2015年09月07日

「ゆめのほとり」で出会った福寿荘の住人-問われる「グループホームらしさ」とは

基礎研REPORT(冊子版) 2015年9月号

山梨 恵子

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伊勢真一監督作品「ゆめのほとり-認知症グループホーム福寿荘-」は、認知症のお年寄りたちの穏やかな日常を綴ったヒューマンドキュメンタリー映画である。舞台は、札幌市白石区にあるグループホーム福寿荘。やさしい眼差しと独自のアングルで捉えた映像からは、認知症とともに生きる福寿荘の住人と、その人たちを支える職員、家族、住民、医療職などとのほのぼのとした関わりや、それぞれの人が抱える心模様がしみじみと伝わってくる。1時間25分にわたる映像には、余分なナレーションや解説はほとんどなく、時折挿入される福寿荘代表の武田純子さんの言葉が観る者の心に響く。「認知症」という病ではなく「人間」を見つめようとした作品だからこそ、何気ない日常のひとこまに心を惹かれ、お年寄りの歌声に愛おしさを感じることが出来るのだろう。画面いっぱいに広がる入居者の笑顔、遠くを見つめる眼差し、寝息を立てて眠る姿からは、伊勢監督が伝えようとしていた「いのちの息づかい」が聞こえてくるようである。
   介護保険制度施行と同時に福寿荘を設立した武田純子さんは、もともと大きな病院の看護婦長を務めておられた方だ。認知症を患う高齢者に向き合う中で、当初は分からないことばかりだったという認知症介護。武田さんは、研究事業への取り組みをきっかけに、新しい認知症介護の在り方をグループホームというサービスの中で切り開いてきた。福寿荘では、たとえ認知症が重度になっても「本人の意思は無くならない」ということを前提に入居者の心と身体を支え続けてきた。映像に出てくるお年寄りの誰もが穏やかな時間を過ごしているように見えるのも、福寿荘が長年積み重ねてきた認知症ケアの‘質の高さ’あってこそと理解するべきであろう。
   現在、全国には約1万3千箇所のグループホームがある。福寿荘と同じように、認知症の人の尊厳と生活の質を大切にしながら、穏やかな生活を支えている多くのグループホームがある一方、効率化と採算重視により、本来目指してきたグループホームとは別の方向に向かおうとしている事業者の存在も否定できない。サービスの普及を急いだグループホームは、その代償としてケアの質の二極化という課題を抱えてしまったのである。そんな中にあって、グループホームを取りまく経営環境はさらなる変化が起きている。
   平成27年度の介護報酬改定で、グループホームは5.7%のマイナス改定となった。苦しいながらも常勤配置率を高くし、手間ひま惜しまない良質なケアを提供する事業所ほど経営は厳しく、効率化や採算重視の経営努力を余儀なくされる状況が起きている。さらに、報酬改定と一体的に行われた運営基準の見直しでは、1つの事業所が運営できるユニット数を、これまでの2ユニット以内(定員18人以下)から、3ユニット以内(定員27人以下)にまで拡大することとした。これは、用地確保が困難な都市部を中心にグループホームの効率的な整備をねらったものだが、グループホーム関係者の中には、効率化と規模の拡大により「グループホームらしさ」がどこまで持ちこたえられるのかを不安視する者も多い。「小規模で家庭的な雰囲気」「馴染みの関係の中での暮らし」などを大切にしながら、地域に密着したサービスを目指してきたグループホームにとって、定員27人の規模は、家庭的と言うよりも施設の印象が強くなるからだ。加えて、グループホームらしさを象徴してきたユニットごとの食事づくり(入居者も一緒に参加)が、重度化や運営の効率化を理由に配食サービスに切り替えられているという話も気にかかる。
   「ゆめのほとり」の中にも多く出てくる食事の場面。福寿荘では入居者が重度化し、調理などは一緒に出来ない状況になっても、煮炊きの様子を五感で感じてもらったり、会話を引き出したりしながら、美味しいものを口から食べることに拘りを持って取組んでいる。福寿荘にとっての「食の支援」とは、「食」にかかわる全てのプロセス、コミュニケーション、雰囲気づくり、生活のリズムづくりが含まれているため、配食サービスへの切り替えはあり得ない。
   グループホームの原点を思い起こさせる「ゆめのほとり」を見て思うこと。それは、サービス創設期に描いたグループホームの理念にもう一度立ち返ることの大切さについてである。

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(2015年09月07日「基礎研マンスリー」)

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