2018年01月31日

2018年度の公的年金額は、なぜ据え置かれるのか?-年金額の改定ルールと年金財政への影響、見直し内容の確認

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2|年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)にも特例ルールが適用
厚生労働省のプレスリリースでは、年金財政健全化のための調整ルールについて図表12のように書かれています。この「※2」に記載されているように、2018年度分の改定では本則の改定率がゼロ%だったため、図表7に記載した調整ルールの特例aに該当して、年金財政健全化のための調整は行われません。この結果、調整後の改定率は本則の改定率と同じゼロ%となりました。

年金財政への影響について考えると、年金財政健全化のための調整ルールの特例ルールが適用される場合には、年金財政の健全化に必要な措置(マクロ経済スライド)が十分に働かないことになるため、年金財政の悪化要因となります。

今回の改定で適用されるはずだったマクロ経済スライドのスライド調整率は、▲0.3%でした(図表12の参考指標の部分)。前述およびプレスリリースの参考2のとおり、2018年度分からこの未調整分は繰り越され、2019年度分以降で特例に該当しない年度に、その年度分の調整と累積された未調整分を合わせて調整する仕組みになりました(図表7右)。
図表12 2018年度の年金額改定に関する厚生労働省のプレスリリース (マクロ経済スライド関連)
3|2018年度分の改定における適用状況のまとめと将来への影響
ここまで見てきたとおり、2018年度分の改定では、本則のルールと年金財政健全化のための調整ルールの双方において、特例ルールが適用されました。

再掲すると、本則のルールにおいては、賃金上昇率(▲0.4%)よりも物価上昇率(+0.5%)が高かったため、新しく受け取り始める年金の改定率も受け取り始めた後の年金の改定率もゼロ%(年金額を据え置き)になりました。この特例の適用は、年金財政の支出である給付費の伸びが、主な収入である保険料の伸びを上回る方向に働くため、年金財政のバランスを悪化させる要因になります10

また、年金財政健全化のための調整ルールにおいては、本則の改定率がゼロ%であったため、年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率。▲0.3%)が適用されず、調整後の改定率は本則の改定率と同じゼロ%となりました。ここにおいても、年金財政健全化のための調整が行われなかったため、年金財政のバランスが悪化する方向に働きます。このように、2018年度分の改定では、2つの特例によって年金財政に悪影響を与えることになりました。

このように特例が適用されて年金財政のバランスが悪化する方向に働くと、将来の給付水準が低下する可能性が高まります。現在の年金財政は、年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)をいつまで適用するかを調整して、財政のバランスを取る仕組みになっています。このため、特例が適用されて年金財政のバランスが悪化する方向に働くと、年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)を適用する期間の長期化が必要となり、予定していた調整(マクロ経済スライド)終了以降の年金の給付水準(所得代替率)が低下する方向に働くことになります11

しかし、今回の改定から年金財政健全化のための調整において、未調整分の繰り越しが始まりました。繰り越しされたとは言え先送りされたことには変わりなく、繰り越し分が精算されるかも不確定ですが、以前の制度よりは年金財政の健全化、すなわち将来世代の給付水準の低下抑制に向けて、一歩前進したと言えるでしょう。
 
10 このことは、給付水準の指標である所得代替率を使っても説明でき、政府はこの方法で説明しています。このケースにおける所得代替率は、分子(年金額)の伸びが分母(現役の賃金)の伸びを上回るため、上昇することになります。そうすると予定よりも給付費が必要になるため、年金財政のバランスが悪化する要因になります(図表4)。
11 経済や人口の動向によっても年金財政健全化のための調整期間は変動するため、年金額改定の特例が適用されたからといって、将来の給付水準が必ず低下するわけではありません。しかし、経済や人口の動向が見込みどおりであれば、年金額改定の特例の適用によって将来の給付水準が低下します。
4|今後の見直しの影響(仮に2018年度分の改定に見直しが適用された場合)
さらに、2021年度から施行される本則の改定ルールの見直しの影響を見るために、仮に2018年度分に見直しが適用されていた場合を計算してみると、図表13のようになります。

まず、本則の改定ルールは、賃金上昇率がマイナスで物価上昇率がプラスなので、パターン⑤に該当します。パターン⑤の場合、現在の仕組みでは新しく受け取り始める年金額も受け取り始めた後の年金額もゼロ%で改定されます(すなわち年金額が据え置かれます)が、見直し後は両者とも賃金上昇率で改定されるため、新しく受け取り始める年金額も受け取り始めた後の年金額でも、本則の改定率が▲0.4%になります。

次に、年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)は、現在の仕組みでは本則の改定率がゼロ%なので、特例aに該当して調整率が適用されません。見直し後は、本則の改定率がマイナスなので、特例bに該当して調整率が適用されません。このように、現行制度でも見直し後でも調整率が適用されないため、繰り越される未調整分はどちらも同じ値(本来のスライド調整率である▲0.3%)になります。

前述のとおり、2021年度に予定されている見直しによって、年金財政の健全化、すなわち将来世代の給付水準の低下抑制はもう一歩前進します。一方で、現行の改定ルールの下では±0.0%だった改定率が見直し後では▲0.4%となり、当面の受給者にとっては現行よりも厳しい年金額の改定となります。施行時期までまだ時間がありますが、既に決まっている改正ですので、その意義や影響について理解を深めておく必要があるでしょう。
図表13 見直しの影響例 (2018年度分の実際の改定率と、仮に見直しが適用された場合との比較)

4 ―― 今後の注目点

4 ―― 今後の注目点:消費税率の引き上げを控えて、2019年度の改定が焦点に

今後の注目点は、今回の改定で繰り越した年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)の未調整分が、2019年度分の改定で適用(精算)されるかどうかです。年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)は今回(2018年度分)の改定から見直されましたが、未調整分の精算は2019年度分からになるため、適用されれば初めてのケースになります。

未調整分が精算されるには本来の改定率がある程度高めになる必要があるため、2019年度分の改定の基準になる2018年(暦年)の物価動向などが注目されます12。未調整分を精算できる状況の場合、既に決まったルールとは言え現在の受給者にとっては厳しい改定になるため、2019年10月に予定されている消費税率の8%から10%への引上げを前に、政治問題化せずにルールどおりに適用されるのかが、注目されます。

物価動向などにより2019年度分の改定で未精算分を精算できない場合は、2020年度分に繰り越されます。2020年度分の改定に使われる物価上昇率は2019年暦年平均の物価上昇率で、消費税率引き上げの影響が3か月分(10~12月分)反映されるため、ある程度高めの水準になると予想されます。高めになれば未調整分が精算される可能性が高まりますが、2018年度と2019年度から繰り越した未調整分が累積しているので、2020年度分の調整とあわせた調整を1度に行う形になります。そのため、消費税率引き上げの影響が直接的に現れている中でルールどおりに精算されるかが、2019年度分の改定よりも難しい政治問題になる可能性があります。2019年度分の改定で未調整分が精算されれば2020年度分の調整は当年度分だけで済むため、その意味でも2019年度分の改定が注目されます。
図表14 年金額改定の実績と見通しの例
 
12 物価上昇率がプラスでも賃金上昇率(正確には名目手取り賃金変動率。図表2)がマイナスの場合には、2018年度分の改定と同様に本則の改定率がゼロ%になり、2019年度分の調整率と未調整の繰越し分の合計が2020年度に繰り越されます。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2018年01月31日「基礎研レポート」)

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