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- 別府から国東へ ~「混浴温泉世界」から始まるアートの旅と夢
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10月6日に始まった別府現代芸術フェスティバル2012「混浴温泉世界」は、2009年に続いて今年が2回目の開催だ。世界的に活躍するアーティストを招き、8箇所の温泉郷を有する別府八湯にちなんで8つのアートプロジェクトが市内各所で展開されている。
中国人アーティストのチウ・ジージェは鉄(かん)輪(なわ)地区一帯に竹の彫刻を設営し、ミラノを拠点に活躍する廣瀬(ひろせ)智央(さとし)は、別府温泉発祥の地、浜脇地区に残る築100年の長屋に青色のビー玉を敷き詰め、建築家と共同で建物そのものを作品にした。一方、独特のユーモアと批判精神でユニークな作品を発表し続ける小沢剛は、別府タワーのネオンサインを自在に操ることで、別府に暮らす多国籍な人々の母国語によってメーセージを紡ぎ出す。
別府で最初に生まれた地下街にはかつて10軒近い料飲店が軒を連ねていたという。約50年前の撤退後、固く扉を閉ざされた地下店舗への入り口を開け、その中に作品を設置したのはインド人アーティストのシルバ・グプタだ。3年前に閉鎖された元ストリップ劇場の「A級別府劇場」は「永久別府劇場」と改名され、毎週末ダンスや演劇、音楽などのパフォーマンスが行われている。その名も「混浴ゴールデンナイト」。
アーティストたちは、別府のそこかしこに潜む歴史を読み解き、独自の文脈でユニークな作品を創作、設置することで、別府の都市伝説に新たな1ページを加えようとしているかのようだ。
このフェスティバルを主催するのは、全国でも最もアクティブなアートNPOのひとつ、BEPPU PROJECTだ。2005年の創設以来、世界有数の温泉地別府の地域資源を活用し、アートならではのアプローチで地域の未来を切り拓こうとしている。
このNPOが熱いまなざしを注ぐのは世界的に活躍するアーティストだけではない。地元の市民や団体に広く参加を募って多様な文化活動を発表・展示する「ベップ・アート・マンス」もまた、市街全域で同時進行中だ。そのベースになったのは、別府市中心市街地活性化協議会との協働事業。中心商店街の空き店舗をplatformと名付け、文化交流の場として再活用しようという取り組みである。2010年には地元の飲食店など20店舗と協力してクーポン型金券「BP」を発行。今年、BPが利用可能な店舗は125軒へと急増した。域外からの来街者を誘致するため、「旅手帖beppu」というユニークなまちあるきガイドを発行し、全国で無料配布を行ったりもしている。そうした複合的な取り組みによって、このNPOは地域の交流人口の増大、中心市街地の活性化にも寄与する。
そのBEEPU PROJECTが、今年新たに立ち上げたのが11月3日にスタートした国東半島でのアートプロジェクトだ。かつては陸の孤島と言われ、日本の秘境100選にも選ばれた国東半島には(1)、独自の文化や数多くの奇祭が日常の中に根付いているという。アーティストが空き家をリノベーションした「もう一つのいえ」を入り口に、「1300年前の風景がいまだに残る国東半島の自然や、神仏習合の文化、半島での暮らしとそこに流れる時間を感じながら巡る一日の体験」を一つの作品として提示しようというのである。演出家の飴屋(あめや)法水(のりみず)と小説家・朝吹真理子らは、私たちにどんな物語を体験させてくれるのだろうか。
農山村で開催されるアートプロジェクトはもはや珍しいものではない。2000年に始まり今年5回目を迎えた「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭2010」など、世界的に注目される大規模なものだけでなく、同様の取り組みは全国に広がっている。里山や棚田などの自然環境の中でこれほど多くの芸術祭が開かれている国は、おそらく日本をおいてないだろう。
そうした現場を訪れる度に、日本という国の過去と未来について深く考えさせられる。戦後の高度成長、バブル経済の崩壊を経て、日本は世界のどの国も経験したことのない超高齢社会に突入し、人口の減少が始まった。そんな時代にあって、私たちは日本の歴史や文化とどのように向き合い、これからどこに向かうべきなのか。日本の原風景の中で出会う作品からは、アーティストたちの問いかけが聞こえてくる。別府から国東へと巡るアートの旅も、きっと何かを考えさせてくれるに違いない。
最後にひとつだけ忠告を。「混浴温泉世界」というタイトルにまどわされて温泉での混浴を期待してはいけない。「多様な価値観が共存する、豊かな世界の創造」。それがこの言葉に込められたBEEPU PROJECTのミッション、夢なのである。
(2012年11月09日「研究員の眼」)
吉本 光宏 (よしもと みつひろ)
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