2017年02月17日

2017年度の年金額は、名目-0.1%、実質±0.0%、実質的には+1.0%-年金改定率の3つの見方と、新旧改定ルールの再確認

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2|見直しの内容

(1) 本則の改定ルールの見直し(2021年度から)
本則の改定ルールにおいては、賃金上昇率が物価上昇率を下回る場合に適用される特例措置のうち、年金財政を悪化させるもの(図表4の⑤と⑥)が2021年度から見直されます(図表10)。

賃金上昇率がマイナスで物価上昇率がプラスの場合(図表4の⑤の場合)は、これまでの特例措置では新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率がともにゼロとされていましたが、見直し後は両者ともに賃金上昇率で改定されることになります。賃金上昇率と物価上昇率がともにマイナスでかつ賃金上昇率が物価上昇率よりも小さい場合(図表4の⑥の場合)は、これまでの特例措置では新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率がともに物価上昇率とされていましたが、見直し後は両者ともに賃金上昇率で改定されることになります。

見直しの対象となった⑤と⑥では、現在は収入(保険料)の伸びを上って支出(給付費)が伸びる形になっているため、年金財政、すなわち将来の給付水準の悪化要因となっています。この見直しにより、⑤や⑥でも④と同様に年金財政への影響が中立的になり、将来給付への悪影響がなくなります。
図表13 本則の改定ルールの見直し内容
その一方で、⑤や⑥では本則の改定率が現在より下がることになります。賃金上昇率がマイナスでかつ物価上昇率を下回っているため、名目の年金額が前年度より下がり、物価の伸びと比較した年金額の実質価値も低下します。これが、野党から「年金カット法案」と批判された理由です。確かに、現行制度と比べれば年金額の伸びが低下しますが、それは2004年改正時に設けられた特例部分の見直しです。そして、年金額の改定率が賃金上昇率ということは、年金額の伸びと現役世代の賃金の伸びが同じ、すなわち受給者世代も現役世代も収入の伸び率が同じ、という点には留意が必要でしょう。

前述したように、この見直しは年金財政にとって大変有意義ですが、施行開始は2021年度と遅めになっています。この理由は、年金額の改定に使う賃金上昇率(名目手取り賃金変動率)に保険料(率)の引上げが影響しなくなってから実施するため、と説明されています14。これは、年金受給者に対する配慮と理解できます。保険料(率)の引上げが影響しない賃金上昇率は影響している賃金上昇率よりも高いため、影響しなくなってから実施することで今回の見直しによる改定率の低下の影響を抑える効果があります。早期に実施された方が、財政悪化の懸念が減って将来の給付水準の低下を防ぐ効果がありますが、現在の受給者は既に退職しているため、制度の見直しで予定外に年金給付が予定より目減りしても家計をやりくりする余地が小さくなっています。遅めの施行時期は、将来への配慮と現在への配慮のバランス、言い換えれば世代間の思いやりが重要であることを示唆している、と言えるでしょう。
 
14   社会保障審議会年金部会(2016年3月14日)議事録。年金財政について考えれば、2020年度までは、保険料の計算基礎となる賃金(税・保険料等控除前)の上昇率と比べて年金額改定に使われる賃金上昇率の方が低いため、財政改善効果があります。2021年度以降はこの効果がなくなりますが、それを一部補完する形で今回の見直しが機能することになります。
(2) 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の見直し(2018年度から)
財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)においては、現在の特例措置はそのまま続きますが、特例措置に該当した場合に生じる「調整の未実施分」(厚生労働省の資料では「未調整分(キャリーオーバー)」と記載)が累積され、特例に該当しない年度に当年度分の調整と未調整分を合わせて調整するように、2018年度から制度が見直されます。
図表14 財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)の見直し内容 これまでは、特例措置に該当した場合に生じる未調整分は繰り越されなかったため、その分を穴埋めするために、財政健全化に必要な調整期間を長期化して将来の給付水準を予定よりも低下させることで、長期的な年金財政のバランスを取る仕組みになっていました(図表11)。今回の見直しによって未調整分が持ち越されて調整されるようになると、特例措置に該当した年度では未調整分のツケの先送りが生じますが、それが現行制度よりも早い時期に精算される可能性が出てきます。その結果、現行制度よりも将来の給付水準の低下を抑えられることになります。

しかし、今後の経済状況によっては、特例に該当しない年度に当年度分の調整と未調整分(キャリーオーバー)を合わせた大幅な調整ができない場合も考えられます。その場合は未調整分の精算が完了しないまま持ち越され、結果として現行制度と同じような事態になる可能性もあります。

このような経済状況のリスク(不確実さ)に加えて、政治的なリスクもあります。未調整分(キャリーオーバー)を精算できるほど本則の改定率が高いケースには、物価上昇率がかなり高い場合もあり得ます。この場合は物価が大幅に上がる中で年金の改定率を大幅に抑えることになるため、年金受給者からの反対が出てきたり、実際に生活水準が大きく低下して困窮する受給者がでてくる可能性があります。そういった状況では、この見直しを予定どおりに実施するかが政治問題になるかもしれません。

この見直しは2018年度から施行されます。2018年度から未調整分(キャリーオーバー)の繰越しが始まり、早ければ2019年度から未調整分の精算が適用されます。近年は物価上昇率が低いため、未調整分を繰り越しても、その精算は難しい可能性があります。ただ、消費税率が引き上げられた際には、その影響で物価上昇率が高くなって、繰り越した未調整分の精算が可能になる可能性があります。年金額改定の基礎となる物価上昇率は前年(暦年)の値なので、2019年10月に予定されている消費税率の8%から10%への引上げは、2020年度と2021年度の改定に影響します。それまでに発生した未調整分の繰越しがこの両年度で精算されるのか、経済状況と政治の両面から注目されます。
3|見直しの影響(仮に2017年度の改定に見直しが適用された場合)

この2つの見直しの影響を見るために、仮に2017年度に見直しが適用されていた場合と比較してみると、図表15のようになります。

まず、2018年度から施行される年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の見直しだけを考えると、本則の改定率がマイナスなので年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)が適用されず、本来適用するはずだったスライド調整率▲0.5%が繰り越されます。

次に、2021年度から施行される本則の改定ルールの見直しも合わせて考慮すると、本則の改定パターンが⑥の時には、現在は新しく受け取り始める年金額も受け取り始めた後の年金額も物価上昇率で改定されるのが、見直し後は両者とも賃金上昇率で改定されるため、本則の改定率が変わってきます。財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)は、本則の改定率がマイナスのため現在も見直し後も調整が適用されませんが、見直し後は未調整分が繰り越されます。
 
このように改正後は、現行の改定ルールの下では▲0.1%だった改定率が▲1.1%となったり、財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)の未調整分(▲0.5%)が繰り越されて将来的に精算されるなど、受給者にとっては現行よりも厳しい年金額の改定となります。施行時期までに、改正の意義や影響について理解を深めておく必要があるでしょう。
図表15 見直しの影響例 (2017年度の実際の改定率と、仮に見直しが適用された場合との比較)
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2017年02月17日「基礎研レポート」)

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