2018年01月31日

2018年度の公的年金額は、なぜ据え置かれるのか?-年金額の改定ルールと年金財政への影響、見直し内容の確認

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2 ―― 改定ルールの見直し:特例を見直し、年金財政の悪化を抑制

2016年秋に開催された臨時国会では、国民年金法等改正案(2016年3月11日国会提出、同年12月14日成立)5が野党から「年金カット法案」と呼ばれ、話題になりました。同法案の内容は多岐にわたりますが、話題になった「年金カット」の部分はまさに年金額の改定ルールを見直す内容でした。
 
5 同国会ではこの法案とは別に、年金の受給資格を得るために必要な保険料の納付期間(受給資格期間)を25年から10年に短縮する国民年金法等改正案(いわゆる改正年金機能強化法案。2016年9月26日国会提出)が審議され、成立しました。
1|見直しの背景
これまで述べたように、年金額改定では本則の改定ルールと年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の双方に特例ルールが存在し、特例に該当した場合には年金財政に悪影響を与えることになります。これらの特例がたまに起こるのであれば大きな問題はありませんが、これまではほとんどの年度で特例に該当しました。

本則の改定では、2006年度以降はずっと特例(図表3のパターン④~⑥)に該当しており、特に年金財政に悪影響を与えるパターン(図表3のパターン⑤と⑥)が多くなっています(図表9)。年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)では、初実施となった2015年度に原則に該当しましたが、その背景には2014年4月に消費税の税率が引き上げられた影響で物価上昇率が高めだった、という特殊事情がありました。2016年度以降は、特例に該当して年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)は稼働しませんでした(図表9)。また、2014年度以前に年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)が実施されていたと仮定した場合にも、特例に該当して年金財政に悪影響を与えるパターンが多くなっていたと想定されます(図表9のグレーの部分)。

このように、年金財政への悪影響が積み重なっており、また将来に向けても同じ状況が繰り返される懸念があるため6、特例ルールが見直されることになりました。
図表9 2004年改正以降における、年金額改定関連の諸数値と改定パターンの推移
 
6 2014年に公表された政府の将来見通し(財政検証)では、年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)の特例に該当しない経済状況を基本としつつ、物価の変動を仮定し、特例に該当して将来の給付水準が低下するケースも試算されました。ただ、野党から「年金カット」と指摘された本則改定の特例に該当するケースは、この見通しに含まれていませんでした。
2|見直しの内容
(1) 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の見直し(2018年度分から)
年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)は、本稿の1-3|(2)節(p.6)で述べたとおり、2018年度分から既に見直されています(図表7)。現在の特例ルールはそのまま続きますが、特例ルールに該当した場合に生じる未調整分が累積され、特例に該当しない年度に当年度分の調整と累積した未調整分とを合わせて調整されます。
(2) 本則の改定ルールの見直し(2021年度分から)
本則の改定ルールにおいては、賃金上昇率が物価上昇率を下回る場合に適用される特例ルールのうち、年金財政を悪化させるもの(図表3の⑤と⑥)が2021年度分から見直されます(図表10)。

賃金上昇率がマイナスで物価上昇率がプラスの場合(図表3の⑤の場合)は、これまでの特例ルールでは新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率がともにゼロとされていましたが、見直し後は両者とも賃金上昇率で改定されることになります。賃金上昇率と物価上昇率がともにマイナスでかつ賃金上昇率が物価上昇率よりも小さい場合(図表3の⑥の場合)は、これまでの特例ルールでは新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率がともに物価上昇率とされていましたが、見直し後は両者とも賃金上昇率で改定されることになります。

見直しの対象となった⑤と⑥では、現在は収入(保険料)の伸びを上回って支出(給付費)が伸びる形になっているため、年金財政、すなわち将来の給付水準の悪化要因となっています。この見直しにより、⑤や⑥でも④と同様に年金財政への影響が中立的になり、将来給付への悪影響がなくなります。

その一方で、⑤や⑥では本則の改定率が現在より下がることになります。賃金上昇率がマイナスでかつ物価上昇率を下回っているため、名目の年金額が前年度より下がり、物価の伸びと比較した年金額の実質価値も低下します。これが、野党から「年金カット法案」と批判された理由です。確かに、現行制度と比べれば年金額の伸びが低下しますが、それは2004年改正時に設けられた特例部分の見直しです。そして、年金額の改定率が賃金上昇率ということは、年金額の伸びと現役世代の賃金の伸びが同じ、すなわち受給者世代も現役世代も収入の伸び率が同じ、という意味です。つまり、世代間のバランスを考慮した見直しになっているのです。
図表10 本則の改定ルールの見直し内容(2021年度から)
この見直しは年金財政にとって大変有意義ですが、前述したように、施行開始は2021年度と遅めになっています。この理由は、年金額の改定に使う賃金上昇率(名目手取り賃金変動率)に保険料(率)の引上げが影響しなくなってから実施するため、と説明されています7。これは、年金受給者に対する配慮と理解できます。保険料(率)の引上げが影響しない賃金上昇率は影響している賃金上昇率よりも高いため、影響しなくなってから実施することで今回の見直しによる改定率の低下の影響を抑える効果があります。早期に実施された方が、財政悪化の懸念が減って将来の給付水準の低下を防ぐ効果がありますが、現在の受給者は既に退職しているため、制度の見直しで予定外に年金給付が予定より目減りしても家計をやりくりする余地が小さくなっています。遅めの施行時期は、将来への配慮と現在への配慮のバランス、言い換えれば世代間の思いやりが重要であることを示唆している、と言えるでしょう。
 
 
7 社会保障審議会年金部会(2016年3月14日)議事録。年金財政について考えれば、2020年度までは、保険料の計算基礎となる賃金(税・保険料等控除前)の上昇率と比べて年金額改定に使われる賃金上昇率の方が低いため、財政改善効果があります。2021年度以降はこの効果がなくなりますが、それを一部補完する形で今回の見直しが機能することになります。
 

3 ―― 2018年度分の年金額改定(プレスリリースの解説)

3 ―― 2018年度分の年金額改定(プレスリリースの解説):特例が適用され年金財政に悪影響

ここでは、2018年度分の年金額改定に関する厚生労働省のプレスリリース資料を見ながら、前述した改定ルールが今回の改定でどのように機能しているかを確認します。
1|本則の改定に特例ルールが適用
2018年度分の改定に関する厚生労働省のプレスリリースでは、【年金額の改定ルール】欄の破線枠部分に、本則の改定ルールのことが書いてあります(図表11)。破線枠の下に記載されている参考指標を確認すると、物価変動率(物価上昇率)が+0.5%、名目手取り賃金変動率(賃金上昇率)が▲0.4%なので、本則改定のパターンは図表3の⑤に該当します。このため、本則の改定率は、新しく受け取り始める年金額も受け取り始めた後の年金額もゼロ%になり、2017年度と同額になりました。

年金財政への影響について考えると、年金額の改定率がゼロ%なのに対して、賃金上昇率(名目手取り賃金変動率)は▲0.4%8となっています。つまり、支出の単価の伸び(年金額の改定率)が、保険料収入の単価の伸び(賃金上昇率)9を上回っているため、年金財政のバランスは悪化する方向に働きます。
図表11 2018年度分の年金額改定に関する厚生労働省のプレスリリース (本則改定ルール関連)
 
8 厳密には年金額の改定率と賃金上昇率の対象時期を揃える必要がありますが、単純化のために時期のずれを捨象し、厚生労働省のプレスリリースに掲載されている数値を使っています。
9 保険料収入の単価の伸びには保険料率の変化も影響しますが、保険料率は2017年度に固定されています。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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