2022年12月02日

2023年はどんな年? 金融市場のテーマと展望

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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グローバル・サプライチェーン圧力指数 (中心的なシナリオとリスク)
以上、来年の主な注目材料を取り上げてきたが、最後に主な材料と市場の行方について、中心的なシナリオを考えたい。その際、最も重要な材料は今年の市場を大きく揺るがした米国のインフレと金融政策の行方となる。
 
今年の米国のインフレは、需要面(経済活動再開、過去の大規模な財政出動・金融緩和、労働需給の逼迫に伴う人件費の上昇など)、供給面(過去の世界的な行動制限に伴う部品・物流網の混乱、今年の中国での大規模な都市封鎖に伴う供給網の混乱など)、価格ショック(世界的な資源・食品価格上昇など)が複合的に作用したものだが、供給面の物価上昇圧力は既に緩和しているとみられる。実際、NY連銀が公表するグローバル・サプライチェーン圧力指数は年初から大きく低下している。また、今後は既往の急速な利上げの効果によって米国が緩やかな景気後退に陥り、需要面の物価上昇圧力を和らげることが見込まれる。米国の労働市場は極めて良好な状況にあるため、今後利上げの効果が波及しても、大幅な景気後退は避けられると見ている。

このことから、米国の物価上昇率は緩やかに低下に向かい、FRBは3月に利上げを停止すると見ている。ただし、物価上昇率と物価目標との大きな乖離が残ることから、利下げは2024年に先送りする可能性が高いだろう。
日銀金融政策については来年秋の枠組み修正実施を予想している。賃上げが大幅に進むとは見込まれないため、次期総裁が就任した後も安定的な2%の物価上昇の実現は難しいとみられる。日銀は金融緩和を続けざるを得ないが、債券市場では既に緩和の副作用として、イールドカーブの歪みや流動性の低下といった機能度の低下が著しい。従って、この副作用の軽減を名目(建前)として、誘導目標金利を10年国債利回りから5年債国債利回りへ短期化すると予想している。日銀の直接のコントロール下から解放される10年国債利回りは従来よりも柔軟に動くようになり、水準も小幅に切り上がるだろう。金利上昇許容幅の拡大を許容する形となるため実質的には緩和の小幅縮小に当たるが、日銀はそのことを認めず、あくまで「副作用軽減を通じた緩和の持続性向上策である」旨を強調すると想定している。
日本国債イールドカーブの変遷/債券市場サーベイ機能度判断DI(現状)
足元WTIベースでもドバイベースでも80ドル強にある原油価格については、来年やや上昇すると予想。当面は欧米の景気後退が上値を押さえるものの、EUによるロシア産原油禁輸が発動(12月5日に猶予期間が終了・石油製品は来年2月に猶予期間が終了)に伴ってロシア産原油の供給が減少すると見込まれるうえ、来年には中国のゼロコロナ政策が徐々に緩和され、需要が増加することで、世界的な原油需給が引き締まっていくと見込まれるためだ。11月から大規模減産に舵を切ったOPECプラスも、今より原油価格を押し下げるような増産には応じないだろう。
米政策金利の見通し(FF金利先物市場の織り込み) 以上の展開を踏まえ、ドル円については、米国の物価上昇率低下、利上げ停止、先々の利下げの織り込みを受けて円高ドル安に向かうと予想している。来年秋には日銀の金融政策修正に伴って日本の金利が小幅に上昇することも円高に働くだろう。一方で、FF金利先物市場では足元で来年後半に2回弱(0.4%程度)の利下げが行われることを前のめり的に織り込んでいるため、遠からずその修正が入り、一旦ドルが持ち直す場面が想定される。ドルが一旦持ち直し、その後利上げ停止・先々の利下げが再び織り込まれていくことで下落していくイメージだ。

