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米国生命保険会社の一般勘定団体年金と エリサ法のフィデューシャリー・スタンダード -ハリス信託事件最高裁判決と労働省、議会の対応を中心に-

土浪 修
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1.
米国の生命保険会社の提供する団体年金商品には、一般勘定を利用するものと分離勘定を利用するものがある。一般勘定団体年金においては、保険会社が試算運用等のリスクを引受け、複数の顧客の資産が合同して運用される。各州の保険法は、保険会社が複数の契約者を公正、衡平に取扱うことを義務づけている。
2.
米国では1974年に、企業年金制度の加入者保護を目的とする連邦法であるエリサ法が制定された。エリサ法においては、制度の管理や「制度資産」の管理、運用に裁量的な権限を有する者は「フィデューシャリー(fiduciary、受認者)」と定義され、忠実義務や注意義務を中心とするフィデューシャリー・スタンダードに服する。また、忠実義務を具体化する観点から、一定の利益相反取引が原則として禁止される。
3.
州保険法の定める公平義務と、エリサ法のフィデューシャリー・スタンダード、特に忠実義務は、原理的に両立が困難である。ただし、エリサ法は「給付が保証された保険」に係る資産を「制度資産」から除外しているため、その限りで両者の衡突は回避される。
4.
一般勘定団体年金は、エリサ法以来、労働省の見解に従い、その全てが「給付が保証された保険」に該当すると解されてきた。他方、分離勘定に係る資産は制度資産と扱われてきた。
5.
ところが、下級裁判所の相反する判断を経て、93年12月、最高裁判所はハリス信託対ジョン・ハンコック生命事件判決において、一般勘定団体年金であっても、合理的な利率の保証等を欠く部分は「給付が保証された保険」に該当せず、保険会社は当該部分の資産の管理、運用に関してはフィデューシャリー・スタンダードに服するとの判断を示した。
6.
この判決は労働省の見解やこれに従って団体年金を運営してきた保険会社の実務を部分的に否定するもので、大きな混乱、特に過去の行為についての訴訟を招く恐れがあるとして憂慮された。判決自体が、予想される混乱に対しては議会や労働省による対応が可能であると指摘したこともあり、業界団体である米国生命保険協会は、まず労働省に、次いで議会に対して各種の救済を求めた。
7.
労働省は95年8月、一般勘定資産の投資に関して、遡及効を有する、禁止取引の適用除外規制を制定した。これにより、保険会社の通常の投資活動が禁止取引に該当する懸念はなくなった。
8.
議会は、96年8月、次のようなエリサ法改正を行った。
(1)
労働長官が97年末までに制定する規則をみたせば、98年末までに締結される一般勘定契約は、最高裁判決の基準にもかかわらず、制度資産から除外される。その結果、保険会社はフィデューシャリーには該当しない。
(2)
規則制定18カ月後までの行為については、刑事法に違反する場合を除き、保険会社はフィデューシャリーとしての責任を問われない。
この改正により保険会社は、労働省の見解を信頼して行った過去の行為や今後の一定期間中の契約については、フィデューシャリーとしての責任を免れうる。他方、99年以降の新契約については、エリサ法の本則や最高裁判決に沿った団体年金の運営が必要となる。
9.
米国では、エリサ法による企業年金規制の一環として、信託法に起源を有するフィデューシャリー・スタンダードを保険会社にまで課したことにより、混乱を生じさせた。ただ、米国においては保険規制やフィデューシャリー・スタンダードの理念や具体的内容は明らかであり、エリサ法も「給付が保証された保険」という除外条項を準備していた。問題は、その除外条項の適切な運用である。
10.
近年、わが国においても、企業年金に関する受託者責任に対する関心が高まっており、また、受託者責任を含めて、企業年金に関する包括的な基本法の制定に向けた検討が始まろうとしている。年金制度の外部者、たとえば運用受託機関については、現行法やそれを前提とする契約に不備があれば、まずそれら自体の改正を検討すべきである。また、新たな基本法において運用受託機関の義務や責任を規定する場合には、各運用受託機関に対する法規制や当該機関との契約の特質を吟味し、年金以外の他の顧客との平等性にも配慮することが求められる。特に生命保険会社の一般勘定については、米国で見られたような無用の混乱を避け年金制度の加入者保護を図るために、充分な検討と調整のための明確なルール作りが必要であろう。
(1997年04月25日「ニッセイ基礎研所報」)
土浪 修
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