2018年11月28日

「人生100年時代」の暮らし方-どう過ごす?! 定年後の「10万時間」

土堤内 昭雄

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1―3つの寿命

|平均寿命より健康寿命
長寿時代を生き抜くために健康志向が強まることは必然だ。日本では健康増進法に基づき、2000年に『21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)』が始まった。2013年には全面改正が行われ、『健康日本21(第2次)』には健康増進のための基本方向として、「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」が掲げられている。

日本人の平均寿命は、2001年から2010年の10年間に男性で1.48年、女性で1.37年延びた一方、健康寿命の延びは男性で1.02年、女性で0.97年にとどまっている。つまり不健康な期間が、男性で0.46年、女性で0.4年長くなっているのだ。そのため『健康日本21(第2次)』では、「平均寿命の増加分を上回る健康寿命の増加」を目標にしている。

多くの人は健康に長生きしたいと願っているが、2016年の健康寿命は、男性72.14歳、女性74.79歳。健康寿命と平均寿命との差は、男性8.84年、女性12.35年もある。平均寿命が延びる長寿時代とは、寿命が延びる一方で、介護・看護が必要な期間が長くなり、要介護のリスクが高まる時代でもあるのだ。
図表1 平均寿命と健康寿命およびその差の推移
2|シニア層の健康志向
最近のフィットネスクラブを覗くと、どこも元気なシニアの人たちであふれている。経済産業省の「特定サービス産業動態統計調査」によると、平成29年のフィットネスクラブの売上高は3,330億円、延べ利用者数は2億5,200万人と、増加の一途をたどっている。その背景には長寿化に伴うシニア層の根強い健康志向がある。

厚生労働省の「平成29年国民健康・栄養調査の結果の概要」をみると、運動習慣のある者(1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している者)の割合は、全体で男性35.9%、女性28.6%だが、年齢階級別では60代の男性が42.9%、女性が29.6%、70歳以上では男性45.8%、女性42.3%にのぼる。男女ともに運動習慣のあるシニア層が多くなっている。

退職後も生き生きと暮らすためには、地域や社会との関係性を維持することが重要だが、定年後に社会的孤立に陥る人も多い。フィットネスクラブに通うシニア層には、身体的な健康だけではなく、ほかの人々との会話やつながりを通じたメンタルヘルスも不可欠だ。むしろそのような効果の方が、長寿時代にはより重要なのかもしれない。
3|重要な主観的健康寿命
幸せに暮らすためには健康寿命を延ばすことが重要だが、「自分が健康であると自覚している期間」(主観的健康寿命)にも留意する必要がある。『健康日本21(第2次)』によると、同期間は客観的健康寿命を下回り、2001年から2010年までの延びは、男性で0.35年、女性で0.37年に過ぎないという。

人が幸せになる条件のひとつとして「健康」を挙げる人は多い。しかし、高齢化が進展すると加齢により健康状態が万全でなくなるのは当然のことだろう。だれもが老化による衰えを経験する時代には、『なにがあっても健康でなければならない』という過度の健康志向に縛られる必要はない。65歳時の健康余命を意識しながらも、上手に「老いること」と向き合うことが大切だろう。

「人生100年時代」を幸せに生きるために、客観的な健康寿命を延ばす努力は当然すべきことだが、同時に超高齢社会では何らかの健康上の制約があっても自らが幸せと思える主観的健康寿命が大切だ。ケガや病気などともうまく付き合い、老化を自然体で受け容れることが重要ではないだろうか。
図表2 2001年から2010年までの平均寿命、健康寿命、主観的健康寿命の延び

2―定年後の生活時間

2―定年後の生活時間

|「余生」ではなくなった「老後」
総務省の『社会生活基本調査』は、1日の生活時間を1次活動(睡眠、食事など生理的に必要な活動)、2次活動(仕事、家事など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動)、3次活動(これら以外の各人が自由に使える時間における活動)の3つに分類している。近年の生活時間の変化の特徴は、2次活動が減少し、3次活動が増加していることだ。

戦後の高度経済成長は長い労働時間によって支えられ、人々の趣味や娯楽、スポーツや旅行、学習や社会参加等の3次活動を行う時間は少なかった。しかし、社会が成熟化するとともに労働時間は短くなり、自由時間は長くなった。これまで余った暇に過ぎなかった「余暇」は、生活を豊かで潤いあるものにするための貴重な時間になった。