また、原油価格の持ち直しに伴って、日本の多額の貿易赤字が継続することも円高進行の抑制に作用するだろう。

この結果、現時点においては、来年は緩やかな円高ドル安となると予想。来年末時点の水準は1ドル130円弱になると見込んでいる(具体的な値は最終頁の表を参照)。
なお、日本の長期金利は、既述の通り、日銀の緩和修正に伴ってやや上昇すると見ている。具体的には来年秋以降に0.3%台に上がると想定している。その時期には米金利が低下基調にあり、金利上昇圧力がそれほど強くないこと、日銀が引き続き5年債利回りに上限を設け、必要であればより長期の金利の抑制措置も辞さない姿勢を示すことで、急上昇は避けられると見ている。緩和自体は継続するため、大幅な金利上昇は日銀が許容しないはずだ。
日経平均のPER(株価収益率)とEPS(1株当たり利益) 最後に、日本株については、年初に一旦下落する可能性が高いと見ている。FRBの利上げが継続中であるうえ、足元の市場が先々の利下げを前もって織り込みすぎていることから、その修正が入ることで米金利が一旦上昇すると見込まれるためだ。また、欧米の景気後退色が強まることも逆風になる。米国株の下落が日本株にも波及する形を想定している。

一方、その後は、特に年の後半になるにつれて次第に再来年初からの米利下げ開始が意識されることで、米株価の上昇を通じて日本株も上昇に向かうだろう。現時点では、来年末時点の日経平均株価は29000円台と予想している。
 
以上が中心的なシナリオとなるが、不確実性が高い点は否めない。とりわけドル円と日本株の予想の土台として最も大きい要素になっているのが米国の物価上昇率であるためだ。既述の通り、米国の物価上昇は複合的であり、これまでも大方の予想に反する動きをしてきただけに不透明感が強い。従って、今後も動向を注視し、シナリオを小まめに点検していく必要がある。

2. 日銀金融政策(11月)

2. 日銀金融政策(11月)

(日銀)維持(開催なし)
11月はもともと金融政策決定会合が予定されていない月であったため会合は開催されず、必然的に金融政策は現状維持となった。次回会合は利上げ幅(0.50% or 0.75%)やドットチャート、先行きの利上げ方針などを巡り市場の注目度の高い米12月FOMC(今月12~13日)の数日後にあたる今月18~19日に開催される予定。
日銀の長期国債・ETF買入れ額 お、黒田総裁は11月14日の金融経済懇談会後の記者会見において、円安の進行が止まっていることについて、「大変結構なことである」と前向きに評価した。2013年に結ばれた政府・日銀の共同声明については「現在でも有効」としたうえで、声明に沿って「2%の物価安定目標を安定的・持続的に達成するために金融緩和を続ける」と表明した。

日銀が賃金上昇の重要性を説く場面が目立つなか、金融政策運営の声明にも「賃上げを伴うかたちでの物価上昇を実現するまで(金融緩和を)続ける」と書いた方がよいのではないかとの質問に対しては、「賃金の動向は様々なファクターによって影響される。(中略)金融政策によって左右しがたい色々な要件によって変わってくる労働生産性の上昇率ということも賃金上昇率に影響するので、(中略)具体的に賃金の上昇率とか、そういうことを何か金融政策の一環としてというか、目標として掲げるというのは、あまり適切なものではない」と否定的な見解を示した。

また、11月10日に行われた参院財政金融委員会の半期報告において、黒田総裁は、「来年度以降の賃上げ動向次第では物価目標達成時期が早まる可能性がある」との見方を示すとともに、「出口戦略は政策金利の引き上げペースと拡大したバランスシートの修正になる」との見解を示した(同日のロイター報道より)。また、これに先立つ2日の衆院財務金融委員会では、「物価目標の安定的達成が展望できる場合は、イールドカーブ・コントロールの柔軟化も選択肢の1つ」(同日のロイター報道より)と発言している。「物価上昇は一時的であり、緩和を継続する」との基本スタンスは不変ながら、最近になって、物価目標の安定的な達成に対してやや前向きな見解を示したり、出口戦略の内容について具体的に言及する場面が目立っている。

