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- 鍵をかけないケア-認知症の人の自由と安全のバランスという課題
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高齢者の行方不明や高速道路の逆走など、認知症の人に関わるニュースを耳にすることが増えている。2007年12月、愛知県大府市の認知症の男性(当時91歳)が電車にはねられ死亡した事故で、高齢の妻に重い監督責任が認められた控訴審判決(2014年4月24日)の報道も記憶に新しい。「認知症になっても地域で暮らし続けられる社会」の実現に向けて今後の認知症施策の方向性が示される中、介護関係者や家族介護者等からは「時代に逆行した判決」との批判の声も高い。たしかに、数分間のうたた寝で「家族は注意義務を怠った」とされてしまうのは辛い話だ。
「家族介護者への賠償責任」や「うっかりは許されない」という判決にまつわる記憶は、在宅介護や介護サービス現場に、リスク回避最優先の思考を導いていくことにもなるだろう。もちろん、リスク管理や安全な環境づくりは、これまでも介護現場の必須事項として取組まれてきたことだ。しかし、そのリスク管理がケアの「目的」になってしまうとすれば話は違ってくる。「本人の生活の質向上」を目的とするケアと、「リスク管理」を目的とするケアとでは、支援の方向性が大きく変わってしまうからだ。振り返れば、これまで認知症ケアの現場が取り組んできたことは、「認知症の人の安全を守ること」と、「本人の想いを大切にした束縛のない生活を支えること」のバランスをいかに保つかという課題への対応だったようにも思われる。
地域密着型サービスとして普及してきたグループホームや小規模多機能型居宅介護には、「鍵をかけないケア」という考え方がある。家族への監督責任が問われる中、「鍵をかけないケア」に対して違和感を持つ人は少なくないだろう。しかし、「鍵をかけないケア」は、認知症ケアのあり方を本人の視点から眺めることで見出されてきた支援の形である。抑圧感のない普通の生活が保障されることは、認知症の人の安定した状態を維持するための重要なポイントであり、利用者一人一人の権利であるとも考えられる。
グループホームと小規模多機能型居宅介護が実施しているサービス評価制度1では、「自分の意思で開けることのできない玄関等の施錠についても身体拘束であることを認識し、安全を確保しつつ、自由な暮らしを支援するための工夫に取組むこと」が指針として示されている。それぞれの事業所は、今もこの課題に挑み続けているのだ。
自由と安全のバランスを図るうえでは、様々なリスクがつきまとう。「鍵をかけないケア」が、口で言うほど容易なことではないのは言うまでもないだろう。個別利用者の心身の状態や生活のリズムを把握し、予測されるリスクをみんなで話し合い、危険を見逃さない体制づくりや限られた人員の中での個別対応、地域住民の理解と協力を求めていくことも不可欠な取り組みだ。それぞれの事業所がこれまでに積み重ねてきた努力は計り知れないものがある。
家族は、認知症の人の安全を守りたい一心で、むしろ拘束や施錠を望むことが少なくないと聞く。しかし、こうした要望に対しても、「抑圧感のない暮らし」が認知症の人にとってどれほど大切かということや、「鍵をかけないケア」に取り組むことの意味を伝えながら、理解を促そうと努力している介護現場は多くある。(2009年の日本認知症グループホーム協会が実施した「認知症グループホームの実態調査事業報告書」では、回答事業所の8割以上で、「日中の玄関の施錠はしていない」と回答している。)
冒頭の判決内容とこれに対する世論や個別意見とのギャップからは、認知症ケアにおける「当たり前」とか「暗黙の了解」といった社会通念がいかに未成熟かということを思わせる。認知症の人の安全をいかに守るかという課題に、多くの人の関心が寄せられている今、この問題に対する地域社会としての対応を真剣に考えていくことが必要だ。そして、その打開策を見出していくうえでは、認知症になっても地域社会の中で心豊かな生活を続けていくことが出来るということ、認知症の人は決して閉じ込められるべき存在ではないということ等を社会通念として持つことが大切なのではないか。認知症ケアの目的を、監督責任を果たすことや安全確保に置くのか、その人らしい暮らしの実現に置くのか。一人ひとりが、認知症になった自分を想像しながら考えてみるのもいい。
(2014年05月27日「研究員の眼」)
山梨 恵子
山梨 恵子のレポート
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