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- まるわかり“内部留保問題”~内部留保の分析と課題解決に向けた考察
2017年11月30日
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4―企業発の好循環を起こすには、どうすればよいか?
このように、企業の立場で考えると、なかなか資金を前向きに使えない事情も理解できる。しかし、このままだと、いつまでたっても経済の本格的な好循環が起こらない。企業発の好循環を起こすためには、どうすればよいのだろうか?
安倍首相は就任以来、経済界に対して賃上げの要請を繰り返しており、今年も10月の経済財政諮問会議において、来春闘に関して、「3%の賃上げが実現するよう期待したい」と具体的な数値まで挙げて賃上げを要請している。ただし、政府からの賃上げ要請があまり効果を持たなかったことは、これまでの実績が証明している。やはり、具体的なアクションが必要だろう。
安倍首相は就任以来、経済界に対して賃上げの要請を繰り返しており、今年も10月の経済財政諮問会議において、来春闘に関して、「3%の賃上げが実現するよう期待したい」と具体的な数値まで挙げて賃上げを要請している。ただし、政府からの賃上げ要請があまり効果を持たなかったことは、これまでの実績が証明している。やはり、具体的なアクションが必要だろう。
(1) 内部留保への課税は本末転倒になる恐れ
まず、内部留保の活用を促す議論のなかで、しばしば言及される方策が内部留保課税だ。内部留保へ課税を行うことを通じて、賃金等へ資金を向かわせる考え方であり、ストックベースの内部留保、すなわち利益剰余金残高に対して課税するという方法と、毎年のフローベースでの内部留保額に対して課税するという方法がある。
ただし、内部留保はストックベースにせよフローベースにせよ法人税を一度支払った後の利益であるため、さらにこの部分に課税するということは二重課税に当たるという問題がある。
まず、内部留保の活用を促す議論のなかで、しばしば言及される方策が内部留保課税だ。内部留保へ課税を行うことを通じて、賃金等へ資金を向かわせる考え方であり、ストックベースの内部留保、すなわち利益剰余金残高に対して課税するという方法と、毎年のフローベースでの内部留保額に対して課税するという方法がある。
ただし、内部留保はストックベースにせよフローベースにせよ法人税を一度支払った後の利益であるため、さらにこの部分に課税するということは二重課税に当たるという問題がある。

そうでなくても、日本の法人税率は国際的には高い部類に入る(図表25)。さらに、米国は現在進めている税制改革の中で法人税率の引き下げを目指しており、実現すれば日本の法人税率はますます競争力を失うことになる。
内部留保課税が導入されれば、日本で利益を計上することを避けるため、企業が海外へ本社や事業所・工場などを移してしまうリスクがある。そうなると、日本の雇用や産業集積が損なわれる。税負担が増した企業において、その穴埋めのために投資や人件費を削る動きが出てくることもあり得る。どちらも本末転倒の事態となる。
(2) 賃上げ・設備投資を促す減税の拡大に注目
内部留保課税の考え方と対極的な方法に位置付けられるのが、賃上げ・設備投資に積極的な企業に対する減税だ。賃上げや設備投資のインセンティブを高める「太陽政策」に当たる。現在も既に賃上げした企業に対する「所得拡大促進税制」5や中小企業向けの設備投資減税6などが存在している。このような政策は企業の賃上げや設備投資といった前向きな動きをある程度後押しするものの、企業全体への効果は、既述のとおり、今のところ限定的に留まっている。
ただし、報道によれば、政府は2018年度の税制改正で賃上げ(3%以上)や設備投資に積極的な企業への減税を拡大する一方、賃上げに消極的な企業に対するペナルティ(租税特別措置の非適用)を導入することを検討しているとのことであり、どこまで実効性を高める制度設計が行われるかが注目される。
5 現行制度は、(1)2012年度の給与総額に比べ一定水準(企業規模で差あり)を上回り、(2)給与支給総額が前年度以上、(3)一人当たり給与支給額が前年を上回る(大企業は2%以上)企業に対し、2012年度からの給与増加額の10%+前年度からの給与増加額の12%(賃上げ率2%以上の大企業)or 22%(賃上げ率2%以上の中小企業)を法人税額から控除。
6 生産性向上など一定の要件を満たした中小企業の設備投資に対し、固定資産税の減免や法人減税を実施
内部留保課税の考え方と対極的な方法に位置付けられるのが、賃上げ・設備投資に積極的な企業に対する減税だ。賃上げや設備投資のインセンティブを高める「太陽政策」に当たる。現在も既に賃上げした企業に対する「所得拡大促進税制」5や中小企業向けの設備投資減税6などが存在している。このような政策は企業の賃上げや設備投資といった前向きな動きをある程度後押しするものの、企業全体への効果は、既述のとおり、今のところ限定的に留まっている。
ただし、報道によれば、政府は2018年度の税制改正で賃上げ(3%以上)や設備投資に積極的な企業への減税を拡大する一方、賃上げに消極的な企業に対するペナルティ(租税特別措置の非適用)を導入することを検討しているとのことであり、どこまで実効性を高める制度設計が行われるかが注目される。
5 現行制度は、(1)2012年度の給与総額に比べ一定水準(企業規模で差あり)を上回り、(2)給与支給総額が前年度以上、(3)一人当たり給与支給額が前年を上回る(大企業は2%以上)企業に対し、2012年度からの給与増加額の10%+前年度からの給与増加額の12%(賃上げ率2%以上の大企業)or 22%(賃上げ率2%以上の中小企業)を法人税額から控除。
6 生産性向上など一定の要件を満たした中小企業の設備投資に対し、固定資産税の減免や法人減税を実施
(3) 成長の土台作りが王道
ただし、最も重要になるのは、「企業の成長期待を高める政策」だ。企業が日本の将来の成長に自信を持てるような構造改革(少子化対策、人手不足への対応策、社会保障制度の持続性を高める改革、財政健全化、自由貿易協定の拡大など)に加えて、企業の活躍できるフィールドを広げるための規制緩和が求められる。
ただし、最も重要になるのは、「企業の成長期待を高める政策」だ。企業が日本の将来の成長に自信を持てるような構造改革(少子化対策、人手不足への対応策、社会保障制度の持続性を高める改革、財政健全化、自由貿易協定の拡大など)に加えて、企業の活躍できるフィールドを広げるための規制緩和が求められる。
政府は今年6月に公表した成長戦略「未来投資戦略」において、第4次産業革命(IoT、ビッグデータ、AI、ロボット)の先端技術をあらゆる産業や社会生活で導入する方針と今後の取組みを示した。方向性としては評価できるが、その実現性は不透明だ。実際、政権発足後に昨年度までに4度にわたって策定された成長戦略では言いっ放しや骨抜きになっている施策も多い。それらが実現に至っていない理由を自ら真摯に振り返り、教訓として生かすことが必要ではないだろうか。それが、企業の政策への信頼感を高めることにも繋がる。
また、最近の政治の重心が「教育無償化」などの財政政策に大きくシフトしているのも気がかりだ。教育無償化の意義を否定するわけではないが、その結果、成長のための規制緩和が後回しにされるようでは困る。先進領域は世界的な競争が既に激化しているだけに、政策にもスピード感が求められる。
また、最近の政治の重心が「教育無償化」などの財政政策に大きくシフトしているのも気がかりだ。教育無償化の意義を否定するわけではないが、その結果、成長のための規制緩和が後回しにされるようでは困る。先進領域は世界的な競争が既に激化しているだけに、政策にもスピード感が求められる。

