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- キャピタルゲイン課税
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資本主義の勃興期において、英国の古典派経済学者はリカードに代表されるように譲渡所得の非所得・非課税性を主張してきた。つまり、譲渡益(キャピタルゲイン)は通常の所得とは異なり、国全体の富の増進ではないという考え方に立って、労働や資本といった本源的生産要素から生み出される賃金、利潤と区分し、キャピタルゲインには課税しないことによって資本を保護し、新しい資本家、地主階級の出現を容易にしてきたわけである。また、近年においても米国で税制改革が論じられる時にはいつもキャピタルゲイン課税の扱いが最も重要な議題となってきているように、これは資本課税の基本問題である。
キャピタルゲイン課税というのはいわば事業の成功者にかかってくる税であって、そういう成功者を育成、発展させていこうという意図の強弱がこの制度の在り方を定めている。日本においてはやや事情が異なり、課税の方式は土地に関連するものと、株式等有価証券に関連するものとで大きな差異がある。土地については、バブル期の地価高騰抑制の意味からキャピタルゲイン課税が強化されるとともに、保有税としての固定資産税が評価替えされ、新たに地価税も導入された。地価税の改廃については、目下論議の焦点となっているものの、地価が鎮静化した現在もバブル期同様の税体系になっている。またキャピタルゲイン課税の軽重が土地供給に与える影響についてはいまだ論議の決着をみていないままである。これに反し株式に関しては、事業譲渡や事業としての株式売買を除けば大宗が軽微な名目的課税であり、それを補うため有価証券取引税が課せられているだけで、いわゆる証券民主化に果たした役割は大きい。
当時は株式投資は基本的に収益を上げるものであるという考え方で、得られた利益に対する税を軽課する一方、株式投資に伴う損失については特別の配慮もなく他の課税所得からは控除できないとしてきた。高度成長期、あるいは近年のバブル期のように株価が右肩上がりの時期には、深い経済知識を持たなくともほとんど誰でもが投資に利益を期待できたため、こうした軽課は投資促進効果も大きかったが、現在のように量的拡大に伴うキャピタルゲイン利得が期待できないだけでなく、多くの投資家が投資の失敗により既に含み損を抱えている時代の税制としては甚だ不都合となっている。今我が国に真に必要なのは、失敗を恐れない起業家であり、また損失を恐れないリスクキャピタルの提供者である。日本経済の今の閉塞状態はいわゆるアントルプルヌール(冒険的起業家)が生まれてこないためともいえる。そのような真の意味での起業家の現出が今ほど必要となっている時はないにもかかわらず、現在のキャピタル課税は一時代前の大宗の人が成功する状態でのキャピタルゲインへの軽課だけであって、失敗を恐れず果敢に業を興し、あるいは投資する人に対して、税制は損益通算を認めないことによってそういう冒険心を発揮しにくくしたままである。
今市場はいわゆる含み損を多く抱えた多くの投資家が資本市場への参加を躊躇している状態である。必要なのはこのような失敗による損失を成功による利益や他の所得と相殺することによって、失敗によるダメージを中和し、新たな起業家精神、投資を刺激することである。米国では大胆にキャピタルゲイン、ロスの通算を許容することで、企業のリオーガニゼーションやスクラップアンドビルドが活発に行われている。我が国の旧態依然とした税制は成熟した日本企業のリストラクチャリングを妨げているといわざるを得まい。
世の中には、有価証券取引税の軽課を取引の活発化により証券市場再建の最大の方策と主張する意見も多いが、その効果が経済全般に及ぼす持続的効果は税収を失うマイナスに比べてさして大きいとも考えられない。それに対して、キャピタルゲインとロスを大胆に通算することを認めれば、現状では一時的に損失が顕在化して、国の税収も減少するようにみえるが、そのことで企業や投資家の自己変革が可能になり、新規投資や新規企業が生まれやすくなることになれば、そのことによる利点は遥かに大きい。ましてやこれという有効策がないままに日一日と市場が低迷している中で、過去を清算する損益の通算を認めれば、不良債権化した資産の整理、そして再出発を促進するという意味で、経済への一つの活性剤となるものと考えられる。大胆な措置は当然に多少の副作用も生むかもしれない。しかし、制度は時の必要に応えるものとして緊急を要するものであり、事態の変化に応じ改廃を渋ってはならない。
(1995年08月01日「調査月報」)
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