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- 老いる中国、介護保険制度はどれくらい普及したのか(2018)。-15のパイロット地域の導入状況は?
2018年08月27日
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1――15の全パイロット地域で介護保険制度を導入
2――多様性がありすぎる?中国の介護保険制度の特徴
15のパイロット地域の制度が出揃った状況であるが、その内容はどのようになっているのであろうか。以下では、(1)制度運営、(2)被保険者、(3)財源、(4)サービス利用者としての認定、(5)サービスの利用といった視点から、その特徴を整理してみたい。なお、制度は試験導入期間中ということもあり、内容が確定しているというわけではない。
1|制度運営―事務業務などは民間保険会社に委託
まず、制度運営については、民間保険会社に業務を委託している地域が多い点が挙げられる(図表2)。
医療保険制度、年金制度といった「既存」の社会保険制度の運営は、各地域に設置された社会保険機関が概ね担っている。一方、介護保険制度は、保険料の徴収や財源管理などは社会保険機関(人力資源社会保障局など)が担う一方、手続きなどの事務業務(受付窓口機能、介護認定、費用精算など)、介護認定やサービスの基準や、提供すべきサービス内容の策定業務を民間の保険会社に委託している地域が多い。15地域のうち13地域は、民間保険会社に業務を委託している。
「これから」導入される介護保険は、「既存」の社会保険と比較しても、民間保険会社を制度運営に積極的に組み入れた、かなりフレキシブルな制度ともいえよう。
1|制度運営―事務業務などは民間保険会社に委託
まず、制度運営については、民間保険会社に業務を委託している地域が多い点が挙げられる(図表2)。
医療保険制度、年金制度といった「既存」の社会保険制度の運営は、各地域に設置された社会保険機関が概ね担っている。一方、介護保険制度は、保険料の徴収や財源管理などは社会保険機関(人力資源社会保障局など)が担う一方、手続きなどの事務業務(受付窓口機能、介護認定、費用精算など)、介護認定やサービスの基準や、提供すべきサービス内容の策定業務を民間の保険会社に委託している地域が多い。15地域のうち13地域は、民間保険会社に業務を委託している。
「これから」導入される介護保険は、「既存」の社会保険と比較しても、民間保険会社を制度運営に積極的に組み入れた、かなりフレキシブルな制度ともいえよう。
民間保険会社への事務委託は、単独の保険会社の場合もあるが、多くは当地に拠点を構えている複数(3~5社)の保険会社に委託をしている。委託は各市が入札で決定するが、生保では中国人寿、泰康人寿、太平洋人寿など、損保では中国人民保険、中国大地保険などが落札しており、中国国有大手もしくは介護・医療保険分野に強みのある中国資本の保険会社が中心となっている。委託期間は3年間など複数年契約であるが、1年毎に更新手続きを必要としている。また、落札した保険会社の1年間の業務受託による手数料収入は、運営コストを含め、概ね保険料収入の10%以内に収めるよう規定されている。
このように、公益性の高い社会保険サービスの担い手を民間の保険会社に委託するやり方は、習近平政権以降見られる手法である2。国が短期間での社会保険の普及を求める一方で、各地域(市)単位では、財政や人口の規模が小さい場合も多い。地域の当局のみで制度設計、運営といった技術やノウハウ、それを担う人材の確保が難しいのが現状である。
国(中央政府)も介護保険の運営については、民間保険会社の活用を推奨しているという点もあるが、結果として民間セクターに頼らざるを得ない状況にある。民間保険会社を活用することで、より効率的、効果的にサービスを提供し、社会サービスの質的向上も目指しているのだ。
2 都市住民、農村住民を対象とした公的医療保険制度で、医療が高額になった場合の給付は、官民協働の大病医療保険が設けられている。大病医療保険の担い手は各地域において入札で決定され、民間保険会社が引受けている。(出所)拙著「中国の公的医療保険制度について(2018)-老いる中国、14億人の医療保険制度はどうなっているのか。」基礎研レポート、2018年1月15日発行
このように、公益性の高い社会保険サービスの担い手を民間の保険会社に委託するやり方は、習近平政権以降見られる手法である2。国が短期間での社会保険の普及を求める一方で、各地域(市)単位では、財政や人口の規模が小さい場合も多い。地域の当局のみで制度設計、運営といった技術やノウハウ、それを担う人材の確保が難しいのが現状である。
