コラム
2005年09月21日

財政再建こそが改革の本丸

森重 透

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1.景気回復下の総選挙

景気動向に、明るさが見えてきた。内閣府が12日に発表した4-6月期GDPの2次速報値は、実質成長率が前期比0.8%(年率換算3.3%)、名目も同0.4%(同1.7%)と、8月12日に発表された1次速報値からいずれも上方修正された。これより先(8月9日)に、政府・日銀がそれぞれ景気判断を上方修正し、事実上の踊り場脱却宣言を行ったことを裏付ける内容である。確かに明るい材料が増えてきたことは事実であり、特に、このところの雇用・所得環境の改善から個人消費の回復基調がはっきりしてきた点は大きいと言える。

ただし、景気の遅行指標である雇用関連指標は、あくまでも企業収益いかんに規定されるものであって、今後、外需の減速や、原油価格高騰に伴う原材料費の高止まりなど、企業収益を圧迫する要因は多いことから、このような企業から家計へという良好な循環構造の持続性については、留意しておく必要があろう。これに加えて、鉱工業生産の一進一退や、雇用形態の実態、さらには家計の可処分所得の伸びに依然不透明感が払拭されない状況等に鑑みると、手放しで踊り場脱却を喜ぶには、やや時期尚早なのかもしれない。

いずれにしても、日本経済は、昨年度春先以降の比較的長かった踊り場という名の調整期間を経て、回復軌道に乗ったものと見られる。今後、日本経済と最も関係の深い米・中経済での不可避的な政策的減速、油価高止まりや緩やかな円高懸念等から、来年度にかけて成長率は若干低下しようが、年率1~2%の低成長だが安定的な横ばい経済が当面続くものと思われる。そして、このような景気動向の中で、第44回総選挙が実施され、「自民大勝」という結果に終わったのである。

今回の総選挙の結果、予算の編成や法案審議が遅れ経済に影響が出るというような政局不安の要素は、限りなく小さくなったものと思われる。政府与党は目前に迫った郵政民営化法案の国会議決をはじめ、内外の政策課題への取組みとその推進が容易になったはずである。逆に、もう「言い訳」はできないことにもなる。これからは、聞こえの良い政策スローガンだけでなく、国民に「痛み」を受容してもらうことも含めて、まさに地道で真剣な取組みを行わなければならない「舞台」がセッティングされたのである。本格的な少子高齢社会、人口減少時代を前に、経済社会問題はいずれも待ったなしの克服への努力、解決への実行が求められるものばかりである。小泉首相は郵政解散に打って出た際、ガリレオ・ガリレイを引き合いに、「それでも郵政民営化は必要」と言ったが、与党圧勝というリセットを実現した今では、「それでも課題は山積」と武者震いしているに違いない。

2.郵政民営化は単純にYESか?

政権の仕事は、当然多岐にわたるものである。しかし、各種世論調査でも郵政問題に今、取り組むべきかどうか、優先順位は低かったにもかかわらず、政府与党は、ほぼ「郵政民営化」一本に争点を絞る形で総選挙を行った。そもそも、郵政民営化に「賛成か反対か」と問われても、そう単純には答えられないはずである。小泉首相は公示後の党首討論会で、郵政民営化はすべての政策課題の解決につながると謳う自民党のマニフェストについて、マス・メディアの代表質問者から「戦略的外交の展開にも通じる」というのはあまりにも関連性が乏しいのではないかと問われて、「これは、経済の活性化のための手段であり、経済が活性化すれば、外交も戦略的に展開できる」と真顔で答え、会場の失笑(少なくとも爆笑ではなかった)を買っていた。

つまり、郵政一点張りの、シングル・イシュー・ポリティクスが展開され、「YesかNoか、賛成か反対か」式の極めて「分かり易い」選挙戦が主導されたのであるが、よく考えると、この問題には「郵政公社(郵便局)の民営化」への賛否と「郵政民営化法案(の中身)」への賛否という二つの側面があり、後者については、まさに様々に賛否の理由は分かれるのである(特に反対理由において)。
 

 
(1)→(3)は、いわば無条件賛成派である。
(2)→(4)は、((2)だけで(4)は無判定かもしれないが)断固反対派。
(2)→(3)は、中身がこの程度ならYesと言っておいてもいいのかなと考える人。
注目すべきは、(1)→(4)の人、条件付反対派(条件付賛成派とも言える)である。そしてこの(4)の反対理由には、以下のようなものがあろう。
イ)2007年から17年までの移行期間10年は長過ぎる(民営化はスピードが大事)
ロ)全国一律サービスの義務付けや、「社会・地域貢献基金」は民営化と相容れない
ハ)移行期間後にも「株式の連続保有」等を容認しているのは問題
ニ)民業圧迫、特に郵貯・簡保事業の肥大化に対する抑制措置が不十分
ホ)独断的な進め方で十分な相談と説明時間がなかった
等々、極めて多岐にわたり、かつその振幅は大きいものである。

このうちイ)~ハ)は、法案の中身が「改正」されれば賛成に回るという意味で、場合によっては(3)に回り得る人。ニ)は、肥大化する官業の民業圧迫問題に深く考慮をめぐらす立場の人である。したがって、この人は今後も(4)のままであろう。もちろん(2)→(4)の人にもこの点を重く見る人は多いはずだ。ホ)は、法案の中身以前の内部闘争的要素が強い理由である。問題は、イ)~ハ)の理由で法案に反対していた人が、選挙でどう投票したか、そしてもっと問題なのは、法案の中身を吟味したうえで、確信的に賛否を投じた人が一体どれだけいたかということだろう。この点は、先の国会における議員の行動にも多かれ少なかれ複雑な影響が見られたことであったし、国民の中には、「やっぱり郵政の民営化は必要だろう」という程度のノリで賛成票を投じた人も多かったのではないか。小選挙区制度の下で、かつシングル・イシューをもって選挙を行うことの「危うさ」が、そもそも今回の総選挙には内包されていたというのは、言い過ぎだろうか。

3.財政再建こそが改革の本丸

こうして総選挙は終わったが、郵政民営化以外の、実はもっと重要な政策課題についてまで、国民は小泉政権に白紙委任状を与えたのではないことは、その後の世論調査等でも窺われるところだ。それは、与党の今回の「戦い方」からして当然の帰結であろう。来年9月までの任期で退任するなら、財政再建のロードマップを明確に示してからにしてほしいという声が圧倒的に多い。今や、日本国の国と地方の債務残高は774兆円、名目GDP比では151%と先進国中最悪の天文学的大きさであり、少子高齢化の中で、なお財政赤字は膨張を続けている。待ったなしの具体的対応が急務であり、まさに、これこそが構造改革の本丸であろう。

年金はじめ社会保障制度の抜本的改革、消費税の見直しを含む税制改革、行政改革、三位一体の改革等々、わが国が抱える経済構造の改革は、すべて財政の健全化に通じるものである。郵政民営化はその手段のひとつに過ぎなかったのだ。とりわけ、一国の財政破綻がいかに国民経済の根幹を蝕むものであるかを考えれば、そしてわが国のただならぬ財政の現状に鑑みれば、やはり消費税率の見直しは避けて通れない現実的課題であろう。圧倒的議席を獲得した今こそ、痛みを伴う改革の具体的推進に向けて、全国民に対する説明責任とリーダーシップを発揮することが政権を担うトップに期待されるゆえんである。
 

 

 
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