2011年03月25日

責任準備金時価評価額に下限は不要か

猪ノ口 勝徳

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IASB(国際会計基準審議会)で長年に亘り議論されてきた責任準備金(保険会社が将来の保険金等の支払に備えて積み立てる準備金であり、将来の死亡率や利率を想定した数理計算に基づき算出される)の時価評価問題も、昨年には公開草案が公表され、予定通りであれば当年中に結論が出される状況にある。保険契約に関する会計処理が各国マチマチである現状を改善するために、IASBで保険契約の国際会計基準の検討が行われてきたものであるが、IASBが提案する内容が、責任準備金の時価評価である。
責任準備金は現在、多くの国で原価法に基づき評価されている。ここで言う原価法は、責任準備金の計算に用いる死亡率や利率について、保険契約締結時に想定したものを使用するという意味である。しかし長期の契約である生命保険契約の場合、特に金利については、契約期間の途中で契約締結時に想定していた水準から大きく乖離することも考えられるため、原価法による評価は必ずしも経済実態を表すものではないとの批判がある。この批判に答えるものが責任準備金の時価評価である。もっとも保険契約は、株や債券等のように市場で売買が行われるものではなく市場価格が存在しないので、責任準備金の計算に用いる死亡率や利率を評価時点のものにすることで時価評価とするものである。
ところで、責任準備金の評価額に大きな影響を与えるのは金利なので、責任準備金の時価評価額は市中金利の動きにより大きく変動するものと予想されている。具体的には金利が低下すると責任準備金は増加し、金利が上昇すると責任準備金は減少する。これは将来の保険金支払金額を金利で割引計算するからであり、債券の価格変動と同じメカニズムによるものである。
ただ、保険契約が債券と異なるのは解約返戻金の存在であり、これを巡って若干の議論があり得る。長期の生命保険契約では、契約者はいつでも解約できるが、その場合は契約締結時に約定された解約返戻金が支払われることが一般的である。一方、責任準備金の時価評価額は金利上昇時に減少するが、この金額が解約返戻金を下回ってよいかという論点である。これについて、IASBは下回ってもよいと考えているようである。なぜなら、全ての保険契約が同時に解約されることは考えにくく、責任準備金時価評価額に下限を設けることは保守的過ぎると考えたようである。最近の会計の考え方では、経済実態を忠実に表すことが重視され、保守的な会計処理は採用されない傾向にあるようである。ただ、解約返戻金は保険会社が契約者に約定したものであるため、保険会社が解約返戻金の支払財源を適切に確保しているかどうかは、会計にその機能を求められないとしても、保険会社の財務の健全性をチェックする上で、必要な観点であろうと思われる(本稿の意見等にかかる部分は筆者の個人的意見であり、筆者の所属団体等とは無関係である)。

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