戦後まもなくは、「人生50年時代」と言われてきた。結婚し、子どもを生み・育てる人口の再生産が済むと人生の大きな役割が終わった。その結果、その後の人生は余った人生「余生」と呼ばれたのだ。今や日本は世界有数の長寿国になり、「余生」と考えられてきた期間は長く、それは決して人生の「余り」とは言えないきわめて重要な人生の収穫期になったのである。
2|定年後の「10万時間」
『平成28年社会生活基本調査』の65歳以上の高齢者生活時間をみると、1次活動が11時間38分、2次活動が4時間00分、3次活動が8時間22分だ。人生100年時代が来れば、高齢期の自由時間は10万時間以上にも達する。もはやわれわれの老後は「余生」ではないのだ。

厚生労働省『平成28年簡易生命表』によると、65歳の平均余命は男性19.55年、女性24.38年だ。おおよそ男性は85歳まで、女性は90歳まで生きられる計算になる。65歳以上の3次活動時間は男性が9時間11分、女性が7時間44分ある。65歳で定年を迎えた男性は、その後の寿命を迎えるまでの20年間に6.7万時間の自由時間を有するわけだ。

一方、日本の就業者の2015年一人当たり年間総実労働時間は1,719時間だ(労働政策研究・研修機構)。20歳から65歳まで45年間働いた場合、生涯労働時間は7.7万時間になる。それと比べても、男性の定年後の自由時間がいかに長いかがわかる。定年後を幸せに生きるためには、健康や経済面の問題に加えて、あらたな人間関係についても考えることが重要になるだろう。
図表3 65歳以上高齢者の週全体・平均生活時間(2016年)
3|「定年」は「退職」ではない
「定年」とは、『官庁や企業などで退官・退職する決まりになっている一定の年齢』(新明解国語辞典)とある。一般的には「定年退職」という言葉が使われることが多いが、その理由は、これまで多くの人が終身雇用制のもと同一企業で働き、「定年」を迎えることはすなわち「退職」を意味したからだろう。しかし、今日では定年後も嘱託で雇用を継続したり、あらたに個人事業主になって働いたりする人も増えており、必ずしも「定年」=「退職」とは限らないのである。

人生100年時代の生涯現役社会では、多くの人にとって、「定年」が「退職」を意味するのではなく、年齢の定めのないあらたな仕事への船出になるのかもしれない。政府には、同一企業での定年や雇用の延長だけでなく、定年後に個人が自らの能力を十分に活かせるような「雇われない」働き方が柔軟にできる就業環境の整備が求められる。長寿化した人生において定年はひとつの通過点であり、あらたな社会との関係性を構築する好機でもあるのだ。
 

3―定年後の居場所

3―定年後の居場所

|「終活」と「就活」
人生の最期に備える「終活」がブームだ。大型書店にはエンディングノートのコーナーがある。葬式、墓、遺産相続、生命保険など死後に対処が必要な項目を整理したり、生前の遺影撮影、認知症など介護への対応、延命治療の要否を考えたりするなど、さまざまな終活内容が記載できる。終活とは、葬儀や相続など人生の最期を迎えるための準備であるとともに、人生を前向きに生きるための「老い支度」でもあるのだ。

「終活」ブームの背景には、一人暮らしが増え、死後に回りの人に迷惑をかけたくないという「ひとり社会」のニーズがある。一方、家族構成にかかわらず、自分が生きてきた証を残したい人も少なくない。「終活」は死後をどうするのかというエンディングにとどまらず、ポジティブに人生の最期までをどう生きるのかというウェル・エイジングの意味を持つ。

高齢期をよく「生きる」とは、自分自身が社会でよく活かされることだ。最期まで活き活きと暮らすには社会との関係性を維持することが重要であり、何らかの社会的役割をデザインすることが必要だ。自分を社会のなかでよく活かすための「老い支度」は、定年後に社会におけるあらたな役割を獲得する第2の「就活」でもあるのだ。

だれもが会社に入るときには熱心に就活するが、生涯実労働時間にも匹敵する定年後を暮らす地域社会への就活には無関心な人が多い。人生100年時代が近づく今では、定年後の「10万時間」はもはや「余生」ではない。余生を活かすためのあらたな地域社会への就活は、きわめて重要なライフイベントと言っても過言ではないだろう。
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土堤内 昭雄

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