国(中央政府)も介護保険の運営については、民間保険会社の活用を推奨しているという点もあるが、結果として民間セクターに頼らざるを得ない状況にある。民間保険会社を活用することで、より効率的、効果的にサービスを提供し、社会サービスの質的向上も目指しているのだ。
2 都市住民、農村住民を対象とした公的医療保険制度で、医療が高額になった場合の給付は、官民協働の大病医療保険が設けられている。大病医療保険の担い手は各地域において入札で決定され、民間保険会社が引受けている。(出所)拙著「中国の公的医療保険制度について(2018)-老いる中国、14億人の医療保険制度はどうなっているのか。」基礎研レポート、2018年1月15日発行
2|被保険者―都市就労者から、段階的に非就労者・農村住民へと拡大
制度導入当初から、被保険者の範囲を全市民とする地域は少ない。被保険者は、戸籍、就労の有無によって、都市就労者、都市非就労者、農村住民に分類される3。15のパイロット地域をみると、被保険者を地域内(市内)の都市就労者のみに限定している地域が8地域、都市住民(就労者、非就労者)としているのが1地域、全市民(都市就労者・非就労者、農村住民)まで範囲を拡大しているのは6地域であった(図表3)。
2020年までの試験導入期間中、まず、市内の複数の「区」で都市就労者を対象とし、その次の段階として、市内全域の都市就労者、最終的に全市民と時間をかけて範囲を拡大していく地域が多いようである。
制度導入後、一定の時間が経過している地域(山東省青島市(2012年7月)、江蘇省南通市(2016年1月))や、財政や経済基盤が安定し、都市化が進んだ上海市、江蘇省蘇州市などを中心に、被保険者の範囲が全市民となっている。
制度導入当初から、被保険者の範囲を全市民とする地域は少ない。被保険者は、戸籍、就労の有無によって、都市就労者、都市非就労者、農村住民に分類される3。15のパイロット地域をみると、被保険者を地域内(市内)の都市就労者のみに限定している地域が8地域、都市住民(就労者、非就労者)としているのが1地域、全市民(都市就労者・非就労者、農村住民)まで範囲を拡大しているのは6地域であった(図表3)。
2020年までの試験導入期間中、まず、市内の複数の「区」で都市就労者を対象とし、その次の段階として、市内全域の都市就労者、最終的に全市民と時間をかけて範囲を拡大していく地域が多いようである。
制度導入後、一定の時間が経過している地域(山東省青島市(2012年7月)、江蘇省南通市(2016年1月))や、財政や経済基盤が安定し、都市化が進んだ上海市、江蘇省蘇州市などを中心に、被保険者の範囲が全市民となっている。
介護保険制度の被保険者は、公的医療保険に加入し、保険料を納付していることが条件となっている。介護保険の加入年齢は定められておらず、加入条件である公的医療保険の被保険者は法定労働年齢以上となっているので、介護保険の加入は最も若くて16歳からとなる。公的医療保険は、戸籍や就労の有無によって、加入する制度が都市職工基本医療保険(都市の就労者を対象)、都市・農村住民基本医療保険(都市の非就労者・農村住民を対象)に峻別される。しかし、介護保険については同一の制度に加入することになっている。
3 都市の非就労者には、主婦、高齢者(都市職工基本医療保険に加入していない)などが含まれる。
3 都市の非就労者には、主婦、高齢者(都市職工基本医療保険に加入していない)などが含まれる。
3|財源―試験導入期間中は、多くの地域が公的医療保険の財源を転用
介護保険の被保険者に公的医療保険への加入および保険料納付という条件を設けている背景には、15地域の介護保険制度が、公的医療保険の保険料を積み立てた医療保険基金を財源の柱としている点にあろう。地域内において、都市の就労者を対象とした導入が先行しているのは、都市職工基本医療保険が強制加入で、財源の規模が大きく、財政収支も安定している点に起因していると考えられる(図表4、注1)。都市職工基本医療保険は収入の95.9%を保険料収入が占め、国・地方からの財政負担がなくても、制度を維持できる状態にある。一方、都市非就労者・農村住民を対象とした都市・農村住民基本医療保険の収支は黒字ではあるものの、任意加入で、財政規模も小さい。収支については、国・地方からの財政負担が75.7%を占めており、財政投入が無ければ制度の維持ができない状況にある。
