2008年06月25日

地方公共団体に対する新しい再建・再生制度と連結実質収支比率の動向 -地方公共団体財政健全化法の意義-

石川 達哉

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2009年4月から本格施行される「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」の下での新しい再建・再生制度は、現行制度を抜本的に改めるものというより、現行制度を再編・強化する性格が色濃い。特に、地方公共団体の財政上の健全度を測る財政指標として採用される4指標のうち、「実質赤字比率」と「実質公債費比率」の現行2指標については、「財政再生団体」として予算編成上の直接的な制限を伴う形で国の関与の下での再生を義務づける際の基準値が、現行再建制度及び地方債協議・許可制度における基準値と実態的に変わらない。
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予算編成上の直接的な制限は伴わないが、「財政健全化団体」として健全化計画の策定・公表と自主的な健全化への取組みを義務づける際の基準値は新設のものであるが、前述の基準値と、地方債協議・許可制度下で「財政健全化計画」や「公債費負担適正化計画」の策定を求める際の基準値の中間に位置する値となっている。その意味では、地方債協議・許可制度では財政状況が軽度に悪化した団体に対する早期是正機能を担っているのに対して、「財政健全化法」は財政状況の悪化が相当程度進んだ団体に対する早期是正機能を担うものと言える。
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新たに導入される2指標のうち、「連結実質赤字比率」は現行の「実質赤字比率」を全会計ベースに拡張したものであり、現行指標の弱点がカバーされる。現行制度下では、普通会計と公営企業会計は、会計毎に実質赤字、ないしは資金不足の大きさが問われるが、会計間の繰入れ・繰出しによって赤字が表面化しないことがある。これに対して、他の特別会計も含めて、地方公共団体が直接運営・管理する全会計を対象に資金不足/資金剰余(公営企業会計)、ないしは実質収支(公営企業会計以外の会計)を合算して赤字を問う「連結実質赤字比率」には会計間の繰入れ・繰出しの影響を受けないという利点がある。「財政再生団体」及び「財政健全化団体」の判定の両方に採用されている点でも、短期の資金繰りの逼迫度を示す実質赤字を重視する現行制度の理念を引き継ぐものと言える。
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新たに導入されるもうひとつの指標である「将来負担比率」は、「実質公債費比率」の考え方をストック概念に拡張したうえ、実情に応じて地方公社や第三セクター法人に対する損失補償・債務保証までも地方公共団体の債務に計上するなど、現金主義的な会計方式の普通会計に発生主義の考え方を適用したものと言える。ただし、再生団体の判定はフローの指標に基づくべきという考え方に従い、「財政再生団体」の判定には用いられず、「財政健全化団体」の判定のみに用いられることとなっている。
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「財政健全化法」の成立後、行財政改革を加速させている地方公共団体もあり、その成果や「財政健全化法」自体の効果を正当に評価する観点からは、同法成立前の会計年度を対象に指標を試算し、同法施行後と比較することが有益である。2つの新指標に関して、現在公表されている決算資料の範囲では「将来負担比率」は概算するのも困難なのに対して、「連結実質赤字比率」は「地方公営企業年鑑」における個票データと、各地方公共団体が個別に公表している「財政状況等一覧表」とを組み合わせることにより、公式の定義式に近い算式に基づいた試算が可能である。
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すべての都道府県、すべての市町村を対象に、全会計の2005、2006年度の決算データに基づいて、「連結実質収支比率」を独自に算出すると、都道府県に関しては、赤字に該当するのは2005年度は1団体、2006年度は該当なしであった。一方、市町村に関しては、2005年度は80団体、2006年度は86団体が赤字であった。この結果は、国民健康保険、老人保健、介護保険の運営主体が市町村であり、生活に直結する地方公共サービスを提供する公営企業の数も市町村の方が都道府県よりも多いことを反映している。
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普通会計ベースの実質赤字の団体は、2005年度は都道府県2団体、市町村24団体、2006年度は都道府県1団体、市町村24団体であり、市町村の実質収支は普通会計と比べて連結ベースが芳しくないことが確認できる。また、「連結実質収支比率」と「実質公債費比率」との間には直接の相関関係は見られない。これらの点で、財政上の健全度を測る指標として「連結実質赤字比率」が新たに導入されることには大きな意義がある。
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「連結実質収支比率」が赤字の団体は、北海道内、大阪府内、青森県内の市町村が多く、他方では赤字市町村が全く存在しない都県も半数あるなど、地域的な偏りが見られる。したがって、他の市町村との比較を通じて相対的な財政状況を判断する際に、同一都道府県内の市町村と比較するだけでは不十分であり、全団体の指標が一括して公表されることの意義は大きい。また、連結赤字団体において、実質赤字(資金不足)を計上している会計は、主として、国民健康保険、病院、老人保健、下水道、宅地造成である。政令市等では交通事業の影響が非常に大きい。逆に言えば、財政上の健全度を回復するには、これらの事業の改革が不可欠だと言える。
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下水道、交通、宅地造成など性質の異なる会計の集計に際して、「解消可能資金不足額」を算定対象から除外したり、販売用土地を流動資産として計上したりするなど、既存資料の範囲では容易に再現できない特殊な取扱いが公式の「連結実質赤字比率」には適用される。これらの措置には合理性があり、監査委員による検証も経るとはいえ、指標の公表に際しては、背景資料を添えたうえで、当該措置を適用した場合と適用しない場合の両方を開示することが望まれる。

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