2012年01月25日

震災経験と意思決定の時間軸

常務取締役理事 神座 保彦

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先般の東日本大震災は、おそらく大多数の企業関係者にとって想定外の出来事であったと思われる。多くの企業では生産計画・調達計画・販売計画といった形で何らかの時間軸を伴った計画やスケジュールの上で運営がなされていたものと考えられるが、地震・津波・大停電といった事態は、これら日常用いられる計画やスケジュールが全く通用しない世界を関係者に突きつけて見せた。
他方、このような時に頼りになるはずのBCP(事業継続計画:Business Continuity Plan)についても、当初期待していた成果が得られなかった例が散見された。本来、BCPは事業の継続性に重大な影響を与えるであろう事象の発生を事前に想定し、それらが発生したとしても戦略的に重要な事業については中断させず、あるいは、中断の事態に陥ったとしても短時間で復帰できるように考えた計画であったはずである。
ところが、実際に震災が起きてみると、まさに「想定外の事象のオンパレード」であり、当初よりBCPが存在しなかったも同然といった光景が展開された。BCPで地震は想定して対応策は準備していたが内陸部にまで達するような大規模な津波は想定していなかった、自然災害については幅広に想定したBCPは完備していたが通信インフラの壊滅や長期にわたる電力供給の途絶を想定しておらず結局対策は実行できなかった、停電に備えてバックアップ電源装置は稼動可能であったが長期間運転できるだけの燃料が確保されていなかった、非常時用のオフィスは別途用意してあったが同一の広域停電地域に入り機能発揮できなかった、自分の企業は被災しなかったが重要な部品供給業者が被災した結果サプライチェーンが分断され生産ラインが停止したなど、様々に伝えられたBCPの機能不全に関しては枚挙に遑(いとま)がない。
企業経営にかかわる意思決定では、どこまで先を見通した時間軸の上で行うかという問題が付いて回る。今回の教訓では、将来に続く時間軸を見通すために、如何に過去に遡る時間軸を設定するかという点が浮上した。仮に、その土地に津波があったかということを調べるに際し、300年前まで遡って調査しても発見できなかった津波の史実が、800年前まで遡れば発見できるといった例がある場合、それでは、800年に1度の自然災害を想定した対策を現時点で立てるかという意思決定の問題に遭遇する。これは決定主体のポジショニングにより、当然必要とする主体と、必ずしも必要としない主体とに分かれよう。ただ、今回の経験を踏まえれば、リスクが顕在化したときの社会的影響が大きい主体ほど、長期の時間軸のなかで現時点の意思決定をするというのが時代の要請ということになろう。とはいえ、このことは罹災の記憶が薄れるに連れて、目先の利益に引きずられて短期の時間軸の中での近視眼的意思決定に戻って行く可能性と常に隣り合わせであることには注意が必要だ。

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神座 保彦 (じんざ やすひこ)

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