コラム
2020年06月16日

男性の育休を増やすには-育休から「休」という字をなくす?

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――進まぬ男性の育休取得

政府は、2020年に男性の育児休業取得率13%という目標を掲げている。しかし、民間企業の男性の育休取得率は2018年で6.2%に過ぎず、目標達成には程遠い状況だ(図1)。また、取得期間は7割が2週間未満であり、うち半数は5日未満である(図2)。つまり、現在のところ、男性の育休は夏期休暇や年末年始休暇などと変わらない。一方、女性の育休取得率は8割を超え、取得期間は1年前後が約6割を占める。

このような中で、今年3月、与党の「育休のあり方検討プロジェクトチーム」は、「父親産後休業制度(仮称)」という新たな施策を提言した。この「パパ産休」では、配偶者の産後4週間を休業し、この期間の給付金の助成率を現在の実質8割から実質10割へ引き上げることで、男性の育休取得を促す狙いだ。
図1 育休取得率の推移/図2 育児休業取得日数の分布(2018年)

2――育休から「休」という字をなくしては

与党の提言では、男性の育休取得が進まない背景として、「社会や職場の雰囲気や仕事の属人化といった理由から、男性社員が自分から育休を申請しない又は申請できない状況にある」と指摘している。また、育休を「あたかも休暇のように捉える風潮があるが」、「本来は『子育て』という重要な役割を重点的に担う大切な期間」で、「『休』を含まない通称(中略)も検討する必要がある」と述べている。
 
ここで1つ思い出したことがある。
 
私は第二子出産の際、1年間の産休・育休を取得した。産休に入る直前、「1年間ゆっくり休んで下さい。」と声をかけられ、気持ちが沈んだことがある。

産休や育休は、「休」という文字が含まれていても、休息できるわけではない。24時間、生まれたばかりの小さな命を守ることから始まり、睡眠時間や食事時間もままならぬ日々が続く。また、隙間時間に家事や身の回りのこともこなさねばならない。

本人の希望で取得しているとはいえ、おおよそ休息には程遠い状況だ。しかし、周囲には「ゆっくり休んでいる」という印象を持たれるのかと、重い気持ちになったのだ。
 
男性の育休取得が進まない背景も、ここにあるのではないだろうか。
 
あくまで本人の感覚だが、私は育休中、短時間の内に臨機応変に多くのタスクをこなす経験をしたことで、出産後は生活面でも、仕事の面でも、出産前と比べて驚異的な速度で作業をこなせるようになったと思う(出産前が遅かったのかもしれないが)。また、経営者の知人から、育休復帰後の社員は、働ける時間が決まっているため、育休前と比べて生産性が上がる傾向があると聞いたこともある。

男性は女性と比べて職場の慣習に縛られやすい傾向がある。よって、育休は休暇ではなく、あくまでも育児のために職場を一時的に離れることで、企業にも個人にもメリットのある経験との認識が広がるような大胆な意識改革が進めば、男性の育休取得の後押しになるのではないだろうか。

3――充実した育休は妻の就業継続、第二子の出産にもつながる

一方で、最近では、夫が育休を取っても育児も家事もしない「取るだけ育休」が問題になっているとも聞く。この事態を防ぐためには、例えば、自治体や産院の開催する「父親学級」などを通して、妻の出産前に乳児の世話の仕方や出産後の女性の体調変化などを学ぶことも有益だ。あらかじめ具体的に何をすれば良いのかを把握していれば、育児や家事に積極的に取り組めるのではないか。

夫の家事・育児時間が長いほど、妻の出産前後の就業継続率は高くなる(図3)。例えば、妻の復職時に合わせて夫が育休を取ることで、妻のスムーズな復職を促すこともできる。

男性の育休取得が進まない理由には「収入を減らしたくない」との声も多いだろう。夫の収入減少は家計収入の減少に直結しやすいためだ。しかし、夫の育休取得で目先の収入は減ったとしても、世帯の生涯所得は大きく増える可能性があるのだ。

大学卒正社員女性の生涯所得は、2人の子どもを出産し、それぞれ育休や時間短縮勤務などを活用して働き続けた場合、2億円を超える1。一方で出産退職し、子育てが落ち着いてからパートで再就職した場合は、約6千万円にとどまる。

この生涯所得の大きな差を知れば、妻が働き続けられるように協力しようという夫の意識改革にもつながるのではないだろうか。現役世代の賃金は伸び悩んでおり、若い世代ほど共働きで家庭の経済基盤を安定させる必要性は高まっている。

さらに、夫の家事・育児時間が長いほど、第2子や第3子の出産につながる傾向もある(図4)。
図3 夫の平日の家事・育児時間別に見た妻の出産前後の就業継続状況/図4 夫の休日の家事・育児時間別に見た第2子以降の出生の状況
 
1 久我尚子「大学卒女性の働き方別生涯所得の推計」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2016/11/16)

4――新型コロナは働き方や価値観が変わる好機にもなるか

新型コロナウイルスの感染拡大によって緊急事態宣言が発令されたことで、テレワークによる在宅勤務へと大きく舵が切られた。すでに緊急事態宣言は解除されたが、ウイルスとの戦いは続いている。また、テレワーク環境の整備は「働き方改革」で進められてきた流れでもあり、今後も在宅勤務の併用は進むだろう。

今後、オフィスへの出社が減れば、「上司が帰るまで帰りにくい」「結局、長時間働ける方が評価されやすい」といった、男性を縛る慣習も薄れていくのではないか。

新型コロナウイルスの感染拡大は多方面へ悪影響を及ぼしているが、働き方や価値観が変容する好機も訪れていると期待したい。

(2020年06月16日「研究員の眼」)

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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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