介護保険の被保険者に公的医療保険への加入および保険料納付という条件を設けている背景には、15地域の介護保険制度が、公的医療保険の保険料を積み立てた医療保険基金を財源の柱としている点にあろう。地域内において、都市の就労者を対象とした導入が先行しているのは、都市職工基本医療保険が強制加入で、財源の規模が大きく、財政収支も安定している点に起因していると考えられる(図表4、注1)。都市職工基本医療保険は収入の95.9%を保険料収入が占め、国・地方からの財政負担がなくても、制度を維持できる状態にある。一方、都市非就労者・農村住民を対象とした都市・農村住民基本医療保険の収支は黒字ではあるものの、任意加入で、財政規模も小さい。収支については、国・地方からの財政負担が75.7%を占めており、財政投入が無ければ制度の維持ができない状況にある。
保険料は、(1)医療保険基金からの転用金、(2)医療保険専用口座からの転用金、(3)地方政府の財政補助金、(4)個人の保険料拠出、(5)企業の保険料拠出などによって構成されている。どこからどれくらい拠出するかは地域で決定しているが、徴収された保険料を別途、介護保険専用の基金にプールして給付に充てている。
次頁の図表5より、制度運営の財源として、ほぼすべての地域において医療保険基金から拠出されていることが分かる。医療保険基金からの転用の多寡は地域によって異なるが、100%依存している地域は3地域(上海市、浙江省寧波市、広東省広州市)であった。個人の保険料拠出はあるとしても少額であり、高齢者についても年金からの徴収はない。企業の保険料拠出については1地域しか求めていない状態にある。試験導入期間においては、個人、企業からの保険料拠出に対する抵抗感を可能な限り小さくしようとしている姿がうかがえる。
次頁の図表5より、制度運営の財源として、ほぼすべての地域において医療保険基金から拠出されていることが分かる。医療保険基金からの転用の多寡は地域によって異なるが、100%依存している地域は3地域(上海市、浙江省寧波市、広東省広州市)であった。個人の保険料拠出はあるとしても少額であり、高齢者についても年金からの徴収はない。企業の保険料拠出については1地域しか求めていない状態にある。試験導入期間においては、個人、企業からの保険料拠出に対する抵抗感を可能な限り小さくしようとしている姿がうかがえる。
加えて、保険料自体も総じて少額となっている。都市就労者の医療保険の保険料率は10%(個人2%、企業8%)であるが、介護保険の場合、試験導入期間中は1%以下に設定されている地域が多いようである。保険料は、サービス給付額の見込みを見極めながら決定されると考えられるが、医療保険料の支払い基数、給与総額、平均可処分所得といった、医療保険の算出規準に基づいている地域が多い点も特徴であろう。
このように、現時点において、介護保険は社会保険のうち1つの独立した制度として位置づけられているものの、財源においては、独立をしていない状態にある。
また、今後の財源のあり方を考える上では、介護保険と医療保険の主務官庁が分離された点にも留意が必要である。2018年5月に、医療行政の機能を人力資源・社会保障部およびその他の組織から移して一本化し、国家医療保障局が新たに設立された。これによって、介護保険制度の監督・管理は従来通り人力資源社会保障部が担うが、医療保険基金の管理権限は国家医療保障局に移管されたのである。今後、急速な少子高齢化にともなう介護保険の給付増加も考えられ、2020年以降は、個人や企業への保険料負担の導入や料率の引き上げによる財源の確保に舵を切っていく必要があるであろう。
このように、現時点において、介護保険は社会保険のうち1つの独立した制度として位置づけられているものの、財源においては、独立をしていない状態にある。
また、今後の財源のあり方を考える上では、介護保険と医療保険の主務官庁が分離された点にも留意が必要である。2018年5月に、医療行政の機能を人力資源・社会保障部およびその他の組織から移して一本化し、国家医療保障局が新たに設立された。これによって、介護保険制度の監督・管理は従来通り人力資源社会保障部が担うが、医療保険基金の管理権限は国家医療保障局に移管されたのである。今後、急速な少子高齢化にともなう介護保険の給付増加も考えられ、2020年以降は、個人や企業への保険料負担の導入や料率の引き上げによる財源の確保に舵を切っていく必要があるであろう。
(2018年08月27日「基礎研レポート」)
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経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
片山 ゆきのレポート
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