2018年08月14日

IAISがICS(保険資本基準)Version2.0のための公開協議文書を公表-新たな保険負債評価の割引率アプローチ等を提案-

中村 亮一

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(4) 基本イールドカーブへの調整のオーバーシュートの可能性
MAV割引率調整の開発は、検討中の多数の目標とインセンティブを考慮すると、複雑なプロセスである。

調整の一般的な目的は、金融市場における信用スプレッドの過大な期間による、資本リソースの潜在的に過度なボラティリティを緩和することである。また、シンプルさと正確さのバランスをとることを目指している。同時に、調整は、高利回り(したがってリスクの高い)資産への投資に対するインセンティブの導入を避けるために、いくつかのガードレールを組み込んでいる。

3バケットアプローチは、3つの異なる方法論(バケット)と一連の定量的及び定性的な制約(例えば、トップとミドルバケットの適格基準、資産適格性コンセプト、ICS格付けカテゴリ4のガードレール又は適用比率)の組み合わせを通じて、これらのコンフリクトを起こす目標の間の良好なバランスを達成することを目指している。

3バケットアプローチの一般バケットに指摘されている最も一般的な批判の1つは、各IAIGの特定の資産保有から大きく逸脱する可能性のある、通貨規模の代表ポートフォリオの使用により導入されるベーシスリスクの程度である。これは、スプレッドストレスに対する資産及び負債の反応が連携されず、ストレス期間において利益が出現(オーバーシュート)したり、損失が高すぎると見なされるケース(過剰な資本リソースのボラティリティ又はアンダーシュート)のような直観に反する結果を生じさせる状況につながる可能性がある。

2017年フィールドテストの結果は、相当数のボランティアグループにとって、スプレッドが拡大すると資本リソースが増加することを示した。このような場合、負債の価値の低下は資産の価値の下落を上回り、信用スプレッドの調整メカニズムは実際には「オーバーシュート」している。トップバケットは資産と負債の密接なつながりに基づいているため、オーバーシューティングは一般バケットの設計に起因していた。

理論的には、このオーバーシュート効果には2つの要因がある。まず第1に、特定の会社が代表的なポートフォリオと比較して比較的安全な債券ポートフォリオを保有しているという事実によって、それは推進され得る。これは、資産のスプレッドの変動が、負債の価値の変動を計算するために使用されるスプレッドの変動よりも小さいことを意味する可能性がある。第2に、会社の負債が、その実質的な資産よりも(実質的に)より長いデュレーションを有するという事実によって、オーバーシュートが引き起こされる可能性がある。調整は、負債を割り引くために曲線全体に適用されるので、調整は、たとえ会社の債券ポートフォリオの、信用格付けが代表ポートフォリオの信用度と全く同じであったとしても、オーバーシュートする可能性がある。

IAISは、代表的なポートフォリオアプローチが一般バケットにとって適切であると考えているが、高利回り資産に投資するインセンティブを避けるため、この方法論によって導入される可能性のあるインセンティブについて懸念がある。

より具体的には、負債が資産より(かなり)長いために信用スプレッド調整がオーバーシュートすると、会社は実際には高利回り資産に投資することによって資本リソースの変動を減らすことができる。このようにして、法的枠組みは、評価の影響がより低い信用度の資産ポートフォリオに起因するリスク負担の増加を上回る場合に、より高利回りの資産へのエクスポージャーを増加させるように、会社にインセンティブを与えることができる。
2|GAAP調整アプローチ(GAAP Plus
(1)概要-GAAP Plusの位置付け―
IAISは、KL合意セクション2.5に規定されているように、GAAP Plusの報告は、2019年のフィールドテストとICS Version 2.0の採択に続くモニタリング期間(2020年~2024年)のオプショナルなICS非開示報告の構成要素となることを決定した。KL合意は、GAAP PlusはICSの下で実行可能な選択肢のままであるが、監督者の要請に応じてのみ非開示報告に含まれると規定している。

また、IFRS及び米国GAAPに基づく一定の会計基準の変更は、GAAP Plusの設計に重要な影響を与える。これに対応して、IAISは米国及びIFRS GAAP Plusアプローチのフィールドテストを2年間、モニタリング期間(2020年と2021年)に延長することを決定した。これにより、米国GAAP及びIFRSの下でのボランティアグループの報告に、保険負債の評価、資産分類/測定及び信用減損に関連する新しい会計規則を採択し、IAISがこれらの新しいルールを考慮したGAAP Plusのアプローチを開発する時間を与えることになる。日本のGAAP Plusのタイムラインは影響を受けておらず、元のタイムラインと引き続き整合し、2019年のフィールドテストを終了し、2020年にモニタリングと非開示の報告を開始する。

(2)設計とアプローチ
GAAP Plusの出発点は、IFRS、米国又は日本のGAAP又はそれぞれのIAIGに適した法定ベースにかかわらず、監査された一般目的の連結グループ財務諸表である。

