2018年03月28日

2020年。全国で文化の祭典を

東京2020文化オリンピアードを巡って(3)

吉本 光宏

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3|期待できる成果――レガシーを考える
(1) 地域における文化の成功体験を継承、発展させる
文化オリンピアードに関して、もうひとつ考えておかなければならないことがある。未来にどのようなレガシーを継承すべか、である。これは実施する事業の内容や方法によって、様々ものが考えられるだろう。

例えば、地域の文化や伝統にスポットライトを当てた事業を実施すれば、それらの再発見や再評価につながり、地域に対する誇りが生まれるかもしれない。新たな芸術作品の創造に取り組めば、それを文化的な資産として次代に継承、発展させることも考えられるだろう。それまで文化に関心の低かった人たちの参加を促すことができれば、それも大きなレガシーになる。

前述のとおり、2021年以降のインバウンドに結びつけば、観光や経済面の効果も生まれる。文化オリンピアードや文化プログラムによって、市民や地域、あるいは行政組織が、文化や芸術の必要性や重要性を理解し、今後の文化行政に活かしていくことにも期待したい。

それらに加え、筆者が最も重要だと思うレガシーは、文化プログラムの成功体験を有する人材である。地域にとってなぜ文化や芸術が必要なのか、文化事業にはどんな可能性があり、どんな成果がもたらされるのか、ということを実際に経験した人材を育むことができれば、それこそが文化オリンピアードや文化プログラムのレガシーになるのではないだろうか。彼らが、2021年以降も意欲を持って文化事業に取り組めば、文化を通した地域活力の創出につながるからである。

しかしそのためには、そうした人材が活躍できる環境や仕組みを整えなければならない。文化関係者の間では、東京2020大会に向けて、国も地方も文化に力を入れるが、2020年が終わればその機運は一気にしぼむのではないか、という危惧が囁かれている。アートNPOなどで文化の仕事に携わる若い人材には、一時的に仕事が集中しても、その後は使い捨てられるのではないか、という不安の声すらある。

そうした事態を避け、文化的なレガシーを継承、発展させるためには、2021年以降の文化ビジョンを描いておく必要がある。つまり、そのビジョンを達成するために、今から2020年までの戦略を立て、文化オリンピアードや文化プログラムを企画・実施する、ということである。

それは、先に述べたとおり、文化プログラムの実施について原点に立ち返って検討することに他ならない。本項で紹介した静岡県文化プログラムやアーツカウンシル新潟は、その好例であろう。
(2) スポーツと文化を基軸にした新たな成熟社会のモデルを
最後に、文化オリンピアードが東京2020大会全体のレガシーにとってどのような意味があるか、考えておきたい。

前回の東京オリンピックは、1964年という日本が戦後の復興から経済大国への道を歩み始めるタイミングで開催された。開会式の直前に開通した東海道新幹線、その前後で急速に整備が進んだ首都高速はその象徴的な存在だった。その後日本は、世界中が驚く高度経済成長を遂げ、先進諸国の仲間入りを果たした。東洋の小さな敗戦国が、経済的な発展を遂げ、世界の列強と肩を並べる様は、経済発展から取り残された途上国や世界中の小国にも夢や希望を与えた。日本は1964年の東京大会を機に、経済発展とそれに基づいた豊かな国づくりのモデルを世界に提示したのである。

しかし、今は当時とまったく状況が異なっている。人口減少が始まり、超高齢社会に突入した日本。2011年3月には東日本大震災が発生し、原発事故を含め復興は道半ばである。2012年12月に始まった景気回復局面は、64年五輪直後の「いざなぎ景気(1965年11月~70年7月)」を超えて戦後2番目の長さになったというが、多くの人はそれを実感できずにいる。地方都市では過疎と高齢化が進み、地域創生が大きな課題になっている。

そうした中にあって、東京2020大会で日本は世界に何をアピールし、どんな夢を提示することができるのだろうか。大会ビジョンには「スポーツには世界と未来を変える力がある」と謳われている。ぜひそのことを世界に示す大会になってほしいと思うが、世界と未来を変えることに文化も大きな力を発揮できるはずだ。

【スポーツ基本法と文化芸術基本法】
近年、スポーツの社会的な役割は大きく変化してきた。それを端的に示しているのが、3年後のオリンピック開催を見据えて1961年に施行された「スポーツ振興法」が2011年に「スポーツ基本法」への改正されたことである。名称が示すとおり、前者はスポーツの振興を目的にしていたのに対し、後者はスポーツの役割を幅広く捉え、前文でその理念が明確に示されている。

例えば、スポーツは「他者を尊重しこれと共同する精神、公正さと規律を尊ぶ態度や克己心を養い、実践的な思考力や判断力を育む」「人と人との交流及び地域と地域との交流を促進し、地域の一体感や活力を醸成するものであり、人間関係の希薄等の問題を抱える地域社会の再生に寄与する」「健康で活力に満ちた長寿社会の実現に不可欠である」などである。

一方、2001年に施行された文化芸術振興基本法も、昨年6月に文化芸術基本法に改正された。改正の最大のポイントは、文化芸術の振興にとどまらず、文化芸術の生み出す幅広い価値に着目し、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他の各関連分野における施策を法律の範囲に取り込んだことである。

つまりスポーツも文化芸術も、社会的な役割が大きく広がり、それが重視されるようになってきたと言える。こうした動向を踏まえると、東京2020大会は、スポーツと文化が両輪となって、日本に新たな活力をもたらすきっかけにできる可能性がある。

【文化には世界と未来を変える力がある】
日本は世界のどの国も経験したことのない超高齢社会に突入した。欧米諸国やアジアの国々もやがては同じような高齢社会を迎える。しかし今日の日本ほど、高齢者がスポーツや文化を楽しんでいる国は他にあるだろうか。皇居一周マラソンや富士登山に取り組むお年寄りが多いことに、外国人は一様に驚くそうだ。本格的な音楽や演劇に取り組んで、新たな生きがいを見出す高齢者は全国に広がっている。高齢者施設ではお年寄りがアーティストのワークショップに参加することで、様々な効果が生まれている。

老いても元気で豊かな国、それをスポーツと文化が支えている。東京2020大会で、そうした日本の姿を世界に示し、レガシーとして発展させていくことはできないだろうか。64年の東京大会の後に日本が実現した経済成長を夢見るのではなく、成熟した新たな国の可能性を世界に提示する。先に紹介した圧倒的な市民参加のアイディアは、まさしくそのことを世界にアピールする文化プログラムになるはずだ。

もはや、経済だけで豊かな社会を築いていくことには限界がある。半世紀前の東京五輪をきっかけに日本は経済成長に邁進し大きな成功を収めたが、その価値観に縛られてはならない。もちろん経済活動は国の基本を支える重要な柱である。しかし、それ以外にも豊かな社会を作る手立てがあるはずだ。文化にはその可能性が秘められている。スポーツだけではなく「文化には世界と未来を変える力がある」ということを世界にアピールするためにも、2020年には全国で文化の祭典を実現すべきだ、と思うのである。

それこそが、オリンピック憲章の「オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求する」ことであり、近代五輪の祖、クーベルタン男爵が残したといわれる“The Olympics is the wedding of sport and art”24の実現に他ならない。

残された時間は2年と少し。東京2020大会を文化からも成功に導くには、いよいよ正念場である。
 
24 LOCOG, London 2012, Cultural Olympiad Sponsorship Prospectus, December 2008
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吉本 光宏 (よしもと みつひろ)

研究・専門分野

(2018年03月28日「基礎研レポート」)

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