2017年06月20日

潮目が変わる、中国保険業界-行政トップの事実上更迭、安邦保険グループトップの拘束のその先【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(26)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1-重要なのは、市場の健全化、システミックリスク発生防止、保障性商品の販売強化

4月9日、中国共産党中央規律検査委員会は、中国保険監督管理委員会(保監会)のトップである項主席が重大な規律違反をしている疑いがあり、調査をしていると正式に発表した。

それと同時に、保監会も9~10日にかけて、地方の出先機関、関係する機関の責任者を集め会議を開いている。その席では、項俊波主席の件が伝えられ、このような状況を受け、今後どのように市場を監督・管理していくべきかも伝えられた。

要点は、(1)保険市場の乱れを正し、違反行為を徹底的に洗い出す、(2)保険発のシステミックリスクの発生を断固として防ぐ、(3)保険が本来持つ役割を果たし、保障性商品の販売を促進する、の3つである。
 

2-事の発端

2-事の発端

中国の生保市場では、2015年後半から2016年前半にかけて、一部の中堅生保による高利回りを謳ったユニバーサル保険がネット販売を通じて急拡大した。

その背景には、2015年は、預金金利の利下げが計5回と相次いだことや、理財商品、オンライン金融商品の利回りの低下にともない、これらの金融商品よりも利回りが高い保険商品への乗り換えが発生したことにある。特に、インターネットやスマートフォンの普及により、オンライン金融商品に見られるような、短期で、少額から加入・購入が可能な、高利回りの商品への需要が高くなっていた。

ユニバーサル保険は、本来、保険期間は長期で、平準払いの契約が主流である。しかし、問題となった商品の多くは、例えば、一時払いで、初期費用はかからず、契約後の解約費用については、1年目は必要とするものの、2年目以降はかからないようにするなど(もしくは、わずかな解約費用率を設定)、実質的には1年という短期間で解約が可能な状態にしていた。また、保険期間そのものを1~3年とする商品もあり、こういった商品がネットを通じて大量に販売されたのである。
 
販売した保険会社は、利回りを確保するために、上場企業の株式を大量に買付けるケースが発生し始めた。しかも、このような販売手法をとる保険会社の主要株主は、金融機関ではなく、不動産やその他の分野の一般企業であるケースが多く、株主の意向に沿った敵対的買収も発生した。更に問題となったのが、株式関連のリスク商品について、本来の運用規制を超えた投資を行っている会社が散見された点である。

こういった運用手法は、保険会社が本来有する長期の契約の履行をするために、長期の資産運用を行うという佇まいとは大きく異なる。上掲のユニバーサル保険は、実質的には短期負債であるが、運用については収益率の高い長期PE投資が大半を占める会社もあり、短期の負債に対して長期の資産に投資するといった資産と負債のデュレーションのミスマッチも発生していた。
 
強引な株式投資をする保険会社は、株価の一時的な乱高下を誘引し、市場関係者からの反発を招いた。一方、大規模な海外投資を短期間で行う保険会社は、過大な経営リスクを抱えるなど、経営の健全性も大きな問題となった。保険の性質上、利回りが確保できない場合は、短期間で解約が殺到すると考えられ、現金化が速やかにできない資産が多い場合は、流動性リスクの発生も懸念されていた。更に、流動性財源を確保するために、資産の投売りも考えられ、最終的には、金融市場に大きな混乱を招くリスクを抱えていると懸念されていた。
 

3-まずは、市場の健全化、違反行為の洗い出し

3-まずは、市場の健全化、違反行為の洗い出し

監督当局である保監会は、このような状況を静観していたというわけではない。2016年の1年間で、販売規制を強化し、違反のある保険会社に対しては、その内容に応じて、会社トップの資格取り消し、保険事業への関与禁止など重い行政処分を下し、市場の健全化、規制強化に転じていた。

2016年の1年間に、3月には、実質的には短期とされるユニバーサル保険など高キャッシュバリュー商品の年間販売量について段階的に規制すると発表、9月には年間総量規制の導入、12月には四半期毎の総量規制を導入、加えて、規定を満たさない商品の販売を停止している。同時に、保険会社としての本来の役割を果たすべく、保障性商品、長期貯蓄性商品の販売へシフトするよう指導した。
 
一方、5~8月にかけて、9社に対してユニバーサル保険の専門調査を実施し、12月には行過ぎた保険会社には、ユニバーサル保険の新規引き受け停止(前海人寿)、株式投資の停止(恒大人寿)、ネット販売の停止(前海人寿、恒大人寿)を命令している。規制強化や販売停止命令によって、ネット上の関連商品は一掃された。

2017年に入ると、2月には、特に問題があると判断した前海人寿、恒大人寿に行政処分を下している。恒大人寿は主に資産運用違反であったが、前海人寿の問題は重く、董事長の資格を取り消し、10年間の保険事業への関与を禁止し、董事長を含む7名に対して、合計80万元の罰金が科された。董事長の資格取り消しと10年間の保険事業への関与禁止は、保監会が初めて出した重い処分である。また、5月には、安邦保険に対して、商品開発業務を是正するように求め、新たな保険商品の申請を3ヶ月禁止している。

このように、保監会は、2016年の1年間で市場を沈静化し、2017年からは違反のあった保険会社に対して、処分を下している。その効果もあって、2017年は前年同期と比較してもユニバーサル保険のキャッシュインの規模は縮小し、その他の保険の販売が増加するなど、一定の効果をあげている(図表1)。
図表1 2016 年1月~2017 年4 月までのユニバーサル保険のキャッシュインの動き(月別)
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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