GAAP Plus(セクション7.4)に関する2018年フィールドテスト技術仕様書は、ICS GAAP Plus貸借対照表に到達するために必要な調整の概要を説明している。調整は、連結グループ報告の目的で使用される基礎となる管轄GAAPに基づいて異なる。各管轄GAAP Plusアプローチは、以下の原則に基づいて開発された。

・MAVアプローチと同様に、GAAP Plusで規定されている調整は、貸借対照表上の最も意味ある重要な項目、具体的には保険関連負債と投資資産のみに対処すべきである。比例原則が適用される。

・可能な限り、調整は、基礎となる監査済GAAP財務報告書の金額、あるいは独立した外部監査の対象となるプロセス及び/又はシステムから生じる金額に基づくべきである。その目的は、各IAIGの既存のGAAPベース、報告プロセス、関連する内部統制ならびに監査機能を所与として、実行可能でありかつ独立した保証のレベルで、必要な調整を導出することである。

・投資資産は、IAIGの監査済GAAP財務諸表の報告残高と一致する基準で評価されるべきである。

・保険負債(及び再保険資産/負債)は、IAIGの監査済GAAP財務諸表の報告残高と整合的なベースで評価され、既存の管轄GAAPとそれに由来する指示された調整を用いて、実行可能な程度まで、(ICP 14評価の下で定義されたように)現在推計を近似する割引キャッシュフローを作成するために、必要に応じて調整された基準で評価されるべきである(現在推計に関する追加の詳細情報についてはICP 14.8を参照のこと)。

・保険資産及び負債は、非経済的ボラティリティが最小限に抑えられるように一貫して扱われるべきである。会社間の比較可能性を達成するためには、特定の負債及び資産の評価をいくつかの管轄GAAPのために調整するために資本リソースを調整する必要がある。他の場合には、この目的は、保険負債を割り引くために使用される利回り曲線の調整を通じて達成される。

・自己資本と控除-資産と負債の一貫性のある取扱と非経済的ボラティリティに対処するために、管轄区域GAAPを調整するだけでなく、ICS資本に関する全ての調整は、他のアプローチと同様にGAAP Plusにも等しく適用する必要がある。

・税効果-繰延税金は、MAVアプローチの場合と同じ取扱にする必要がある。

なお、CDは、各項目の調整に対する考え方等を述べているが、ここでは「保険負債」に関する内容だけを報告する。さらに、日本のGAAP Plusに関しても説明されているが、ここでは報告しない。

保険負債は、保険コア原則14 - 評価(ICP 14)に記載されている現在推計の定義に適合するように調整される。GAAP Plus調整は、準備金に埋め込まれた不利な乖離に対するマージンや引当金を取り除き、全ての現在の情報を考慮に入れるために前提条件を更新する役目を果たす。MAVとは対照的に、GAAP Plusは、割引前提を所定の利回り曲線やレートで置き換えない。むしろ、各管轄区域において、どのような割引が実施されるべきかに関して特定することに、管轄区域のGAAP規則及び業界実務者(公認会計士及びアクチュアリー)に依存している。

GAAP Plusの下でこのアプローチをとることを決定する際に考慮されたトレードオフがある。異なる会計ルールを適用しているIAIGs間の比較可能性の欠如につながる可能性があるローカルGAAPが割引に対処する方法に違いがあるかもしれない。しかし、GAAP Plusの下では、ローカル割引アプローチを使用することによって生じる差異は、実際に適切であり、異なる管轄区域で観察される負債の性質及び貸借対照表の全体構造をよりよく反映する可能性があると主張されている。会計基準設定者が割引方法を定義する責任を負う。割引ルールの適用は、堅牢な保険数理上の基準及び監査実務によって支えられている。また、公的及びグループの法定報告の両方に対して単一の会計制度の使用を最大化することによって得られるコスト及び効率性を考慮する。

一定の保守的なガードレールが過度に積極的な割引前提を制限することを要求する可能性があることを認識しており、これはGAAP Plusの開発における次のステップである。GAAP Plusアプローチに不可欠なこのようなガードレールやその他の運用基準の設計と開発に関連する多くの疑問がある。

GAAP Plusの全体的な設計がまだ固まっていないため、これまで重要な議論はなされていないが、割引及びGAAP Plusに関連する保守的な制約の可能な設計を評価することが現時点で適切である可能性がある。IAISは、市場ベースの割引曲線の文脈で使用される長期フォワードレートの処方が可能であるか、又はブック利回りのブレンド・レートにおける再投資の仮定が適切か又は必要かを評価している。また、米国GAAP Plusに基づく有配当契約の割引に使用される配当ファンドの信用レートに関する指針の必要性、及び米国GAAP Plusに基づく再投資の前提とブック利回りのブレンド方法に関するガイダンスも考慮されている。そして、原則ベースの基準であり、割引率を設定するために複数の方法を認めているIFRS第17号-保険契約に関して、IAISは、実務の範囲を適切に狭めるガイダンスを提供する必要があるかどうかを評価している。これらの項目に関する具体的な議論は、後に続くGAAP Plus管轄アプローチに関する関連セクションに含まれている。しかし、このセクションでは一般的な質問が提供されている。
 

