2023年01月11日

これからの時代の責任投資-PRI in Person 2022バルセロナ大会の模様-

日本生命保険相互会社 木村 武*、高瀬俊史、德重亨、林宏樹、三木さやか

 * PRI(国連責任投資原則)理事

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4―― Data Problem

ネットゼロ、人権、生物多様性いずれの優先課題においても――ESGのリスクと機会、アウトカムのいずれを投資プロセスにインテグレートするにせよ――、問題となるのが、企業の情報開示とデータの質向上。全体会合と多くの分科会で、この問題が取り上げられた。

登壇者の主な発言は以下の通り。
 
  •  ネットゼロ達成に向けたE課題に関しては、新興国やプライベートマーケットのデータ不足が著しく、早急な対応が必要。PEファンドのGPが投資先企業から直接入手できるGHGデータは依然少なく、大半が推計に頼っている。
     
  •  E課題だけではなく、人権を含むS課題への対応も企業価値を左右する重要な要素となっており、S領域のデータ整備も喫緊の課題。具体的には、企業の(1)人権に関するリスク、(2)経営陣の対応、(3)デューデリジェンス、(4)アウトカムへの寄与(バリューチェーンや社会へのインパクトに関するデータ)に関する情報が不足している。人権リスクに関する企業の更なる情報開示(特に、定量情報の充実)が必要との指摘が聞かれた。
     
  • また、人権ベンチマークを構築するデータプロバイダーも、足もと約1500社をカバーしているが、カバー範囲が不十分との認識を示した。
人権の適切な評価に向けて
  •  投資家、データプロバイダーともに、人権の適切な評価に向けて、企業の情報開示が課題であること、また政策当局によるフレームワーク策定を後押しすることの重要性を指摘(枠囲み発言参照)。
     
  •  このほか、ソブリン(国債)への投資判断にESG要素を組み込む上でも、データに課題がある。ソブリン債の分科会への参加者(100名程度)を対象に実施したアンケートによれば、「ソブリンのESGインテグレーションにおける最大の課題は何か?」という問いに対し、「適切なデータを見つけること」という回答が4割、「貧しい国を不当に低く評価しないこと」という回答が3割を占めた。また、ESG債が「新興国市場の資金調達に役立ったと思うか?」という問いには、過半がNOと答えた。ESG債は所得水準の高い国へ投資を偏らせる可能性があるというのが共通認識であった。
     
  •  MSCI等データプロバイダーが提供する、ソブリンのESGレーティングは、国の一人あたりの所得との相関が高く、そうしたESGレーティングに従って投資家が投資判断をすると、気候変動対応(トランジション)で本当に資金が必要な新興国へ資金が行き渡らなくなる可能性がある。このため、投資家は(ESGベンダーが付与した)ESGレーティングが不完全であることを認識し、所得水準の要素を補正した上で投資判断を行うなどの対応が必要との指摘も。
     
  •  こうした中、データプロバイダーが提供するデータ及びESG格付けの透明性(評価手法、定義)に対する注文もみられた。ある投資家は、データプロバイダーの生データを自社の独自モデルに組み込んで分析に活用している事例を紹介し、データプロバイダーのカバレッジ拡大や透明性向上を求めた。一方、データプロバイダーは、自身の役割の重要性を認識し、透明性向上に努めているものの、限界もあり、情報開示のルールメイキングが必要だと指摘。データプロバイダーの情報開示に関する規制やガイドラインの導入の必要性が指摘された。
     
  •  また、中南米などの新興国では、そもそも「ESG」や「サステナビリティ」等の言葉の定義が曖昧で金融機関が信頼を失っている(trust deficit)状況にあり、ESG評価で必要となるデータの質・一貫性の向上に加え、ISSB新基準を通じた金融業界全体としての統一的な開示基準の必要性が指摘された。

―― 一方、PiP本大会の前日に開催されたPolicy Conference(政策当局と投資家の対話)では、新興国がサステナビリティに関する国際基準を満たすことができず、かえって新興国への投資が抑制される可能性も指摘された。

