コラム
2012年04月12日

震災復興支援はギア切り替えのとき―ハンズオン支援局面でのガバナンスを考える

常務取締役理事 神座 保彦

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ベンチャーキャピタル業界では、かねてより「ハンズオン支援」という言葉が用いられてきた。一般的にベンチャーキャピタルでは、リスクの高いベンチャー企業に投資し、それと同時に投資先企業に直接赴いて経営支援を行い、企業経営を成長軌道に乗せ、その先に想定される株式公開やM&Aの機会を捉えて投資資金の回収を行うことが一連の業務サイクルとなっている。ハンズオン支援とは、この業務サイクルの内、投資先企業に直接赴いて経営支援する部分である。支援といいつつも、実際は投資先企業の一員としての感覚で、もしくは一員となって、経営者と一緒に成長戦略を練り、必要な人材を採用し、販路を開拓するといったことなどを行っている。もちろん、どの範囲で支援するかは投資先企業のニーズや支援提供者であるベンチャーキャピタル側の技量にも関係して決まってくる。

今、このハンズオン支援が、東日本大震災の復興支援のキーワードとして登場してきている。これは、震災直後は救援物資や義捐金を届け、炊き出しや瓦礫の片付けなどにボランティアの労働力が投入されるという緊急支援の局面にあったものが、震災から1年が経過し、如何に被災地に持続的な雇用機会や新たな産業を作り上げるかなど、ビジネスの枠組みを用いた自立支援の局面に移行してきたことに符合する。すなわち、ビジネスの枠組みを使った課題解決の場面ではハンズオン支援が被災地の自立支援策として有効であるという着想であり、震災復興支援はギアの切り替え時に差し掛かったということだ。

ハンズオン支援は、元来、設立直後の若い企業を一人前に育て上げることで、ベンチャーキャピタルが投資先の事業成功確率を高め、自己のベンチャー投資のリターンを高めるために行ってきた。もちろん、投資先企業がイノベーション創出に成功し、その恩恵が全人類に及ぶことを支援するという発想も意識しての話である。

さらに、近年では、社会的な課題をビジネスのスキームの中で解決しようとするソーシャルビジネス、ソーシャルベンチャーにも、ハンズオン支援が必要であり、また、有効であるという発想が浸透してきており、社会的課題の解決・社会貢献の場面でも活用が試みられている。

震災復興の場面では、解決すべき社会的課題が山積している。これをビジネスのスキームの中で解決を図るとしても、のんびりと試行錯誤を繰り返して最適な戦略に到達するという余裕はなかろう。こうなるとハンズオン支援を行う当事者がどれほどの能力を発揮できるかということが重要になる。筆者はベンチャーキャピタリストとしての業務経験があるが、このとき得たハンズオン支援にまつわる経験則を披露しておきたい。それは、ハンズオン支援にもガバナンスの仕組みが必要であるということだ

見当違いのハンズオンがなされると支援を受ける側には迷惑となる場合がある。ベンチャー投資の場合、多くの投資案件ではシンジケートを組んで複数のベンチャーキャピタルが同時に投資を実行し、各参加メンバーは投資先の経営実態をモニターする。その中で、シンジケートとして投入したハンズオン担当者の支援内容に不満があるときはメンバーから注文がつく。戦略の修正や、時には担当者の入れ替えの要求につながる。

何らかのガバナンスの構造は、震災復興の先頭を走るソーシャルビジネス、ソーシャルベンチャーにおいても必要であろう。ビジネスのスキームを使う以上、ハンズオンが適切な経営判断や戦略形成を後押ししてビジネスモデルを成立させることが重要であるので、その過程をモニターし、時として軌道修正を要求する仕組みは備えておきたい。被災地の社会問題解決に向けた高い志のもと、善意で参加してくれている人々に対するガバナンスの構造作りは難題かもしれないが、震災復興支援のギア切り替えのパフォーマンスを左右する要素として意識したい。
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常務取締役理事

神座 保彦 (じんざ やすひこ)

研究・専門分野
ソーシャルベンチャー、ソーシャルアントレプレナー

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