問題は「厳しい労働規制」だ。日本の場合、解雇ルールが曖昧なうえ、解雇の金銭解決ルールも整備されていない。一部従業員に対して労働時間でなく成果に基づいて賃金を支払う「脱時間給制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)」も2014年6月に閣議決定された後、3年以上にわたって法案成立の先送りが続いている。
労働規制は従業員を守るものではあるが、厳しすぎれば企業の制約となり、企業の国際競争力を削ぎ、柔軟な事業展開を阻害してしまう。また、雇用量による人件費総額の調整が難しいことが賃上げを抑制しているほか、雇用の流動性の低さが生産性向上の妨げになっているという面もある。
労働規制の緩和には従業員側の反発も予想され、政治的にはあまり触れたくない領域とは思われるが、前向きな取組みが求められる。
労働規制の緩和には従業員側の反発も予想され、政治的にはあまり触れたくない領域とは思われるが、前向きな取組みが求められる。
(4) 生産性の持続的な向上も必須
さらに生産性の持続的な向上も求められる。生産性が持続的に向上し、企業の生み出す付加価値が増加しないと、賃上げの継続は不可能になる。付加価値が増えないなかで賃上げを続ければ、企業が深刻な赤字に陥ってしまい、存続できなくなってしまうためだ。
実際、図表9で確認できるように、業種別の付加価値増加率と人件費増加率の間には正の関係性、すなわち付加価値増加率が高い業種ほど人件費増加率も高いという関係性がある。
現在は国を挙げて「働き方改革」が進められており、かつてないほど生産性向上への機運が高まっている。政府・企業・従業員が協力して生産性を高めていくことが企業の前向きの動きを促すために極めて重要となる。そして、生産性向上によって増加した付加価値を従業員に適正に分配するルールを労使であらかじめ整備しておくことも有効だろう。
さらに生産性の持続的な向上も求められる。生産性が持続的に向上し、企業の生み出す付加価値が増加しないと、賃上げの継続は不可能になる。付加価値が増えないなかで賃上げを続ければ、企業が深刻な赤字に陥ってしまい、存続できなくなってしまうためだ。
実際、図表9で確認できるように、業種別の付加価値増加率と人件費増加率の間には正の関係性、すなわち付加価値増加率が高い業種ほど人件費増加率も高いという関係性がある。
現在は国を挙げて「働き方改革」が進められており、かつてないほど生産性向上への機運が高まっている。政府・企業・従業員が協力して生産性を高めていくことが企業の前向きの動きを促すために極めて重要となる。そして、生産性向上によって増加した付加価値を従業員に適正に分配するルールを労使であらかじめ整備しておくことも有効だろう。
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(2017年11月30日「基礎研レポート」)

03-3512-1870
経歴
- ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
・ 2007年 日本経済研究センター派遣
・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
・ 2009年 ニッセイ基礎研究所
・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)
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