2000年01月25日

昨年から残されたこと

細見 卓

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年末にかけて、景気は好転の兆しを示し、また、懸案の設備投資についても増加の気配が見えはじめるなど、昨年は比較的経済運営がうまくいった年であった。 しかし、このような成功にも関わらず、なお幾多の問題を後の時代に未解決のまま残している。長期的展望もなく、日本の抱える基本的な問題と考えられることがらについて、解決に向けての根本的対策がとられたといえないのが残念である。


今年以降に持ち越された問題
第一に、年金制度の今後のあり方、その世代間負担と給付のあり方について見通しのないまま先送りされてしまった。公的年金制度については、その積立不足額は将来発生する分を合わせると約500兆円あり、現状のままでは成り立たないにも関わらず、未だに解決策についての本格的な議論もなされていない。
第二に、医療保険の問題である。少子・高齢社会を迎えて、医療保険のあり方、負担の問題について国民の関心が高いにも関わらず、解決策も展望も示されていない。医療費は年々増加し、中でも高齢社会の到来で老人医療費は既にその3分の1を越えている現状は抜本的対策が急務である。
第三に、介護保険についても、あいまいな解決のまま、問題を将来に持ち越し、その解決の方向が必ずしも示されていない。
以上の国民生活において最も関心の深い問題について、解決策が示されないまま持ち越された。そうしたことが、国民の将来生活に不安感を及ぼし、消費行動に対して慎重な姿勢を固持させているとの意見も多く、景気についての不透明感がぬぐえない要因となっている。
更に、国民にとって大きな問題である税制のあり方についても、いろいろな問題が提起されたが、相続税の部分的改正がとりあげられたことくらいで、所得税、法人税、固定資産税のような国税、地方税の根幹をなす税についての議論は希薄であった。課税バランスのあり方、更には日本の国、地方に関する税制全体の展望が示されないまま、改正が続けられている。
このように当面の根本問題について明確な指針と解決策が示されなかったことは遺憾であり、日本の財政への評価を押し下げる形となったことは残念至極である。


これまでなかった新しい動き
しかし、その論議の過程では今までに取り上げられなかった新しい動きも出始めてきており、今後の帰趨が大いに注目される。
第一に、司法制度改革について、戦後初めて、そのあり方について根本的検討が加えられようとしている。日本では行政、立法分野では毎年のように改正されてきており、その進歩も著しいが、司法制度については全く放置されてきた。そうした司法制度の時勢との不具合は三権分立の趣旨にあわず、国民は十分な司法的保護をうけられていないともいえる現状であった。こうした司法制度に、改革の手が加えられようとしていることは画期的なことである。
第二に、財政問題については、大盤振る舞いの連続で、国民はその状態について不安視する動きが強まってきた。それを受けて新財政改革法の問題が取り上げられ、国民の関心を引くような動きが現れてきている。これは将来の日本の財政にとって新たな改善の糸口になると思われる。
第三に、公共事業のあり方について、ミレニアム・プランに代表される新たな分野が取り上げられ始めた。従来型公共事業の拡大に依存する財政からの脱皮が不可避と考えられているようである。
また、経済、財政の問題ではないが、わが国の教育制度のあり方について基本的再検討を行うべく論議が関係者間で高まってきたことは、将来のために望ましいところである。学力劣化、学級崩壊の現状は誰の目にも明らかとなり、この問題が政治、社会の基本問題であり、改革が必要であるという気運が高まっている。引き続き関係者で熱心な検討が望まれるところである。
当面の問題については、長期的展望が不明確で、問題の先送り的な国の運営が行われているといわれるが、その中にあって以上の諸点について国民的関心が高まり、改革意向が生まれつつあることは、大変喜ばしいことである。「平時での改革は難しい」とよく言われるが、バブル崩壊以降の「ロスト ディケイド(失われた10年)」を取り戻すためには、改革の断行を行うしかなく、積み残した問題の早期解決と新たな改革の進展が切に望まれる。

(2000年01月25日「基礎研マンスリー」)

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