2017年07月04日

アセアンにおける華人・華人企業経営(1)-アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成と特徴点-

平賀 富一

文字サイズ

東南アジアの異郷で生きていくのにまず必要とされたものは、相互扶助約な人間関係組織である。これは幇(パン)といわれる結びつきから生まれた組織であり、共同体的な関係を構築し強化するベースとなった。「幇(パン)」には大別して次の2種類がある。
 
  • 郷幇(きょうぱん):出身地に基づく地縁的・血縁的集団。つまり、同じ地方出身の、同姓の一族や、同じ風俗、習慣、言語をもつ人々の集図。会館(同業・同郷・同族者らが集会用に異郷に建てた施設、「潮州会館」とか「廈門(アモイ)会館」などと呼ばれるものが各地にある)、共同墓地、学校、病院などを建て、相互扶助を行う。主な郷幇には、広東幇、福建幇、潮州幇、海南幇、客家幇などがある(図表-4)。
     
  • 業幇(ぎょうぱん):同業者で作る職業的連帯集団。仕事上の便宜を与え合う。同じ地域出身者が同業につくケースが多く、郷幇と重なる場合も多い。
図表-4 代表的な華人グループ(幇)とその特色等(概念図)
アセアンの各国で、上記の中国の出身地によるグループ(郷幇)の勢力図には違いがある。タイを例にとると、(1)潮州幇(56%)、(2)客家幇(16%)、(3)海南幇(12%)、(4)広東幇(7%)、(5)福建幇、その他(2%)となっており、同国では、潮州出身者が多いことがわかる(濱下2013)。またフィリピンの華人の8-9割が、福建省の出身者で、かつその2/3が同省晋江市を出自としているという特徴がある(清水・潘・庄(2014)および小林(2013)による)。

幇の組織を支える最重要なファクターは、密度の濃い人間関係をベースにした構成員相互の信頼と信用である。信用は最重要な事項であり、幇内部で信用を得たものは、幇のさまざまな組織を通じて無担保や口約束の金融の供与や、事業を行う上で必要・有用な知識・情報・人脈などの便宜を享受しうる。しかし、幇のメンバーからの信用を失えば、事業の遂行は困難になり、当該ネットワークから追放され社会的地位を失うことになる。
図表-5  世界華商大会の開催年・都市 上記の「会館」などの諸団体は、各国において全国的な経済団体である中華総商会の傘下組織となっている。近年では、国単位などの狭い範囲での結びつきを越えて、各国・地域や中国本土にまたがる華人のネットワークを活用して事業の拡大や新規事業を推進する動きも増している。その代表例は、1991年からスタートし、2年に一度開催される世界華商大会(World Chinese Entrepreneurs Convention)である。同大会は、世界の華人企業家の会合として、シンガポールのリー・クアンユー(李光耀)元首相の提唱により開始された。2年に1度開催され、グローバルな華人企業家のネットワーク構築、華人企業家間の交流・相互協力、開催地の財界や国民との交流などを目的としている。事務局は創設メンバーであるシンガポール・香港・タイの中華総商会が持ち回りで担当しており、現在は、タイ中華総商会がその任を担っている。
 

3――おわりに

3――おわりに

以上、本稿では、華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成やその特徴点などを中心にその概要を述べた。次回は、アセアンにおける華人企業グループの形成・発展をテーマとして取り上げる予定であるが、そこでは、アセアン各国における華人政策・対応策の違い、華人の世代間による意識の変化、企業の経営手法の近代化、華人企業の国際的な事業やネットワークの広がり、中国政府による華人・華人企業への対応、中国企業と華人企業の関係性、華人・華人企業の資産運用・投資拠点としての香港・シンガポールの役割などのポイントも含めて考察する予定である。

<参考文献>

岩崎育夫(2003)『アジアの企業家』東洋経済新報社.
岩田奇志(2004)「『中国経営管理研究』第4号.
王効平(2001)『華人系資本の企業経営』日本経済評論社.
桂木麻也(2015)『ASEAN企業地図』翔泳社.
澳洲日報(Daily Chinese Herald :オーストラリア)2012年10月29日付.
僑務委員会(台湾)(2013)『僑務統計年報2012年版』.
僑務委員会(台湾)(2016)『僑務統計年報2015年版』.
小林正典(2013)「フィリピンの中国系移民と中国との関係」『和光大学現代人間学部紀要』第6号.
崔晨(2005)「中国企業の海外進出と東南アジア華人企業」『ニューズレター』第4号、拓殖大学華僑研究センター.
佐藤百合(2008)「インドネシアの企業セクター再編」『アジア研究』54巻2号、アジア経済研究所.
佐藤百合(2011)『経済大国インドネシア――21世紀の成長条件』中公新書.
清水純・潘宏立・庄国土編(2014)『現代アジアにおける華僑・華人ネットワークの新展開』風響社.
朱炎(1995)『華商ネットワークの秘密』東洋経済新報社.
朱炎(1998)「華人企業ネットワークの新展開」『FRI Review』1998.4.
末廣昭・南原真(1991)『タイの財閥――ファミリービジネスと経営改革』同文舘出版.
末廣昭(2006)『ファミリービジネス論――後発工業化の担い手』名古屋大学出版会.
鈴木真美・NHK取材班 (2014)『島耕作のアジア立志伝』講談社.
世界華商大会ホームページ(http://www.wcec-secretariat.org/en/ 2017年6月29日アクセス).
陳燕南(2005)「インドネシア華人とその経済的地位」『ニューズレター』第4号、拓殖大学華僑研究センター.
日本経済新聞電子版2017年3月31付「華僑、世界の同胞 強権支える 人治の担い手(4)」、「華僑、米中関係改善に動く 人治の担い手(4)」.
濱下武志(2013)『華僑・華人と中華網――移民・交易・送金ネットワークの構造と展開』岩波書店.
平賀富一(2015)「アセアン企業の国際展開-アセアン諸国の投資動向とタイの有力企業の事例を中心として」『ニッセイ基礎研レポート』ニッセイ基礎研究所、2015年09月15日
平賀富一(2017a)「「アジア諸国の有力企業動向」-フォーチュン・グローバル500社ランキングの変遷から:中国企業は100社超がランクイン」『研究員の眼』ニッセイ基礎研究所、2017年1月26日.
平賀富一(2017b)「サービス・グローバル企業のアジアにおける事業展開の研究(4):外資とアジア地場の有力小売企業の動向」『ニッセイ基礎研レポート』ニッセイ基礎研究所、2017年2月15日.
平野實(2008)『アジアの華人企業』白桃書房.
レイ・タン・コイ(石澤良昭訳)(2000)『東南アジア史』白水社.
渡辺利夫(1997)『華人ネットワークの時代―アジア新潮流 (NHK人間大学)』日本放送出版協会.
Fortune Global 500ホームページ(http://fortune.com/global500/2017年6月29日アクセス).
Forbes: The World's Billionairesホームページ(https://www.forbes.com/billionaires/list/#version:static 2017年6月29日アクセス).
Xでシェアする Facebookでシェアする

平賀 富一

研究・専門分野

(2017年07月04日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【アセアンにおける華人・華人企業経営(1)-アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成と特徴点-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

アセアンにおける華人・華人企業経営(1)-アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成と特徴点-のレポート Topへ