コラム
2012年08月06日

「ザ」のこだわり-世界にひとつだけの人生

土堤内 昭雄

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私は人生の「ザ」にこだわっている。私の人生の「ザ」とは、座る椅子のことだ。椅子は「仕事」、「食事」、「くつろぎ」など様々な生活の場面で使うことから私たちの暮らしと深く結びついている。どの場面でどんな椅子を使うかは、その人の暮らし方を反映し、椅子選びはライフデザインの重要な一部といっても過言ではない。したがって、人は椅子にこだわりや愛着を抱き、「お気に入りの椅子」“My Chair”を持っている人も多いのではないだろうか。

私にもいくつかお気に入りの“My Chair”がある。ひとつはもう20年近く使っているリビングにあるノルウェイE社のストレスレスチェアだ。足を載せるオットマンが付いており、背もたれを倒すと連動して座面が前にスライドし、ヘッドレストが少し立ち上がり、本を読んだりテレビを見たりするときにもしっかりと頭部を支えてくれる。以前スウェーデンの高齢者住宅を訪れたとき、そこに住むお年寄りが使っていたのもこの椅子だった。自宅でここに座って好きな音楽を聴きながら、眠るように最期を迎えることができればいいなと、いつも思う。

もうひとつは家で仕事をするときに使う椅子で、20年以上使い込まれたものを中古家具店から買ってきたものだ。1969年にイームズ夫妻によりデザインされたアメリカH社製で、外国映画や雑誌を見ているとさりげなく背景に写っている有名なオフィスチェアだ。座り心地がよく、簡素で機能的なデザインが美しく、シンプルゆえに仕事に集中できる。気に入ったデザインの椅子を大切に長く使い続けられることは幸せなことだと思う。

その他にも椅子ではないが、最近取り替えた超節水型タンクレス便器が気に入っている。これまでも大量の清水をトイレで流すことに少なからず後ろめたさを感じていた。この優れた工業デザインの便器の使用水量は従来品のわずか半分だ。ここに座って上野の西洋美術館前庭にあるロダン作のブロンズ像『考える人』になったつもりで、水・環境問題に思案を巡らせるのもいいかもしれない。

このように私が椅子にこだわるのは、これらを使うことにより自分の人生で大事にしていることが明らかになるからだ。人間はモノや時間の使い方で自らの価値観や自分が何者かという「アイデンティティ」を確認し、幸せを実感できる。私の場合は、暮らしのなかの椅子「座」のこだわりが、すなわち「自分がどう生きるか」という人生の「THE」のこだわりでもある。ひと夫々に人生のこだわりは違うだろうが、その夫々のこだわりが「世界にひとつだけの人生」を求めることに他ならないのである。

(2012年08月06日「研究員の眼」)

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