やかであることから、社会関係資本の回復には、今後も長い時間がかかる可能性がある。

(5)震災前からのつながりを保つこと、震災後、趣味の会やボランティア活動などに参加することによってこころの健康状態を良好に保つ助けになる可能性がある6

(6) 避難先の地域の住民との関係構築の進展は、ほとんど進んでいない、もしくは、非常に緩やかで、現在も重要な課題であると考えられる。

(7) 被災による現在バイアス(先送り傾向)の増大が、こころの健康の悪化につながる可能性があるが、住民同士の交流や規則的な健康行動を促す政策がそうした健康悪化を防ぐ可能性がある7
 
これらの結果は国内外の学会で発表し、また国際的な学術誌で発表をしてきている。また、これまでの研究結果をまとめ、2021年3月に、『福島原発事故とこころの健康――実証経済学で探る減災・復興の鍵』という書名の書籍を、日本評論社より出版した。今後も分析を進め具体的な提案につなげていく所存である。
 

本調査結果は、調査にご協力頂いた約23%の双葉町の世帯の方のご回答のみを集計・分析した結果であり、この結果が双葉町民の方全員の傾向を表すものではない。震災という大変な状況が起こったあとにご協力いただいた調査であるため、回答者の内訳は一般的なアンケート調査とは大きく異なっている可能性も考えられる。その為、健康状態の自己評価についての集計や、こころの健康状態についての集計においても、必ずしも双葉町全体の傾向が偏りなく示せていない可能性が考えられる。結果の解釈には十分な注意が必要であり、この調査結果のみによる断定的な判断は避ける必要があることに留意が必要である。

 
5 Iwasaki, K., Lee, M.J., Sawada, Y., 2019. Verifying Reference-Dependent Utility and Loss Aversion with Fukushima Nuclear-Disaster Natural Experiment, Journal of the Japanese and International Economies 52, 78-89.
6 Iwasaki, K., Sawada, Y., Aldrich, D., 2017. Social Capital as a Shield against Anxiety among Displaced Residents from Fukushima. Natural Hazards 89.
7 Sawada, Y., Iwasaki., K., Ashida, T., 2018. Disasters Aggravate Present Bias Causing Depression: Evidence from the Great East Japan Earthquake, CREPE DISCUSSION PAPER NO. 47.
  被災とこころの健康のつながりについての示唆の概要については、以下のレポートのp6を参照。
岩﨑敬子(2019.2.7)「『東日本大震災による被害・生活環境・復興に関するアンケート』2019 年調査結果概要‐福島県双葉町民を対象とした第 5 回調査」(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/63614_ext_18_0.pdf?site=nli, 2023.1.10アクセス)
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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

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