コラム
2010年04月26日

製品と企業、そして「企業内起業」

常務取締役理事 神座 保彦

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消費者の身の回りでは、製品と企業のあり方を巡り、今年に入って様々な光景が繰り広げられている。

まず目に飛び込んだのは、牛丼業界のカット・スロート・コンペティションである。一社が値下げすれば、すかさずライバル社も値下げする競争は、まさに喉をかき切り「血で血を洗う」戦いである。これを突き詰めると、どちらかが出血多量で動けなくなるまで戦い続けることとなる。

仮に勝者となっても経営の舵取りは難しい。一旦価格競争に飲み込まれた製品は、消費者イメージの中でのポジショニングが変わり、市場で競合する商品が低価格帯のものへと移り、場合によっては顧客層も変わってくる。この状況から脱却しようとする場合には、疲弊した中で大きなエネルギー投入と高度の戦略性が必要となってくる

次に目に飛び込んだのは、日本製乗用車のリコール問題である。日本の自動車メーカーが、非常に高度な機能を持った製品を世界に供給することで「一人勝ち」になりかかった矢先に、あたかも「出会い頭の衝突事故」に遭遇したような衝撃を企業は受けたのではないか。

取り沙汰された問題も、部品の物理的な欠陥問題からインストールされている制御プログラムの問題へと広がり、企業は、非常に難しい対応を強いられることとなった。今回、このようなリスクに直面し、初動対応の仕方など企業として学習すると同時に、製品に反映された専門家の知見とユーザーの意識のギャップを痛感したのではないだろうかと筆者は推測する。

このギャップとは、専門家がユーザーの行動を想定し、他の制約条件の範囲内で最適解を求めたはずが、ユーザーから見ると必ずしも最適解には見えないといった類のものである。今回のブレーキ制御のプログラムの問題は、もし、制御の基本ロジックやICチップに欠陥がないのであれば、それに当たるのではないか。

すなわち、燃費のような製品の物理的なパフォーマンス追及と自然な運転フィーリング確保とがトレードオフにある条件下で、どこで折り合いをつけるかという問題が与えられたときに、専門家とユーザーとでは選ぶポイントが異なるというものである。ユーザーはパフォーマンス極大化を求めつつも、運転フィーリング(特に安全感覚)で譲歩できる余地は極めて少ないということである。

そして、3つ目はアップル社製品群の快進撃である。同社は足許1-3月期純利益が前年同期比9割増益となった。

同社を離れていた創業者スティーブ・ジョブズ氏が2000年にCEOとして正式復帰以降繰り出したのが、iPod、iPhone、iPadといった一連の製品群である。特に、同氏がコンテンツ再生や購入のための無償ソフトであるiTunesとiPodを組み合わせて音楽事業をPCメーカーであるアップル社に持ち込んだ時は、懐疑的な声もあったが今や世界標準となりつつある。

これら商品群は、いずれも先行する類似品がある中で人気化しており、アップル社はそれまで顕在化していなかった市場に大衆消費者の関心を集めることに成功したということになる。

こうみてくると、企業には既存の競争枠組みから離れ、あるいは、長年蓄積してきた専門知識を一旦脇に置いて、不連続な路線上での成長を目指す製品投入を探る「企業内起業」が必要とされるタイミングがありそうだ。

ただし、必ずしも先駆者が成功するわけでもなく、そこに活路を見出すことが期待される経営者の責任は重い。
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神座 保彦 (じんざ やすひこ)

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