コラム
2013年10月01日

要介護度と“要医療度” - 介護保険の仕組みから医療制度改革を考える(2)

阿部 崇

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「国民皆保険」とは、すべての国民がいずれかの医療保険制度(国保、健保、共済等)に加入していることである。それは同時に、“怪我をした”、“熱がある”等のとき、自身の判断によって病院や診療所に行き、適切な治療を受けられることを意味している。国民皆保険が医療保険制度の原則とされる所以は、むしろ後者の方が重視されるからであろう。

さて、本稿の趣旨に戻って、介護保険制度に導入された「試み」とは何か。着目するのは、「自身の判断によって」という部分である。上記を介護保険制度の仕組みに置き換えるならば、“下肢が衰えて独りで入浴できなくなった”、“認知症の症状により排泄が困難になった”等のとき、「市町村の要介護認定を受け認定されれば」介護サービスを受けることができる、となる。

要介護認定とは、公的介護保険制度において新たに導入された保険給付の要件となる仕組みである。具体的には、身体機能(麻痺があるか、どのくらいの距離を歩けるか等)や認知機能(幻視・幻聴があるか、昼夜逆転があるか等)の状態によって7段階に分類※1され、市町村から要支援者ないし要介護者と認定されることになる。それが、介護サービスを利用するための要件となっている。

確かに、40歳以上の国民は介護保険制度の被保険者※2なのであるから、介護保険制度も国民皆保険であり、医療保険制度と何ら変わりないようにも思える。しかし、医療保険制度にはないサービス利用の可否を判断する人為的プロセスが必須とされる点では、国民皆保険の原則に一定の条件を加える試みとも考えられる。

では、この仕組みは、医療保険制度においてどのような形となって現れるのであろうか。

端的に言うならば、“要医療度”という概念の導入である。ただし、これは、誰が、どのような方法(基準)で、どのタイミングで、認定するのかによって、現時点では振れ幅の大きい大雑把な話とならざるをえない。例えば、(1)医師が、自分の診断に基づいて、初診のときに、認定するならば、現在とさほど大きな違いはないだろう。一方、(2)医師以外のスタッフが、厚生労働省が作成した基準によって、待合室で実施したチェックで認定されるとするならば、どうであろうか。(1)で「特に問題ないですよ」と言われて帰るのと、(2)で「これでは医療を受けることはできません」と帰されるのでは大違いであろう。

そして、この要医療度の導入にはもちろん“その先”がある。介護保険制度では、要介護度は7段階に分かれ、それぞれに1ヵ月単位の給付限度額が設定されている。介護サービス自体が制限される訳ではない※3が保険給付には上限がある。とすれば、要医療度では、疾病や怪我の重症(傷)度によって、何段階・何種類の分類になるかは別として、標準的な治療費用や入院期間・通院回数などを基準とする標準給付額(仮)の設定は当然セットになるという“考え方”である。もちろん、この仕組みが医療保険制度に導入されるには、多くのエビデンスの蓄積はもちろん、医療と介護の給付の性格の違い等を十二分に踏まえた検討を要することは言うまでもない。

介護保険制度が“試み”として担ったのは、この「考え方の浸透」なのであろう。是非の判断は難しいが、「保険給付には限度がある」という国民意識の醸成を担った介護保険制度の役割は大きい。




 
*1 7段階は、要支援1~2および要介護1~5
*2 65歳以上の国民(第1号被保険者)と40~64歳の医療保険加入者(第2号被保険者)
*3 給付限度額を超える場合は、全額自費負担(保険給付対象外)で利用することができる。

(2013年10月01日「研究員の眼」)

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