コラム
2016年06月14日

大丈夫か、訪日外国人4000万人~公共交通機関に求められるいざと言う時の「情報を伝える力」~

取締役 前田 俊之

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新聞等でしきりに報道されている通り、ここ数年間の訪日外国人旅行者の増加には目覚しいものがある。特に2015年は訪日外国人の数が出国日本人の数を45年ぶりに上回るという記念すべき年であった。

こうした背景から、外国人旅行者と思しき人々の姿は都内の主要な駅でも日常風景となっている。例えば、JR東京駅の中央快速線のホームには高尾山への行き方を確認する人、あるいは京急品川駅では羽田空港を目指す人など、通勤の行き帰りですら多くの外国人旅行者を目にする。その姿は様々だが、彼らに共通するのは行動力だ。ガイドブックを片手に時刻掲示板を眺めては、目的地に向う電車に乗り込んでゆく。かなり昔の話になってしまうが、ツアーの一員としてバスでの移動が当たり前だった筆者の若い頃の姿とは大違いである。

政府は4年後のオリンピックを念頭に置き、2020年の訪日外国人数4000万人を目標としている。観光を経済成長の重要な柱と位置付けているわけだ。この倍増計画の成否は別としても、今後もさらに外国人旅行者の数が増えることが予想される。なかでもツアーに頼らない人の割合は高まるであろう。その結果、迎える側にもクリアーしなければならない課題が多数出てくることになる。その中でも筆者が課題だと感じているのは鉄道に代表される公共交通機関の「情報を伝える力」である。 

国交省の調べによると、列車走行キロあたりの輸送障害件数はここ数年増加傾向にある。特に首都圏では相互直通運転が増えた結果、他社・他線区のトラブルによる影響も増えているようだ。ひとたび大きな遅延が発生した場合、目的地の変更や振替輸送の実施など乗客にとって重要な情報が少なからず発生する。ベテラン通勤者であるはずの筆者でさえ正確な情報が分からず、最近では駅のホームを右往左往する機会が増えている。ましてや、外国人旅行者がそうした重要な情報に接するのは簡単ではなさそうだ。これまでのところ筆者は輸送障害に関する日本語以外のアナウンスを耳にした経験はない。深刻な輸送障害に遭遇した外国人旅行者のストレスは相当なものではないだろうか。
 
勿論、関係者も手をこまねいているわけではなく、以前と比べれば格段に肌理の細かい自動音声放送や駅での案内カウンターの充実など多くの取組が行なわれている。また、多数の言語に及ぶ自動翻訳機を積極的に導入したり、通訳支援システムの開発に取り組んだりする例も見られる。今後もこうした取り組みが一段と進むことを期待したいが、筆者が心配をするのはいざと言う時の「情報を伝える力」に対する取組が見えてこないことだ。
 
そのような取組が進まない理由として、日本人は外国語が苦手だという思いこみがあるように筆者は感じている。確かに英語力を測る世界共通試験の一つであるTOEICの国別平均点をみると、対象48カ国中40位にとどまるという結果がでている。だからと言って、現状のままでは観光立国など夢のまた夢に終わってしまう。

まずは、試験の成績など忘れることだ。筆者の経験からすると、試験で良い成績を取るためには様々な語彙や細かな文法の知識が必要だろうが、その一方で、口頭でのコミュニケーションは基本的なポイントさえ押さえておけば決して難しいものではない。世界の国々には、その国の言葉が片言しかできなくても、たくましく生活している人は数多くいる。問題は必要に迫られてその外国語を思い切って使う機会があるかないかということだろう。その点、英語についての基本知識は十分なくらいあるはずだ。あとは日常の訓練とそれを使う機会を作ることで解決できる問題である。

例えば、緊急事態にどのような表現をすればよいかという点については、インターネットなどでも具体的な事例が紹介されている。そうした表現を覚える、そして使う機会を日常的に設けることでも対応力は大きく向上することが期待される。私鉄のある駅では接客を担当する有志が自主勉強会を開催しているケースもあり、着実に効果を挙げているとのことである。これを自主的なものにとどめず、組織として取り組むことが重要だと思う。 

先日の熊本地震では多くの外国人旅行者が情報不足から不安を感じたという報道があった。首都圏では直下型地震への備えが今まで以上に求められている。こうしたことを踏まえれば、重要な社会インフラである交通機関、特に鉄道関係者の抱える課題は多い。そうした課題の中に、外国人旅行者も視野にいれたいざと言う時の「情報を伝える力」の強化が入っても良いと思うが、どうだろうか。
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取締役

前田 俊之 (まえだ としゆき)

研究・専門分野

(2016年06月14日「研究員の眼」)

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