2016年11月24日

国防費の3倍?-急増する中国の社会保障関係費

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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2|介護保険の導入に際して、財源は大丈夫か。
 
では、現時点で介護保険の主な財源として期待されている医療保険の収支はどのようになっているのであろうか。

中国の公的医療保険は、(1)都市の就労者を対象とした制度(基本医療保険)に加えて、現在、都市化の進展に伴って制度統合が進んでいる(2)都市の非就労者と農村住民を対象とした制度(都市・農村住民基本医療保険制度)、(3)公務員を対象とした医療保険制度と大きく分けて3つの制度がある。ここでは主に(1)都市の就労者、(2)都市の非就労者・農村住民を対象とした医療保険の収支状況を確認する。
 
都市の就労者を対象とした医療保険の収入は、保険料、財政補填、その他の収入によって構成されている。図表7は各都市で運営される医療保険の基金の収入、支出及びその収支残高を全国で合計したものである。2015年の収入を見ると、保険料が全体の95.7%を占めている(図表7-1)。支出分を保険料でほぼ賄えている状態で、収支は黒字となっている(図表7-2)。ただし、収支を全国ではなく、制度を運営する各市単位で見た場合、地域によっては赤字が発生している可能性が高く、財政補填も0.8%拠出されている。また、昨今の経済成長の減速、医療コストの上昇(薬価など)によって、収入の増加幅が給付の増加幅よりも小さくなっていることを考慮すると、今後、財政補填の増加が見込まれる。
図表7‐1 都市の就労者を対象とした医療保険の収支状況(全国)/図表7‐2 都市の就労者を対象とした医療保険の収支残高(全国)
一方、都市の非就労者と農村住民を対象とした医療保険を見ると、収入のおよそ8割が財政補填で支えられていることが分かる(図表8-1)。保険料収入のみでは制度を支えることができず、財政補填がなければ収支は大幅に赤字となる(図表8‐2)。この制度は保険料も相対的に少額で、給付内容も上掲の都市の就労者を対象とした制度よりも狭いため、基金の規模自体も小さい。しかし、加入者数は国民のおよそ8割にあたる11億人超と多く、今後、介護保険が全国で導入された場合、当該基金からの拠出額が大きく膨らむことが考えられる。また、この医療保険は、既存の医療給付に加えて、2013年に本格導入された高額療養費制度(大病医療保険)の財源も兼ねており(保険料負担がない地域が多い)、更に介護保険に係る拠出も加わると、財政への圧力はより一層高まるといえよう。
図表8‐1 都市の非就労者、農村住民を対象とした医療保険の収支状況(全国)/図表8‐2 都市の非就労者、農村住民を対象とした医療保険の収支残高(全国)

5――給付に応じた負担と必要なサービスの提供のバランスをいかに図るか。

5――給付に応じた負担と必要なサービスの提供のバランスをいかに図るか。

このように、中国では、まず、既存の社会保険制度を維持するだけで財政支出が増加しており、今後、介護保険制度など新たな制度の導入や普及が進むことによって、更にその支出が増加すると考えられる。
 
中国ではOECD基準、ILO基準に基づいた社会保障費用統計(旧 社会保障給付費)が公表されておらず、政策分野ごとの社会保障に係る支出や給付全般、サービスがどのような財源で賄われているかなど全体的な情況を把握するのは難しい。財源については、原則として保険料、財政補填、その他収入であるが、最近の傾向として、新たな制度の導入に際しては、経済成長の減速化から、保険料の個人負担や保険料率の引き上げを行なわない向きが強い。加えて、国庫からの支出を最小限に抑えるため、既存の社会保険の基金から拠出して財源に充てる傾向にある。
 
介護保険制度について、中国は、日本などの先行例から、どのような制度を導入した場合、どれほど財政支出が膨らむのかを参考に、国庫の負担やその責任は最小限に抑える構えだ。ただし、その場合、必要以上に給付の範囲を限定すれば、制度そのものが形骸化する可能性もある。また、財源については地方財政の負担の増加を招いており、最終的には社会保障の地域格差を拡大させやすい土壌を生んでいる。
 
介護保険については、パイロット地区ではないものの、北京市海淀区において民間保険会社と協働で新たな取組みも始まっている。海淀区政府が当地に進出した生命保険会社と連携し、新たな介護保険を開発、導入するというものである。当然のことながら、加入者には相応の個人負担が発生するが、北京市と海淀区が保険料の一部を補助することで個人の保険料負担を軽減することになっている。この介護保険制度は、医療保険基金からの拠出はなく、財政面においても独立した制度となる。

また、給付についても要介護度(軽度・中度・重度の3段階)に応じた給付額の範囲内で、在宅サービス、デイサービス、施設サービスを受けることができる。保険料は年齢などによって異なり、デイサービスなど要介護度が中度、軽度の場合でもサービスの利用が可能である。

昨今の地方政府は、経済成長の減速による税収の減少や各種支出の増加もあり、懐事情は厳しい。利用者に負担をどのように求めていくか、限られた財源をどのように有効に支出するか、今後、介護保険制度の導入を行うその他のパイロット地区の取組みが注目される。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

(2016年11月24日「基礎研レポート」)

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