コラム
2015年08月06日

国の債務とはみなされない国債の不思議

石川 達哉

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1.国の債務とはみなされない国債とは?

国債であって、国の債務ではない国債が存在する。しかも、その残高は、総国債残高の1割強に当たる99兆円にも達している。近々に公表される見込みの2015年6月末残高は100兆円を超えるであろう。その国債とは、財政投融資特別会計から発行される国債、いわゆる財投債のことである。
   国債管理を担う財務省が「国の債務ではない」と言っている訳ではないが、例えば、国際標準の概念区分に従う国民経済計算統計(GDP統計)上においては、財投債は国の債務とはみなされていない。政府債務残高やコクサイ(国債)残高のコクサイ(国際)比較で用いられる数値においても、この財投債は除かれている。財政投融資特別会計自体が、政府ではなく、擬制的に「公的金融機関」に分類されているからである。しかし、意外なほどに、これらの事実に対する注目度は低い。

では、なぜ、このような分類が適用されるのだろうか?
   財政投融資とは、「国の信用や制度に基づいて調達した有償の公的資金を用いて、公庫、独立行政法人・特殊法人、国の特別会計や地方公共団体に対して行う長期・低利の資金供給」のことであり、その原資の中心を担っているのが財投債である。そして、一般の国債、いわゆる普通国債と財投債の違いを考えるうえで重要なのは、「有償の公的資金」という部分である。資金供給を受けた機関は、元金に利息を付けて返済する。したがって、財政投融資実施後は財投債残高にほぼ等しい額の債権、金融資産が国に計上されることになる。

これに対して、普通国債の場合も発行直後は同額の現金・預金が国にもたらされるが、その調達額は当該年度の予算に計上された歳出のための資金として使われてしまうため、債務に対応する資産が手元に残ることはない。この点が、普通国債と財投債の決定的な違いであり、国連が概念体系を定めた国民経済計算統計において、普通国債のみが国の債務として扱われることには、十分な合理性がある。


2.財投債の二面性

このように、国の財政状況を語る際、債務残高の数値には、通常、財投債の分は含めない。それでも、財投債は国債である。それどころか、国債市場の発行、流通、償還の各局面において、財投債は普通国債と何ら異なることはないと言われる。

実際、国債の投資家は、自らが購入しようとする国債が財投債であるか否かを意識しているだろうか? どの銘柄が財投債かを正確に把握しているだろうか?
   おそらく、国債発行当日に、どの銘柄が財投債かを市場参加者が知ることはできないはずである。銘柄レベルでの詳細な情報が広く公表されるのは、数日後の官報における「国債の発行要項」を通じてであり、発行された国債のある銘柄の一部、発行額の一部が財投債であったことを知ることができる。良く言えば、名実ともに財投債は普通国債と一体のものとして発行されていると言える。他方、悪く言えば、財投債の発行の仕方は「後出しジャンケン」にも似ている。
   毎年公表される「国債統計年報」においては、銘柄毎の財投債発行額が掲載されているし、残存する財投債の総残高も掲載されている。しかし、繰上償還に当たる「買入れ消却」の詳細情報が銘柄毎に掲載されている訳ではないため、財投債の正確な残高を銘柄毎に知ることはできないはずである。
   これらの取扱いが問題視されないのは、国の責任において発行され、償還されるという意味で、財投債も普通国債と何ら変わることがないという点に尽きるであろう。おそらく、流通市場においても、財投債が特別視されていることはないはずである。

このように、財投債は、国の財政状況を語る際の国債残高からは除外されるが、発行・流通の局面で普通国債との違いが意識されることのないという意味で、二面性を持っている。それが可能なのは、償還に対する絶大な信頼感があるからと言える。

ただし、例えば、一時のギリシャのように、国債償還に対する信頼が損なわれた状況下でも、償還財源がすでに確保されている国債とそうではない国債とが同列に扱われるとは限らない。また、財政投融資制度に関しても、旧国鉄清算事業団や国有林野事業特別会計のように、資金供給先の債務を最終的には国の一般会計が継承したケースもあるから、単純に財投債は償還財源がすでに確保されている国債であるとみなされるとも限らない。

いずれにしても、財投債と普通国債との違いが明確に意識されるときは、国債償還に対する信頼感が万全のものとは言えなくなったときかもしれない。

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(2015年08月06日「研究員の眼」)

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