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AIJ事件発覚から1年 -小規模企業年金制度の将来を考える一つの視点

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸
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AIJ事件が報道によって明らかになったのは、昨年の2月末近くになってであった。かねてから同社の運用の中身について疑念を抱く声は年金関係者の中にあったが、よもやカストディーや信託等複数の第三者が介在している投資スキームの中で、虚偽の運用パフォーマンスを長期にわたり報告し続けたとまでは、想像し得なかっただろう。そういう意味では、悪意のある人間(AIJ社の浅川社長は、国会答弁では詐欺の意図を否定したものの、公判においては詐欺の意図があったことを認めている)が、意図的に詐害行為を行った場合には、現在のチェック体制において完全に排除できるとは限らない。よもやそこまで悪意を抱いて行動しないだろうという信頼が、市場関係者に前提として存在するのは事実であるし、詐欺行為を刑法等の法制度において犯罪とするのは、刑罰による威嚇的抑止が必要だからである。法律や社会からの期待といった一般的な規範が必ずしも守られなくなっている時代には、個々の関係者にとって、より的確な監視・注意の眼が必要になっているのであろう。
年金制度及びその運用について考えると、個々の年金によって、できること、できないことが様々であるのは当然だと思われる。大きな資産規模を抱える年金であれば、専任の人材を雇用することも可能である。しかし、小規模の年金や母体企業の経営体力に余裕が乏しい場合には、大規模な年金と同じような運営・体制の構築は容易でない。また、年金の成熟度とその見通しによって取組みの方向性が異なることも当然であろう。平成24年春までに廃止された適格退職年金制度においても、年金を含む退職後給付をどのように見直したかは、企業によって様々な差が生じている。適格退職年金制度の廃止に伴って、大規模な年金は厚生年金基金の代行返上時にも見られた確定給付企業年金への移行を進め、一方、小規模な適格年金は中小企業退職金共済等の周辺諸制度へ移行したり、年金制度そのものを廃止したりしたのである。
年金基金の規模によって投資ノウハウや対応力に差が生じるのは当然であり、AIJ事件を受けて厚生労働省が改正したガイドラインにあるように、必要に応じてコンサルタントや学識経験者等外部の助けを利用するべきである。もし内部の人材育成も、外部の資源活用も、どちらもコストが高過ぎると感じるようであれば、年金制度・運用の主体として規模が小さ過ぎるのかもしれない。年金基金の預かる資金は、被用者の大切な老後生活資金の原資であり、責任を持って運営・運用するべきであって、適切な管理・運営ができないならば、別途の方策を考える必要があるのではないか。
AIJ事件の背景に、相対的に高水準な運用利回りを前提とした制度設計があり、世界的な低運用利回りによって年金運用が困難となった影響があったことは否定できない。右肩上がりの市場環境では、債券や株式を購入し保有しているだけで十分な利回りが確保できたかもしれない。しかし、近年、特に、リーマンショック以降の運用環境は世界的にも激変しており、プロの機関投資家でも、安定的に高利回りを獲得するのは決して容易でなくなっている。こういった環境下で、運用経験の乏しい担当者が、運用会社の持参する魅力的なパフォーマンスの得られるという勧誘に対して、惹かれるのは当然であろう。AIJ事件が発覚してからの検討を経て、厚生労働省は厚生年金基金制度を廃止する方向を提示している。検討の場でも、健全な財務状態を確保できている厚生年金基金を解散させる必要はない等の反対意見は少なからず存在し、自由民主党の内部にも同様の意見は少なくない。特に、厚生年金基金制度を廃止することによって、中小企業の被用者に対する福利厚生が薄くなることは、避けるべきである。
財務内容の健全な厚生年金基金に対しては存続を可能とする道を設けるべきであるが、一方で、中小企業の被用者に対する年金の充実という観点から、新たな制度構築を考える必要があるのではないか。すなわち、厚生年金基金制度の単なる廃止ではなく、財政状態が良く存続する意思のある基金については、確定給付企業年金への移行要件を緩和して存続を可能とするとともに、それ以外の基金については、年金の廃止に繋がらないように、新たな受け皿となる制度を設けるべきだろう。これまでの検討においては、幾つかの候補が挙げられてきた。例えば、諸外国で見られるような集団型の確定拠出年金制度も提案されていたが、メリットとデメリットの双方を考慮すべきであろう。世界的に見ても、企業が最終的な運用責任を負う確定給付型の制度から、運用の結果責任を被用者自らが負う確定拠出年金制度へのシフトは顕著である。