コラム
2004年03月08日

持家志向の謎

石川 達哉

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1.土地に対して冷静になった日本の家計

まもなく、2004年1月1日時点での公示地価が公表される見込みである。アメニティの充実した総合ショッピングセンターのオープン、新公共交通システムや地下鉄の開通・路線延長などによって、利便性の向上した一部地域では地価上昇に転じている例外的なケースもあるだろうが、日本全体としては13年連続の地価下落という結果が想像される。日本とは対照的なのが米国・英国であり、株価が調整局面を迎えた2000年代入り後も、今日に至るまで不動産市場は好況を呈している。

実は、英国も、80年代後半の住宅(土地を含む、以下同様)の価格急騰と90年代初頭の大幅下落を経験しているが、住宅の名目価格は90年代半ばに底打ちし、実質価格も90年代後半から上昇に転じたのである。さらに、2000年代入り後は価格上昇率を高め、2003年半ばには名目ベースで20%を超える上昇率を記録したほどである。
最近では、価格上昇率自体はやや鈍化したものの、依然として上昇が続いているため、バブルやその崩壊の可能性が懸念されていることも事実である。それを認識したうえでも、市場性資産である住宅が価格上昇する時期も下落する時期も、長からぬ間隔で訪れるという歴史を積み重ねてきた英国には、ある種の羨望に似た感情を抱いてしまう。

日本においては、地価の持続的な下落から脱する、あるいは、社会としてこれを克服することが最重要課題のひとつであることは言うまでもないが、土地に対する国民の意識変化の中にはプラスの要素が確実に育まれているという点も見落としてはならない。

国土交通省が継続的に実施している「土地問題に関する国民の意識調査」によると、「土地は預貯金や株式などに比べて有利な資産か」という問いに対して、1988年においては「そう思う」と答えた人が2/3を占めていたが、2002年においてはその割合は1/3まで低下している。
興味深いのは「そうは思わない」という回答も1/3、残りの「どちらとも言えない」「わからない」という回答を合わせた割合も1/3あることである。「地価は絶対に下がらない」という土地神話が単に崩壊したというのではなく、資産としての土地の価格は不確実なもの、先行きを予見するのは困難であるという冷静な認識が浸透した結果と言えるであろう。
事実、土地を有利な資産と回答した人に限定して、その理由を聞いた結果においても、株式に厳し目の記述を採っている「価格変動リスクの大きい株式等と比べて、地価が大きく下落するリスクは小さい」という選択肢を理由に挙げている人は1割にとどまっている。最大(4割)の支持を集めている理由は「物理的に滅失しない」という選択肢であり、次点(2割)は「生産や生活に役立つ」という理由である。これらの理由の正当性には異を唱えようもあるまい。

2.されど変わらぬ持家志向

意外なのは、同じ意識調査において「持家志向か、借家志向か」を聞いた質問に関して、2002年においても1988年とほとんど変わらない8割強の人が「土地・建物については両方とも所有したい」と回答していることである。資産や生産要素としての土地の特質を冷静に捉えている現在の国民が持家にこだわるのは、辻褄が合わないどころか、冷静に考えているからこそ、総合的に判断したうえで、持家志向を示していると理解するべきであろう。

現実の持家率に関しては、1998年に総務省が実施した「住宅土地統計調査」によると、6割という実績値を示している。調査対象や目的は異なるがその後に実施された「全国消費実態調査」「家計調査」「家計の金融資産に関する世論調査」などにおける持家率の水準はそれよりやや高い数字であること、99年以降の5年間で370万戸の持家系の住宅が着工されたこと、「国勢調査」における世帯数が4700万であったことを勘案すると、今年発表される「2003年住宅土地統計調査」の持家率は6割半ばに達するであろう。
6割から7割という持家率の水準は、国際的に極めて標準的である。日本のほか、米国・英国・カナダ・オーストラリア・イタリア・ルクセンブルグ・ポルトガルなどがこの範囲に入っている。やや低めなのが、ドイツ・オランダ・デンマーク・スウェーデンなどの北ヨーロッパ系の国々である。


3.家計が潜在的に欲しているのは安くて広い借家

持家率の水準は国際標準の日本であるが、他国では考えられないような大きな問題が住宅市場には存在している。詳細なデータが利用できる日本・米国・英国・ドイツ・フランスについて、まず、戸当たり床面積を比較すると、持家・借家を総合した平均値では、日本のそれは決して低くない。しかし、借家の面積が著しく狭いのである。日本以外の国でも、借家の方が持家より狭い傾向は共通しているが、それでも借家にも持家の6~7割の床面積がある。4割に満たないのは日本だけである。
 

面積別の戸数分布や部屋数分布のデータを分析すれば、問題は更に明確になる。結果のみ述べると、夫婦とこどもから構成されるファミリー層の潜在的ニーズを満たすことのできる広さ、100平米以上の床面積のある借家の絶対数が不足しているというのが悲しい現実である。
住宅は家計が直接消費することのできるサービス、すなわち、居住空間の提供という住宅サービスを生み出すことができる点では、金融資産とは決定的に異なる。価格変動という無視できないリスクを認識していても、広い借家がほとんど存在しない現状では、持家志向に傾くというのも極めて納得がいく判断である。
地価下落が続いてきた現在でも、年収と比べた持家の価額は、国際的に見て高い。だが、90年代半ば以降は、金融機関の住宅ローン貸出の積極化、低金利、住宅ローンに対する優遇税制の拡大という持家取得を促進する条件が重なった。それゆえ、雇用・所得環境がかつてないほど厳しくなった現在においても、多少背伸びをしてでもマイホーム取得に走る家計が少なくないのではなかろうか。住宅ローン設定時における返済計画期間の長さや借入資金の年収比を、米国や英国と比較すると、日本の家計はかなり大胆である。

大胆な設定にせざるを得ない事情は、少なからず、借家市場の問題に起因しているはずである。借家が持家の十分な代替物になっていない、両市場が十分な競合関係にはないのは、借家と新築の持家の中間に位置する中古持家の取引が新築の持家に比べてきわめて少ないこととも関係している。

もちろん、これらに対して、改善に向けた政策的対応がなされていない訳ではない。定期借地権制度、定期借家制度、住宅性能表示制度などの施行がそうである。定期借地権制度を利用した定期借地権付持家は、契約期間を限定することで安さと広さを実現できる。持家が一時的に空家になる場合など、定期借家制度を利用して賃貸住宅(借家)へ転用すれば、早期に広い借家を増加させることができる。住宅性能表示制度に基づいて建築方法や修理・改善の客観的事実を履歴情報として蓄積していけば、中古取引を阻害する「情報の非対称性」の問題を緩和できる。

これらに加えて望まれるのは、帰属家賃も考慮したうえでの持家新築と既存住宅の増改築や賃貸住宅の新築との税制上の中立性を実現することである。また、持家も含めて、家屋や土地の売却・取得・保有に課せられる様々な税は、この2年間の税制改正で軽減される見込みであるが、これまでが他の資産と比べて相対的に重課され過ぎてきたと言え、住宅固有の税は今なお残っている。「簡素・中立・公平」であれ、「簡素・活力・公正」であれ、住宅関連分野においても、その貫徹に向けた税制改革の推進を期待したい。そうすれば、広い借家が増え、背伸びし過ぎたローンで苦しむという意味での無理な持家志向も少なくなることであろう。
 
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石川 達哉

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