以上、データに関する様々な課題が指摘された一方、「どの様なデータを集めるべきかという技術的な議論ばかりがなされ、そのデータをいかに活用するのかという議論が十分ではない」という指摘や、「不完全なデータに文句ばかり言わずに、割り切りも必要。とりあえず始めよう」との指摘は聴衆の共感を得ていた(次の枠囲み参照)。
データに関する様々な課題1
データに関する様々な課題1

5―― Enhancing Engagement

5―― Enhancing Engagement

投資家が、アウトカムを効果的に達成するためには、投資先企業と政策当局への働きかけが重要になる。
5.1. 投資先企業へのエンゲージメント
アウトカムの達成手段として、ダイベストメントではなく、エンゲージメントが有効というコンセンサスが形成される一方、エンゲージメントに関する課題も多く指摘された。

登壇者の主な主張は、以下の通り。
 
  •  ネットゼロを掲げる企業は増えたものの、具体的な方策を打ち出せていない企業は依然多い。とりわけ、中小企業に対する教育・啓蒙活動が投資家にとって重要な責務との指摘も。共通の理解に則ったエンゲージメントがデータ整備の高度化に繋がるとの指摘があった。
     
  •  スタートアップのCEOの意識も徐々に変わってきており、気候変動への対応が重要だと答えるCEOは多いものの、実際にGHG計測を行っている企業は非常に少なく、気候変動に関する意識と行動のギャップが存在。こうした状況を改善していくには、企業との地道な対話が必要。利益優先で気候変動に対して何の方策もとっていないスタートアップに対しては、GHG計測のためのテンプレートを提供すること等も含めて、長期にわたって丁寧にコミュニケーションを重ねていくことが必要。
     
  •  また、1.5℃目標達成には新興国のトランジションが必須であり、現地企業へのエンゲージメント強化の必要性も指摘された。
     
  •  2017年に始まった協働エンゲージメントCA100+(世界各地の機関投資家がパリ協定の目標達成を目指すために集ったイニシアティブ)の成果として、(1)同じプラットフォームに世界中の機関投資家を集められたこと、(2)「ネットゼロ」という言葉を一般化できたこと、(3)パリ協定達成を目指すという共通目標を意識できたこと、などが挙げられた。一方で、CA100+をリードする主要投資家や事務局による、参加投資家に対するエンゲージメントが不十分であるという指摘も。参加投資家が増え、大きな(big tent)イニシアティブとなる中で、投資家による企業へのエンゲージメントの高度化を図っていくには、個々の投資家の意見・要望を丁寧に聞くことが肝要であり、地域性なども考慮した運営に取り組んでいくべきとの指摘が聞かれた。
     
  •  このほか、パッシブ投資におけるスチュワードシップ活動についても議論があった。何千という企業が組み込まれるインデックス投資では、1つ1つの企業に対して長期的な関係を築くエンゲージメントは不可能との指摘があった。一方、インデックスの中には企業数を100程度に絞ったものもあるほか、インデックス・プロバイダーがESG取組の進んだ企業をインデックスに組み入れることで、企業側はインデックスに組み入れてもらうためにESG取組を推進するインセンティブとなることもあり、企業側の行動変容を促す間接的なエンゲージメントは実現可能という指摘も聞かれた。
エンゲージメントの重要性 5.2. 政策当局へのエンゲージメント
企業や投資家に対する様々な規制やガイドラインなどの公共政策は、企業行動や投資リターンを大きく左右する。このため、投資家による政策当局へのエンゲージメント(policy engagement)は、受益者の最善利益を追求する投資家の当然の責務である。PRIは、こうした問題意識のもと、署名機関の理解深耕をはかるために、バルセロナ大会の直前に、「Sustainable Finance Policy Engagement Handbook」を公表。多くのPRI関係者が政策当局へのエンゲージメントの重要性に言及するとともに、当局サイドからもそうした動きを歓迎するとの発言が聞かれた(右記枠囲み参照)。

主な内容は、以下の通り。
  •  NGFSのBoissinot事務局長(仏中銀)は、気候変動問題は金融システムへの直接的リスクであり、物価の安定という中銀の使命達成の前提条件であり、既にインフレ等の様々な形で実体経済に影響を及ぼしているとの指摘。
     
