1996年03月01日

ドイツの憂鬱

細見 卓

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第二次大戦後、最も顕著な経済回復を遂げ、アメリカに次ぐ先進工業国のリーダーを自認していたドイツが憂鬱な日々を送っている。外交の巧みさで東西ドイツの統合を成功させて、経済的後遺症や民族融和に多少の問題を残しながらもこれまでヨーロッパのリーダー役をうまくこなしてきた。念願であるヨーロッパの通貨統合の将来に影が差しているようにもみえるが、これはむしろフランス経済の予想以上の悪化やイギリスやイタリアの現状といった外的な要因の影響であった。

しかし、ここへきてダイムラー・ベンツの航空宇宙業からの撤退を機にドイツ産業界の弱体化が内外で大きく取り上げられるようになってきた。ドイツ企業はこれまで経営者、銀行、及び労働組合の緊密な協調による重厚で堅実な経営方針で知られてきた。いわばアメリカの株主重視の資本主義に対するものとして、長い間その優劣が論じられてきたものである。それが代表的企業であるダイムラー・ベンツがこうした伝統的経営方針を捨て、オランダのフォッカー買収により手に入れた航空宇宙部門を突然、収益性がないとして撤退を決定したことは、ドイツ国内だけでなく、失業に苦しむオランダの経済界にも大きな打撃を与えている。

世界に誇るドイツ銀行がバックに控え、航空業界に勇名を馳せてきたフォッカーの技術を踏襲し、現在のダイムラーの会長自らがその経営にあたってきた航空部門の打ち切りを宣言したということは、これまで明るい未来だけを予想してきたドイツ産業界にとって、青天の霹靂とでもいうべきであろうか。いや、実はこうしたドイツ産業の困難さは既に予想され、対応が急がれていたところなのである。ハノーパーの経済研究所を始め、多くの関係者が、世界の先端技術分野でドイツ産業が技術水準の面で遅れを取っていることを指摘している。即ち、ドイツではバイオ・テクノロジー、電子技術、通信技術等リスクをはらんだ研究集約型の分野での技術水準の遅れが強く叫ばれ、このままではドイツは中程度の技術を要する産業の親方(the meister of the mid-tech industries)に留まってしまうと憂えているわけである。ドイツは世界に先駆けてアウトバーン(高速道路網)は造ったが、次の時代を代表するインフォバーン(通信網)の面では遙かに遅れを取っているというのである。

ドイツではこのダイムラーに代表される重機械工業だけでなく、化学・薬品の分野でもヘキスト、バイエルという世界でも有数の企業を有していたが、ここでも世界のバイオ技術の進歩により昔日の面影を失おうとしている。

ドイツのリュットガー教育科学研究相はドイツは過去の栄光から抜け出ていないと警告している。つまり、これまで伝統的付加価値産業分野で成功してきたため、今さらリスクの大きいハイテク分野に出ていく必要がないと慢心しているためである。しかし、このまま研究開発用の投資を抑制していては先端分野でアメリカ、日本はもちろんフランスにすら遅れをとることになりかねないと叫んでいる。

ドイツは何とかして基礎研究投資に今一度立ち戻り、研究重視の産業分野の開拓に努めなければならない。しかし、企業、国民はなかなか理解して腰を上げてくれないというのが、ドイツ識者の悩みである。このままでは世界の市場において、ドイツがこれまで誇ってきたその企業経営方式が結局は収益成果中心のアメリカ型経営方式の前に敗北を喫し、技術優位のドイツ産業の伝統が亡びるのではないかと心配している。今ならまだ追いつけるとリュットガー大臣は声を大にして研究投資の拡充と学者の奮起を呼びかけている。日本も安閑としてはいられないのではなかろうか。

(1996年03月01日「調査月報」)

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