なお、自身の去就については、2日の衆院財務金融委員会において「辞任しない気持ちに変わりはない」と述べ、任期途中での辞任意向を否定する一方で、10日参院財政金融委員会では、「再任されたいとか希望するとか、そういう個人的な希望は全くない」と続投の意思がない旨を明言している(それぞれ同日のロイター報道より)。
(今後の予想)
日銀は現在の物価上昇を一時的と見ており、金融緩和を粘り強く継続していく姿勢を基本的に維持している。黒田総裁から物価目標達成に対するやや前向きな見解の表明や出口戦略関する言及が増えている件については、特別な意図があるのかは不明だが、昨今の価格転嫁の進展によって、従来よりも持続的な物価上昇に自信をやや深めている可能性がある。また、春闘を控えていることから、インフレ期待に働きかけることで「物価が上がらないとするノルム(社会的な規範)」を転換させ、企業や世の中における「賃上げへの機運」を醸成する効果を狙っているのかもしれない。

しかし、いずれにせよ、次期総裁が就任した後も安定的な2%の物価上昇の実現は難しいとみられることから、日銀は金融緩和を長期に続けざるを得ないと見込まれる。緩和継続のためには副作用への対応も適宜必要になるだろう。従って、次期総裁就任後の来秋に、債券市場の機能度低下といった緩和の副作用軽減を名目として、枠組みの修正(誘導目標金利を10年債利回り→5年債利回りへ)を絡めて実質的に金利上昇許容幅を小幅に拡大しにいくと予想している。その際、日銀は金融緩和の縮小ではなく、あくまで副作用軽減を通じた緩和の持続性向上策であるとの位置付けを強調すると見込んでいる。

3. 金融市場(11月)の振り返りと予測表

3. 金融市場(11月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
11月の動き(→) 月初0.2%台半ばでスタートし、月末も0.2%台半ばに。
今月の長期金利も0.2%台半ばでの膠着した推移となった。月初は米長期金利が4%を上回って推移したことで金利上昇圧力の高い状況が続き、日銀の許容レンジ上限である0.25%付近での推移が継続。その後、米CPIの伸び率鈍化・予想比下振れを受けて米金利が大きく低下したことで、11日には0.2%台前半へとやや低下した。以降はしばらく0.25%を若干下回る水準での推移となったが、25日には東京都CPIの伸び率が拡大したことで日銀金融緩和の縮小観測が高まり、再び0.25%付近へと上昇。月末にかけて同水準での推移が続いた。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化/日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(11月)
(ドル円レート)
11月の動き(↘) 月初148円台後半でスタートし、月末は138円台後半に。
月初、一進一退となった後、米雇用統計に労働需給の緩和を示す内容が含まれていたこと、米CPI・中間選挙を控えて持ち高調整的なドル売りが入ったことで、9日には145円台に下落。さらに、米CPIの伸びが予想よりも鈍化したことを受けて米利上げ鈍化観測に伴う大幅なドル売りが発生、14日には139円台を付けた。その後はFRB高官によるややタカ派的な発言が続いたほか、中国でのコロナ感染拡大に伴う安全資産としてのドル買いもあり、22日には142円台まで回復。しかし、11月のFOMC議事要旨公表を受けて米利上げ鈍化が再び意識されたことで、24日には140円をあっさり割り込み139円付近に。月末にかけて利上げの行方を見定める地合いとなり、140円をやや下回る水準での推移が続いた。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
(ユーロドルレート)
11月の動き(↗) 月初0.99ドル台半ばでスタートし、月末は1.03ドル台後半に。
月初、FOMC後のパウエル議長会見を受けてややドルが買われ、3日に0.97ドル台半ばに一旦下落したが、中国のゼロコロナ政策緩和期待に伴うリスク選好やECB利上げ観測を受けて持ち直し、8日には1ユーロ1ドルのパリティを回復。その後は米CPIの伸び率鈍化やブレイナードFRB副議長発言などを受けて米利上げ鈍化観測が高まり、15日には1.04ドル台へと上昇した。月の後半は米国の利上げや中国のゼロコロナ政策を巡る思惑が交錯して方向感を欠く展開となり、月末は1.03ドル台後半で終了した。
金利・為替予測表(2022年12月2日現在)
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2022年12月02日「Weekly エコノミスト・レター」)

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