6―内部モデルの取扱

6―内部モデルの取扱

今回のCDにおいては、内部モデルの問題に関するステークホルダーのフィードバックを求めているので、これについても簡単に報告する。

1|内部モデルの位置付け等
IAISは、2017年11月に内部モデルの使用がICS資本要件を計算するための実行可能な選択肢であり、モニタリング期間終了時までにICSに含めるとみなされることに同意した。その後、IAISは以下のことを明確にした。

・内部モデルの使用から得られる結果のIAIGsによる報告は、GWSの選択肢である。

 ・IAISは、モニタリング期間中の内部モデル結果の報告を支援するために、IAIGsや他の関心のあるボランティアグループが使用するためのテストと標準の形式で一連の必須条件(prerequisite)を開発する予定である。

 ・モニタリング期間は、内部モデルがICSの実施の一環としてPCRとして受け入れられる場合に、どのテスト及び標準が開発されるべきかについて、IAISに通知する機会を提供する。

内部モデルの適用範囲は、ICS資本要件の計算に限定され、資本リソースや評価(例えばMAV)などICSの他の分野には適用されない。したがって、内部モデルの開発は、ICS資本要件の代替計算のみ導入することを意図しているが、IAIGの資産及び負債の評価は、IAISによって定められた方法に従って引き続き計算される。しかし、IAISは、モニタリング期間中に内部モデルに埋め込まれた評価基準とICSの評価基準との間のコンバージェンスを期待している。

2|内部モデルの必須条件
CDでは、モニタリング期間中の追加報告の一部としての内部モデルデータの提出のための必須条件を設定し、コンサルテーションの下で内部モデルの問題に関するステークホルダーのフィードバックを求めている。具体的な必須条件の項目だけを挙げると、以下の通りとなっている。

必須条件1:内部モデルの適用範囲の記述
必須条件2:検証
必須条件3:IAIG取締役会のサインオフ
必須条件4:統計的品質テスト
必須条件5:較正テスト
必須条件6:使用テストとガバナンス
必須条件7:文書化基準
必須条件8:チェリーピッキングの不在
必須条件9:結果として生じるICS資本要件は、より適切に、保険会社のリスク・プロファイルを反映する。
必須条件10:部分内部モデルと標準方法の結果をどのように統合できるかを説明する。
 

7―まとめ

7―まとめ

今回のレポートでは、ICS Version 2.0 CDについて、その全体の概要と具体的な内容については保険負債評価に使用する割引率に焦点を絞って報告した。

ICSはIAIGsのための資本基準であり、IAIGsには、日本の大手の保険会社も指定されていくことが想定されている。さらには、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制の検討においては、IAISにおけるICSを見据えた形でのフィールドテストも行われてきている。

ICSの制定については、欧州と米国、さらには日本を含めた世界各国の意見を踏まえて検討が進められており、着実に進展してきている状況にはあるが、引き続き各種の課題を抱えている。クアラルンプール(KL)合意によって、とりあえず2019年にICS Version 2.0が採択されるが、当初の5年間はモニタリング期間として、PCRとしてはみなされずに、2025年以降において連結PCRとしての採択を目指す形になっている。

まずは、2019年のICS Version 2.0の採択に向けて、今回のCDに対するフィードバックを踏まえて、ステークホルダーとの協議等が進められていくことになる。ただし、今回取り上げた参照ICSにおける「保険負債評価の割引率」についても、保険業界側からはかなりの異論も出されているようである。ICS Version 1.0の考え方からの変更が行われているが、業界側との意見の隔たりは引き続き大きい部分がある模様である。

保険業界は、これまで、より投資実態を反映した形での割引率の設定が適切であるとの考え方から、例えば、ICS Version 1.0で提案されていたOAG(Own Assets with Guardrails Option:ガードレール付きの自己資産オプション)を支持してきたと思われる。これにより、外債や株式及び不動産投資からの超過収益をリスクフリーレートに上乗せすることができることになる。

今後3バケットアプローチの考え方がベースになっていくとした場合には、できる限りトップバケットやミドルバケットの適用が望まれることになるが、それらの実際の適用条件はかなり厳しいものとなっている。一般バケットでの適用が中心になった場合には、特に日本の生命保険会社にとって、日本円でのスプレッド調整の水準がかなり低いものとなってしまうことになる。

こうした観点から、保険業界サイドとしては、3バケットアプローチにおける各バケットの適用条件の緩和等を含めた見直しや、引き続きOAG等のより投資実態を反映した形での割引率の設定を求めていくものと想定されることになる。その意味で、「保険負債評価の割引率」を巡る問題は、まだまだホットな問題であり続けることになる。

ICSについては、監督当局や大手の保険会社にとどまらずに、全ての保険会社等の関係者が、その動向を注意深く見守っていることから、その設定を巡る動きについては、今後も引き続き注視し、適宜フォローしていくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年08月14日「基礎研レポート」)

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