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アセアンにおける華人・華人企業経営(1)-アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成と特徴点-

平賀 富一
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第1回:アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成と特徴点
第2回:アセアンにおける華人企業グループの形成・発展
第3回:アセアンにおける代表的な華人企業グループの事例
1 「華人」は、一般に、例えばタイやマレーシアなど移住先の国籍を取得した中国系住民(移民とその子孫)のことであり、移住先の国籍を取得していない者は「華僑」と呼ばれるが、両者について厳密に区分しないで使用されることもある。本稿では、特に厳密な使い分けを行う場合を除き、華僑を含めて華人と表記する。
2 厳密には華人系企業と表記するのが適切なケースも多いが、本稿ではその意味も含めて「華人企業」と表記する。
1――アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス
台湾の僑務委員会による僑務統計年報の2015年版によれば、華人の72.3%がアジア地域に所在している(次いで米州の19.3%、欧州4.5%、大洋州2.7%となっている)。下記の図表-1は、アセアン諸国等の国別の華人人口について、台湾の僑務委員会による僑務統計年報の2012年版4とオーストラリアの華字紙(澳洲日報)の2012年の記事中に掲載されたデータをもとにまとめたものである。
このように人口比では多くのアセアン諸国で少数派の華人であるが、その経済力は、各国の経済の7-9割を占めるとしばしば表現されるように大きな影響力を持つとされている。
この点に関し、華人系の有力企業グループ(有力華人家族が所有・経営を行っている)について、その子会社・関連会社を含めたグループの全体像を把握することは困難である。つまり、各グループの所属企業には、株式が上場されており、情報開示が行われているものもあるが、一方で、非上場の企業も数多く、特に各グループの所有・経営に大きな役割を果たす企業(華人ファミリーによってグループを支配する要となる会社も多い)の状況が把握できないケースが多い。図表-2のとおり、米Fortune誌による世界の500大企業の中にランクされているアセアンの華人系企業は、シンガポールの1社(Wilmar International)のみである5が、近年のアセアン諸国の経済発展の中、有力華人企業グループの多くが成長しており、このランキングは実状を十分に示しているとは言えないと考えられる。
さらに、日系企業のアセアンにおける合弁・提携先のパートナーとしても、現地の有力企業である華人企業の事例は非常に多い。この点は次回に詳しく考察する予定であるが、ここではとりあえず、平賀(2017b)で示した、本邦の大手コンビニエンスストア企業の華人系企業グループとの合弁・提携の事例を挙げておく。すなわち、(1)セブン・イレブン(セブン&アイ・ホールディングス)は、タイのCPグループ、マレーシアのベルジャヤ・グループ、(2)ファミリーマートは、タイのセントラル・グループ、フィリピンのルスタン・グループ、インドネシアのウィングス・グループ、(3)ローソンは、タイのサハ・グループなどとなっている。
さらに近年では、アセアン等の華人企業は中国本土への投資家としても重要な位置づけを占めている。中国政府(中央・地方)も、外資企業の位置づけではあるが、所有者・経営者が中国にルーツを有するという特殊な関係にある華人企業の資本力・技術力・人脈などを重視しており、中央政府(国務院)や地方政府に僑務弁公室という特別な対応セクションを設けて対応を図っている。この点に関し、2017年3月31付の日本経済新聞電子版(「華僑、世界の同胞 強権支える 人治の担い手(4)」)は以下のように報じている。「『僑夢苑』。中国全土13カ所に広がる『経済特区』で、華僑の投資を引き出すための仕掛けだ。中華民族の偉大な復興という『中国の夢』を掲げる習(近平:筆者補足)の呼びかけに、すでに約3500社の華僑企業が進出。投資額は3千億元(約5兆円)規模に達する見通しだ。」さらに、同記事によれば「1989年の天安門事件で外資の投資が急減し、危機に陥った中国を救ったのも約六千万人の華僑」としており、中国と華人企業のユニークな関係が分かる。
3 華人・華僑を合計した数値と推定される。華人の人口としては、他に、4千万人-5千万人との報道も見られる。
4 2013年版以降には各国別のデータが掲載されていない。
5 華人企業であるWilmar International以外の多くは各国を代表巣する国有のエネルギー関連企業である。
2――アセアンにおける華人社会の形成と特徴点
・プッシュ要因:中国の貧困地域の住民を東南アジア(現在のアセアン地域)に向けて押し出した要因であり、広東省、福建省、海南省では、可耕地面積が少なく、人口は多いという、農地に対する人口の圧力が非常に強い地域事情により多くの貧しい農民層が存在していた。東南アジアとは、隣接し海洋でつながっているという地理的なファクターも重要であった。
・プル要因:19世紀末から20世紀初、東南アジアでの欧米諸国による植民地経営により食料や工業原材料などの生産・開発や流通のために低賃金での労働力に対する大きな需要があった。その中で東南アジアの現地人は、元々人口が少ないうえに、上記のような労働や商業にあまり関心を持たなかった。例えば、マレーシアでは、錫鉱山やゴム等の農園、インドネシアでは金鉱山、錫鉱山、農園等、その他港湾や建設現場などの労働者(クーリー(苦力))として働き、その後、行商人・露天商から商業、さらに精米業、流通業、卸売・小売業、金融業、不動産業、サービス業(小売・飲食などを含む)などの分野に進出し大きな役割を果たすようになって富を蓄積した。
中国には 「白手起家」という言葉(何もないところから身をおこして財をなすという意味)があるが、まさに華人は異郷で勤勉に働き財をなし家を興すことを目指した。この点に関し、アジア立志伝(鈴木真美・NHK取材班 2014)には、タイのCPグループ総帥のタノン・チャラワノン(中国名:謝国民)が、幼い頃、その父から聞いた教えという「われわれ華僑は、外から来た『よそ者』だと思われないことが大切だ」という言葉が引用されている。
上記のように、現地の社会にとっての部外者である華人(特に現地一世)が生活の基盤を安定させるためには、以下のような重要なポイントがあった。
・現地に溶け込む努力:現地の風俗・習慣・文化の理解、現地語の習得、権力者との関係の強化
・助け合いや協力・支援:出身地や言語8(中国における地方方言)、職業などを同じくする集団の結成(下記の幇(パン:郷幇と業幇)についての記述を参照いただきたい)9。
・現地政府や現地の民族社会に対して自分たちの利益や秩序を守る自衛的な機能、構成員の生活を扶助する機能、ビジネスを支援する機能
6 例えば、中国南部からタイへは相当古い時代からのタイ族の移住の歴史がある(レイ・タン・コイ2000)。
7 本稿では、近年になって中国から海外留学などを契機に国外に移りビジネス等で成功した、いわゆる「新華橋」や「新移民」は考察のメインターゲットには含めていない。
8 同じ省(例えば広東省)の出身者でも、広東語、潮州語、客家語など様々な言語の違いがあり、その違いによってグループ分けが行われている。
9 地縁・血縁・業縁を三縁という。
(2017年07月04日「基礎研レポート」)
平賀 富一
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