海外では20年以上前からのトレンドであり、リーマンショックを受けて、更に確定拠出年金へのシフトが進んでいる。日本では、10年ほど前に米国の制度を参考に設けられたものの、結果的に、プロの運用者でも苦戦するような運用難の局面で、多くの加入者が必ずしも良い思いをしない結果となっている。これまでの確定拠出年金では、運用対象商品のラインナップが最大で69商品まで並べられており、運用に詳しくない被用者が容易に投資判断を行えるとは思えない。一方、集団型の確定拠出年金においては、母体企業もしくは資産運用委員会のような組織によって投資商品を選定することが提案されていた。公的な共済組織の一つである農業者年金基金においては、単独商品からなる確定拠出年金制度が採用されており、一つの参考例になるかもしれない。
しかしながら、確定拠出年金の特徴として、運用成果が被用者の年金受取額に直接的に反映してしまうことがある。結局のところ、投資対象に株式や外国為替の価格変動リスクを含んでいるなら、単一のポートフォリオであっても、価格下落する時は資産価値が下落してしまう。その場合の負担を母体企業に求めることができないし、また、財政の逼迫している公的年金からの補填も困難である。ところが、企業年金の商品として、既に元本ないし利回りを保証した同様の商品が存在していることは、必ずしも知られていない。具体的な一つの例が、一部の生命保険会社が提供する拠出型企業年金保険である。制度の仕組みを間単に説明すると、被用者は毎月等定期的なタイミングで年金保険料を拠出する(税制面では、個人年金保険料として取扱われ控除の対象となる)。生命保険会社は、それを一般勘定に投入して合同運用を行う。会社によっては、区分経理システムを採用して、個人保険や医療保険とは実質的に分離した運営を行っているかもしれないが、あくまでも一つの勘定で管理されている以上、万一の場合には、会社勘定を含む他の区分からの支援が期待できる。現時点で拠出型企業年金に対して約束している利回りの一例は、1.25%である。
利回り保証を付した金融商品を提供できる業態は、基本的に銀行と保険会社のみであり、運用会社は実績配当商品しか提供することが認められていない。厚生年金基金制度の受け皿として、銀行の定期預金や生命保険会社の提供する拠出型企業年金保険を利用した年金給付の仕組みを設けることによって、市場価格の下落で年金資産を減価させることがない安定した年金制度を、比較的容易に構築できるかもしれない。諸外国の例を見ると、ドイツのリースター年金のように、自助努力型の年金において商品の提供会社である運用会社に元本保証を行うことを求めている例もあるが、日本の場合には、証券会社や運用会社による損失補填が社会的な問題となった過去の経緯があり、元本保証型の金融商品を提供できる業態の拡大は容易でないかもしれない。まずは、銀行や保険会社の商品活用を考えることが議論を進めることに繋がるのでなかろうか。
銀行の定期預金を利用した場合にも、生命保険会社の拠出型企業年金保険の枠組みを利用した場合にも、銀行や保険会社が利回り保証を履行できるかどうかという問題が残る。特に、後者に関しては懸念を抱く関係者も少なくないだろう。かつて生命保険会社は期限の定めのない企業年金保険等の契約に付していた利回りを数度にわたって引下げている。金融環境の変化による事情変更があったとして契約者の理解を得た上での引下げであったものの、寄せられていた期待を失ったのは事実である。しかしながら、過去の高い利回り保証水準を自社の経営体力を無視して約束し続けたならば、それこそ多くの厚生年金基金が陥った道であり、破綻によって保険会社に求められる本来的な機能を発揮できなくなったであろう。特に、拠出型企業年金保険は一般勘定商品であることから、個人保険の契約者にも迷惑をかける結果になったかもしれず、それは避けなければならない道であった。
厚生年金基金の受け皿として、元本ないし利回り保証を付した銀行の定期預金や保険会社の拠出型企業年金保険の枠組みを利用することは、集団型確定拠出年金のように依然として資産価格の下落リスクを負うものとは異なる、また、別の中小企業の従業員福祉に資する年金制度の方向性であろう。低利回り環境下で運用に苦労する企業年金が少なくない中、元本保証型金融商品を提供可能な銀行や保険会社の貢献できる一つの道でもあるかもしれない。
(2013年03月06日「研究員の眼」)

03-3512-1845
- 【職歴】
・1986年 日本生命保険相互会社入社
・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
・2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
・日本ファイナンス学会
・証券経済学会
・日本金融学会
・日本経営財務研究学会
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