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- 労働契約法の改正に向けて-急ぐべき三つの環境整備
先週8月3日に、労働契約法の改正案が成立した。改正労働契約法施行(一部を除き、公布から1年以内に施行予定)後に有期労働契約を締結し、その更新によって勤続5年を超えたパートタイマーや契約社員等は、希望すれば雇用契約を「期間の定めのない契約」すなわち無期雇用に転換できるようになる。
1990年(2月)の非正社員数は881万人で、雇用者(役員を除く)に占める割合は20.2%だったが、2012年(1-3月)には各1,805万人、35.1%まで増加している(総務省「労働力調査」より)。厚生労働省の大まかな推計によると、このうち約1,212万人は有期労働契約であり(『有期労働契約研究会報告書』2010年9月)、この数値に厚生労働省調査1 における勤続年数5年超の割合(約31%)を掛け合わせると、約380万人の有期労働契約者が5年を超えて勤続していることになる。
1990年代以降、経済環境の悪化、国際競争の激化等にともなって、多くの企業が、正社員に比べて労働力需要の変化に柔軟に対応でき、人件費コストが低い非正社員の活用を進めてきたが、経済環境や国際競争といった非正社員増加の背景要因は、近年むしろ深刻化している。さらに、高年齢者雇用安定法の改正によって2006年以降は企業に対して65歳までの雇用が段階的に義務付けられ、現在その雇用義務をさらに強化する(希望者全員の65歳までの雇用の義務化)法案が審議されているなか、無期雇用とはもはや定年までではなく、実質的には65歳までの雇用保障を意味する。このようななかで、法規制によって5年以上の有期労働契約を無期雇用化することは、他の労働者に対して少なからず影響を及ぼす可能性が高い。
一つは、正社員の働き方に対する影響である。勤続5年以上の非正社員の無期雇用化によって、正社員とこうした非正社員の境界がますます曖昧になり、賃金制度や教育等の面で、両者を区分する必然性がなくなってくる。このことから、両者の賃金制度や教育等の共通化が進み、理由のない賃金水準の格差が是正される可能性がある。また、短時間勤務のパートタイマーが無期雇用化されることによって、画一的な既存の正社員の働き方が見直され、短時間正社員のような柔軟な働き方が広がっていく契機になるかもしれない。
もう一つは、勤続5年未満の社員に対する影響である。65歳までの雇用保障の負担を避けたい企業は、勤続5年未満で雇い止めをすることを前提として、非正社員を活用するようになる可能性がある。勤続5年未満が前提となると、非正社員、企業のいずれも双方に対する期待が限定的になり、非正社員の教育機会はより制約されることになろう。また、既存の社員の65歳までの雇用保障を確保するために、新規の正社員等の採用を抑制する企業も出てくる可能性がある。つまり、先に企業に入社した労働者の保護強化が、新卒をはじめとする後から企業に入ってこようとする若者の就職をより厳しくする可能性がある。
特に勤続5年未満の社員に対する影響は、当人達にとってきわめて深刻であると同時に、企業の人材活用の面においても中長期的にマイナスとなる懸念が大きい。こうした懸念を少しでも緩和するためには、以下の三つの環境整備が必要だと考えられる。
勤続5年未満で雇い止めされたとしても、その企業での経験を、他の企業での就業に生かすことができれば、キャリア(長期に経験する関連の深い仕事群)を継続させることが可能となる。しかしながら、日本においてはこうした企業横断的なキャリア形成(易しい仕事から難しい仕事へと移行)の基盤が十分でなく、特に非正社員としてのキャリアは、次の企業で正当に評価されない傾向が強い。こうした課題意識のもと、既にジョブ・カード制度2の創設等の取組が進められているが、未だ十分な基盤形成には至っていない。しかしながら、こうした基盤形成が十分でないままに、勤続5年未満の雇い止めが拡大すれば、キャリア形成が困難な労働者を増加させることになる。
先進諸国のなかで、日本の有期雇用に対する規制は相対的に弱く、無期雇用への転換が限定的だといわれる。このことが労働契約法の改正の背景の一つにあるが、他方、日本の正社員に対する解雇規制は相対的に厳しいともいわれている3。企業を取り巻く環境はますます厳しく、変化のスピードが増し、変化の幅も大きくなってくる一方で、厳しい解雇規制のもとでの65歳までの雇用保障を求められれば、企業としては勤続5年を超える契約更新や新規の採用に慎重にならざるを得なくなる面もあろう。非正社員を円滑に無期雇用へと移行させるためには、企業が担う65歳までの雇用保障の負担を、多少なりとも軽減することも必要ではないか。たとえば、「その店舗がある限り」、「その仕事がある限り」雇用を継続する、というような条件付きの無期雇用を、今後検討していく余地は大きいと考えられる。
労働者が仕事を通じてスキルを高め、より難しい仕事に就き、それを労働条件の向上につなげるという好循環を実現できる雇用は、特に1990年代以降減少しつつある。こうした良質の雇用のパイが限定されたままで、非正社員を規制によって無期雇用化していくのには限界がある。官民一体となって国際競争力を向上させ、経済環境を好転させるなかで、国内の良質な雇用を増やしていくことが、非常に重要かつ避けて通れない課題だといえる。
労働契約法の改正が、労働者保護という本来の意図とは逆の方向に作用しないよう、上述の三つの環境整備を急ぐ必要がある。
(2012年08月07日「研究員の眼」)
松浦 民恵
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