  •  また、民間パネリストは、責任投資が行われても人々の生活水準が向上したという実感がわかない中で、政策の影響力(influence)と追加的効果(additionality)を高め、ポジティブなアウトカムをもたらす官民対話の必要性を指摘。具体的には、(1)間接的で低インパクトな投資行動(ESG integration等)、(2)直接的エンゲージメントと議決権行使、(3)協働スチュワードシップと政策当局へのエンゲージメント、のうち、(3)が最も影響力が大きいとした。可能な限りグローバルな場で民間団体と監督当局が協力することで、国際的なコンバージェンスが確保され、市民一人ひとりのProactiveな行動に結びつくことが重要と指摘。
     
  •  また、世界的に年金システムがDBからDCへとシフトしていく中で、個々人の金融リテラシーの欠如が、サステナブル・ファイナンスの障害になる可能性も指摘された。国民の金融リテラシーの改善という公共財の供給には官の取組み(金融教育の強化)が不可欠であり、この面でも、官民の協力が求められるとの指摘があった。
     
  •  このほか、投資家がsustainability outcome/impactを投資プロセスに考慮することが、受託者責任として許容されるか不確実な場合もある。そうした場合には、法解釈上の曖昧さを解消するよう、政策当局への働きかけが重要との指摘も。
5.3. 受益者へのエンゲージメント
機関投資家が“shape outcomes”を目指していく際、実社会に対してどのようなimpactをもたらすべきかについて、投資家が勝手に決めるべきではなく、受益者のサステナビリティに対する選好や価値観を踏まえることが望ましい。受益者エンゲージメントの重要性については、大会初日と最終日の全体会合において、登壇者から指摘があった。

主な内容は以下の通り。
受益者へのエンゲージメント
  •  次の10年を見据えたときに、投資家は、アウトカムに焦点を当て世の中へインパクトをもたらすことと同時に、受益者エンゲージメントを強化していくことがますます重要になっていく(枠囲み参照)。
     
  •  受益者は、年金システムを通して、投資先企業の間接株主になっているだけではなく、企業の従業員、消費者、地域住民という複数の顔を持ち合わせている。つまり、受益者は、様々な投資先企業のステークホルダーの代表と位置付けることが可能。ステークホルダー資本主義を具現化するうえで、アセットオーナーが受益者のサステナビリティに対する選好や価値観を考慮することが責任投資において求められる。
     
  •  一方で、顧客の短期志向には注意が必要。あるアンケート調査によれば、大半の顧客は世の中にポジティブなインパクトを与える投資に賛成するが、リターンが1%低下しても同投資を許容できるか尋ねると、許容できなくなる顧客が大半。インパクト投資には長期的視点が必要な一方、特に個人顧客は毎日自身のファンドパフォーマンスを携帯端末等でチェックして短期的な成果を求めがちである。
     
  •  このため、機関投資家が、アウトカム・インパクトを志向するうえで、リターンとのバランスをどう図っていくべきか、顧客や受益者との対話を深めると同時に、消費者向けに金融教育サービスを提供していくことも重要。これも、受益者エンゲージメントの一環と位置づけ可能。

6―― 最後に

6―― 最後に

PRIのDavid Atkin CEOは、「責任投資は短期的なリスクやテーマではなく、長期の金融サービスである。ロシアのウクライナ侵攻やエネルギー価格の上昇によって、世の中は複雑になっているが、ESGは短期志向でなく長期志向で考えるべきである」と強調していた。当たり前のメッセージではあるが、逆風や不確実性が様々増加する中でも、PRIの署名機関がぶれずにこうした認識を確認しあうことは重要であると感じた。

バルセロナ大会の最終日クロージングセッションにて、2023年のPRI in Personは東京で開催される(10月3-5日)ことがアナウンスされ、大会の幕が閉じた。
Thank you and we hope to see you all in Tokyo!
 
 

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日本生命保険相互会社 木村 武*、高瀬俊史、德重亨、林宏樹、三木さやか

 * PRI(国連責任投資原則)理事

(2023年01月11日「基礎研レポート」)

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